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優しい世界が見たいんだ  作者: 川崎殻覇
高嶺聖は守られない
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帰郷

閲覧ありがとうございます

一番の謎はあの上司の男は何故そこまで高嶺一家…この場合高嶺と高嶺母に執着しているのかということだ。


あいつが最後に吐き捨てた言葉…あの言葉には感情が乗っていた。乗りすぎていたと言える程に…。


絶対に、逃がさないから…ねぇ? …どうやら単純に体目当てとか、性欲目当てということではない…ということなのだろうか。

いや、多分大元の行動原理は性欲だろう。…ただ、それに付随して大きな何かがあるということなのだろうな。


まぁ向こうがどんな感情を持っていようがクソどうでもいい。どんな感情を持っていたとしても娘、母を徹底的に凌辱しようとしていることには変わりない。ンなもん俺が徹底的にぶっ壊してやる。


と、そんなふうに決意を固めつつ、そのまま日々を過ごしていた。

あの襲来があっても学校生活は続く、あれからというもの、俺は高嶺の身辺警護を続ける日々だ。


高嶺は先輩とは違った感じで人目を集めるらしく、その視線のどれがあの上司のものなのかは判別出来なかった。…なんか俺の周りの人間こういうの多くない?


身辺警護と言っても至近距離で守っているのではなく、ほんの少し離れた…大体十メートル感覚で警護している。

警護というのは護衛対象の生活を脅かしてはならないものだと俺は解釈している。その対象の日常を守ってこその護衛だ。いやマ、とんでもないVIPのお方ならその限りじゃないけどな? そういうのとはちょっと違う。


何でそんな解釈をしているのかと言うと、俺のバイト先がそんな感じの職場だからだ。友人が勧めてくれたバイト先で結構気に入っている。ちょっとばかし危険なこともあるけどね。

気に入っている理由の一つに、長期間拘束されないということもある。そして手当は日給で支給、しかも割高…うーん、危険なことを除けば最高の職場だな。


危険といってもそこまでのものじゃない。少なくとも頭を酒瓶でぶん殴られるよりは安全な仕事だ。


とまぁ、そんな経験をフル活用しつつ日々を過ごした。気付けばもう五月十二日…そうだね、母の日だね。



「愛人さん、…私、そろそろ家に戻ろうと思います」


「ん、わかった」


朝の会話。今日は日曜日なので休日となっている。


母の日は常日頃頑張ってくれている母に対して感謝を伝える日という認識がある。

子供のお守り、家事、もしくは仕事やその他諸々のことを任せてしまっているからその日が生まれるのだろう。母に対してその勤労を感謝しとけよってことだ。


母の行いを当たり前のものと思ってはいけない。子供の世話など大変過ぎる作業好きでしているわけがない。それを当たり前と享受し、母を使うという認識になってはいけない…と、俺は思っている。

なので、母に対して感謝は伝えるべきだと思う。…と、昔はそう思っていたな。


「……愛菜、家まで送るよ」


丁度母に話すべきことがあることを思い出した。…無論、父の再婚のことだ。


あれからどうなったか聞いてはないが、万が一の為に一度母の様子を確認せねばなるまい。

それに、一応母の日だしな…顔ぐらいは見せた方がいいだろう…例え望まれていなくても。


「愛人さん、無理してあの人に会う必要は…」


「別に無理はしてない。…ただ、やるべきことをするだけだ」


義務感で会いに行っても望まれないのはわかっている。…だが、その義務感を捨てて会いにいかないことも出来ないのだ。…我ながら自分の性格が面倒臭くて嫌になる。


「…わかりました。…でも、高嶺さんはどうするんですか?」


そのことなんだが…。


「あ、私はここでお留守番をしていますので気にしないで下さい。私のせいで名取さんの行動を阻害するわけにはいきませんから」


……参った。俺が頼もうと思っていたことを先に言われてしまった。


「悪いな…折角の休日なのに…」


行動の自由を奪わないと決めていたのに…こんな形でそれを破るとは…高嶺の安全を考えるのなら出掛けない方がいいのに…。


「いえいえ、むしろこちらの方が迷惑を掛けている立場ですので…」


控えめにそうは言っているが、花の女子高生としては外で遊びたいだろうに…この埋め合わせは近いうちにしよう。


「わかった。…じゃあ出掛けてくる。家にあるものは何でも使ってもらって構わない。だが油と火は使うなよ? いいな…?」


「は、はい…」


聞くところによると高嶺は料理初心者とのこと…そんな奴に火を扱わせるのは怖過ぎるので注意深く言う。

あ、それともう一つ言わなくちゃならんな。


「いいか? 今日この家に郵便物が来るという予定はない。来訪者の予定もない。前回受け取り忘れた郵便物もない。…なので誰かがインターホンを鳴らしても絶対出るな、絶対に無視しろ。応答すらするな、後鍵とチェーンロックは必ずしろ。なんなら玄関を物理的に開かない様にしろ。俺が帰った時は直接携帯に連絡する。それ以外で扉を開けるなよ。いいな…?」


「は、はい…そうします」


物凄く念押しする。…我ながらちょっと怖いくらいだな。




電車に揺られ、遠くの街へ。

俺にとっては痛みと苦痛と後悔しかない街…けれど俺がこれまで過ごしていた街…ほんの少しだけ感慨深くなる。


「愛人さん…大丈夫ですか…?」


「…ん? …あぁ、悪いな。気ぃ張り巡らせていたか…すまんな」


無意識にそうしていた。…どこからともなく現れる野郎から身を守る為にはずっと襲撃の警戒をする必要があった。…どうやら、この街にいるとその時の感覚に戻っていってしまうらしい。


その様子を見て愛菜は心配している様だ。…相変わらず聡い子だ。


「髪色は黒に戻したし、顔も体格も中学時代とは結構変わっている。…ネットの情報も今じゃ知っている奴しか知らない…だから、ここまで警戒する必要はないってわかってはいるんだけどな…不快にさせたら悪い」


「い、いえ! そういうわけじゃ…ただ、無理をしていないかな…と」


…無理…か。

無理って具体的にはどういうことを言うんだろう…と今更ながら考えてみる。


今の状況は体を酷使しているわけじゃない。だから身体的な無理はしていない。

精神に関しては…まぁ、多少辛くはあるが無理をしているという程ではない。


「別に無理はしてないよ。…心配してくれてありがとな」


なので、結局そう答える。俺基準では無理をしていない判定だ。

しかしながらそうやって気遣ってもらえるのは本当に嬉しい。


その意思を伝えるべく、愛菜の頭にポン…と手を乗せる。


「…愛人さんが、そう言うのなら…」


そう答える愛菜の声は、少しばかり影を秘めていた。



家、実家。

それはある種のセーフティゾーン。例えどんなに辛い思いをしたとしても、ここに帰れば安心出来る…そう思える場所。


しかしながら俺にとっては実家の意味合いは多少変わってしまっている。安心出来る(愛菜がいる)場所には変わりない…だが、ここはあまりにも…俺に…。


ピンポーンとチャイムを押す。本当なら必要ないのだろうが、一応。


ドアの向こう側からトタトタとスリッパを履いた足音がする。俺はその足音に心当たりがあった。


かちゃ…と、扉が開く。


「お帰りなさい、愛菜。…それと、愛人も」


「ただいま」


「失礼します」


そう言って俺を迎え入れたのは…見るも若々しい。そうさな、二十代後半と言っても差し支えない程の女性。


俺の母、名取愛恋(あこ)だった。

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