親、子の心知らず
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そう、それこそがゴールデンウィークに起きたことそのニ。
そいつは突然やって来た。
ぴょこぴょこと紫色のランドセルを跳ねさせながらそいつは俺の家のインターホンを押す。
「お久しぶりです。愛人さん」
「…何故、ここに?」
覗き穴を確認して、その顔を認識出来た時…俺は無意識にガチャリとドアを開いた。
多分、俺は顔をひくひくと痙攣させながらその少女と相対する。…こいつと俺は顔見知り…というか、なんなら血縁関係も半分はある。
「まとまった休みが取れましたので遊びに来ました。それと…今は家に居づらくて…」
「あー…」
なんとなく事情は察した。…うん、この時期はそうだよね。というか長期休暇はいつもそうだもんね…。
「というわけで…暫く泊めてください。ゴールデンウィーク明けまでとは言わずずっと置いてくれてもいいですよ」
「うぬぅ…」
…まぁ、それは問題ない。問題ないけど…。今はなぁ…他にも居候もいるんだよなぁ…。
しかし、こいつが取れる避難場所は現状俺の家だけ…なら、うん…仕方ねぇか。もう一人の滞在者には我慢してもらおう。流石にこっちが優先だ。
それに二人きりという状況も避けられる…もしかして渡りに船か?
「…うし! わかった。取り敢えず好きなだけ泊まりな…よく来たな、愛菜」
「はい! 暫くお世話になります!」
まぁいいやと思考停止で俺はその子を受け入れる。
ゴールデンウィーク二日目、俺の家にもう一人の滞在者が増えた…その名は名取愛菜。
前に話した、おそらく血縁関係が半分しかない妹である。
─
「というわけで、お前の他にもう一人居候が増えます。仲良くしてやってください」
「……え?」
愛菜を家に招き入れ、もう一人の入居者に愛菜を紹介する。
「愛人さん、この人は?」
「厄介な事情を抱えている居候、暫くお前と一緒に世話してやるつもり」
「あー…いつもの」
太々しい顔でそんなことを言われる。…こやつめ。
「それじゃあ…取り敢えず自己紹介を…私の名前は名取愛菜、愛人さんの血縁者です。…貴方は?」
「あ、はい。私の名前は高嶺聖と言います」
「なるほど、高嶺さんですね」
「へー、お前ってそんな名前だったんだ」
二人の自己紹介を聞きながらそんな一言。
高嶺聖って…なんかとても清よ清よしい名前だな。毒沼とか浄化出来そう。
「え…愛人さん、この人の名前も知らなかったんですか?」
「うん、知らないよ? というか自己紹介もしてないな」
「あ、そういえば…」
そんな俺を見て愛菜はうぇー…みたいな意味わからないものを見るような目をしている。
「普通自己紹介を始めにしません? 愛人さんって割とヤバいですよね」
「ヤバいってなんだよヤバいって! 言っておくけど自己紹介する時間がなかっただけだから! さっきまで割と険悪な仲だったのにそこをここまで改善したんだぞ? 結構凄くないか?」
流石にその言い分はどうかと思う。こんにゃろめ。
「いやいや、ヤバいはヤバいですよ。名前を知らな相手を家に泊める時点でヤバいです。私じゃなかったら相当引いていると思いますよ」
「いやその反応は既に引いてるよな! …くそぅ、否定出来ないのが一番うぜぇ!」
我ながら頭おかしいと思えるからな、ほんとこの性格なんとかしろ下さい。
「まぁまぁ、そんな愛人さんに救われた人はいっぱいいますよ。そんな自分を邪険にしないで下さい」
「いやお前が最初にヤバいって言ったよな? …はぁ、まぁいいや…取り敢えずお前の布団を買ってくるよ…その間留守番頼むぞ」
「畏まりです!」
敬礼をする様に腕を頭の前にビシッと決める。…出費ががが…。
しかしこいつに関しては本当に仕方ない部分もあるので邪険に出来ない。…こいつは本当の意味でのあの家の被害者だからな。
ここで我が家の家族構成を説明しておこう。
まず父、母、そして俺、心愛、……姉。…最後にこの愛菜の合計六人家族だ。
その中で俺と完全に血が繋がっているのは愛菜を除いた他全員、愛菜だけが父と血が繋がっていない…と思う。
そのせいで愛菜の立場は割と可哀想なことになっている。…その、父からは認知されていない為最初は俺達もどう扱っていいかわからなかった。戸籍はどうやったかは知らないが入手しているらしいけどな。
心愛からは気まずい顔で接せられ、姉からはほぼ…というか完全に無視…なので愛菜は基本的に俺と母としか関わって来なかった。
その母も元友人とよろしくヤる仲なので…この子の疎外感は酷いものだったろう。
こういう長期休暇の時期になると…その、言い方は悪いが母と元友人は部屋に篭る様になる。…性欲が意味わからん程にある二人の相性は悪い意味でよかったのだろう。そうなると中々部屋から出て来なくなる。
そういう時にこの子は一人になる。昔は俺が何処かに連れて行ったりしていたが、今はこうして独り立ちしてしまったので何も出来なくなってしまっていた。
だからそういう時は俺の家に泊まりなさいと言っておいた。だから我が家にやって来たのだろう。
本当はこの家に引っ越す時も一緒に住まないかと言ったんだが…母に反対にされてしまってな…。というかそもそも一人暮らしをすることも反対されていた。
子供が一人で暮らすのはまだ早いと…少なくとも大学に入ってからじゃないと一人暮らしは認めたくないと言われた。…まぁ、親としてはそれが当たり前の反応なのかもしれないが…。
それまで家の家事をやっていたのは俺だし、自分で言うのはなんだが俺は割と自立している。そこら辺を理詰めで説明してなんとか俺の一人暮らしは説得出来た、…多分、母にとって俺は可愛い子供ではないのだろうな。
…とまぁ、そんな感じで一人暮らしは認めさせたが流石に愛菜を連れて行くことは無理だった。
この子もそれはなんとなくわかっていた様で、いずれ頃合いを見て説得すると俺に言った。…俺の立場が悪くならない様にそう言ってくれたのだ。
それなら長期休暇の間だけでも家にいらっしゃいと言ったのだ。それなら母も許してくれるだろうと希望的観測を抱いて。
「本当は初日から来る予定だったのですが…あの人を説得するのが思いのほか厳しくてですね。最終的に喧嘩別れしてしまいました」
「ほーん…え、喧嘩別れ?」
「はい、なんかとても怒られてカチンと来て、暫く家には帰りませんと告げました。一応連絡先を渡しておきましたけど」
「ほ、ほーん…」
だから色々と持って来ていたのね…。ランドセルも持って来たのでどうしたもんだと…。
愛菜の布団を買った後、いい頃合いだったので昼飯を作ってる最中に事の経緯を聞く。
「しっかし…学校にはどうやって行くつもりだ? 電車?」
「そうなりますね。始発に出れば間に合う計算です」
俺の実家とこの家は距離は離れているが、戻ろうと思えば簡単に戻れるくらいには近い場所だ。あまり遠く離れ過ぎてもなぁと思ったのでそうした。
「ゴールデンウィーク中に帰る予定は?」
「ないですね。ゴールデンウィークが明けてもせめて一週間はここに居座ってみせます。…あぁー気楽に過ごせるって素晴らしいぃ…」
だらんと机に倒れ掛かっている。…なんか、マジで申し訳ないな。
「すまんな…俺が出て行っちまったばかりに…」
そのせいで愛菜一人に家を任せてしまっている。それだけが気掛かりだったんだ。
「いえいえ、愛人さんは心愛さんの件で街には居られなくなってしまいましたから…私は愛人さんを責めるつもりはありません。こうして匿って貰えるだけでもありがたいと思っていますよ」
「……おう」
一番安全な場所である家で気楽に過ごせない…そのストレスは測り知れない。それをこんな九歳の子に背負わしてしまっているのが辛くて仕方ない。
母をどうにかしようとも…どうにも出来ないしなぁ。
子とは須く遺伝子に親に逆らいづらいという情報が刻まれている。…もしくは幼少の頃の経験からこの人には逆らえないと刻み込まれているのかもしれない。
俺が何を言ったってあの人は変わらないだろうという確信がある。…親は、子の言葉を聞かない。…聞いてくれはするが、それを判断するのは須く親の自分なのだ。
要は完全に下に見られている。…自分から生まれた子供に反抗されるなんて許し難いのだ。
それはきっと全人類がそうだろう。…子の忠告を聞き届けてくれる親はあんまりいないのが事実だ。
その考えは当然俺の母にもある。
一度だけ…本当に一度だけ元友人との仲を諫めたことがある。
あくまでほんの触りだけ、核心には触れずに、最近あいつと仲良くしすぎじゃない? と、そんなことを言った。
そしたら急に不機嫌になったのだ。…母は普段穏やかだが、不機嫌になると超絶めんどくさい。…多分、自分の楽しみが奪われるのが相当嫌だったんだろうな。
そうして一週間程度雑に扱われ、理解した。…俺が何を言っても無駄なんだなーと。
なので、俺から母を説得するのは無理だ。…出来るとするなら…。
いや、もうその人はこの世にはいない。…そんな想像しても無駄だ。
「電車は何で乗るつもりだ? 切符? 定期?」
「そこまで長期でいるつもりはないので…ICカードで行こうと思っています」
「ん、わかった。明日出掛けた時に残高増やしとくから後で渡しな」
「はーい!」
っと、そんな感じで昼飯を作り終える。
「ほい、お待ちどうさん」
今日の昼飯はチャーハンだ。…ラーメンを作るには時間が足りなかったので、代案の中華料理。
ラーメンは…今度圧力鍋を使って作ってやろう。レシピは頭に叩き込んだぜ。
「んで、君はいつまで洗濯物を畳んでいるのかなぁ??」
「す、すみません…!」
敢えて目線を外していた先…そこにいる人物に煽る様に声を高くする。
居候の対価に労働…この場合家事をしてもらっていたのだが…こいつ不器用過ぎる。
畳まれた洗濯物は全てしわくちゃ…言っちゃ悪いがこれなら俺がやる方が断トツに早いし綺麗になる。
「……いいか? よく見て覚えろよ?」
しかしそれではこいつの為にならないだろう。ここで何もさせないのは逆に可哀想だ。
だから、死ぬ気で叩き込む。
「服っていうのは雑に畳んでも綺麗にならない。別に早く作業する必要はないから、お前はとにかく丁寧に作業をしなさい」
本当に申し訳ないが、こいつが畳んだ服をシャツとかズボンとかの種類で一つずつ解体し、お手本を見せる。
こういうやってくれたことを台無しにするのは嫌なのだが…まぁ今後の為だ、許してくれ。ほんの一部だけにするから。
「何かわからないところはあるか?」
「…い、いえ! 大丈夫です」
いや、その顔は…いや何も言うまい。
「んじゃあもう一度やってみな。これで何回か練習するといい」
そうして一度畳んだ服をもう一度バラし、渡す。何事も経験だ、取り敢えずやってみるというのは結構大事。それでもわからなければ手順を一つずつ説明するとしよう。
…っと、その前に飯を食わなきゃな。
「……マ、それは後でいいや。取り敢えず先に飯を食べよう。愛菜、机を片付けてくれ」
「はーい」
いきなりこんな大所帯になって…これからどうなることやら…。
雑に扱われる=何もされない。
ご飯は用意されない、服もわざわざ主人公だけ避けて畳む。
会話は全部無視、主人公のことを認識すらしない。そこにいない人として扱われる。結果、自分のことは自分でやらなければならないのだという認識が幼少の主人公に芽生える。
そうして、この人に何言っても無駄なんだなという気持ちを僅かに主人公に植え付けた。…致命的なのはその次です。