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優しい世界が見たいんだ  作者: 川崎殻覇
渡伊代は断らない
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目が潰れてしまいそうな眩しさ

がばりと布団から起きる。


「…高級布団すげー」


思わず起き抜けにそんなことを言ってしまう程度には布団の効果を実感していた。安眠ぐっすり気持ちいい。


「…ゲロ臭さもハイター臭さもない。…うん、昨日…一昨日からの出来事がまるで嘘みたいだな」


けれど嘘ではない。その証拠にふかふかの布団が今もここに存在し続けている。


「ん、んー…学校に行く準備するか」


いつも通りの筈なのに、ほんの少しだが寂寥感を感じる。

その違和感を無視して、俺は布団から起き上がった。…今日も今日とて面倒な日になるだろう。





昼休み。つまりはいいんちょの相談事の時。


授業が終わり、ガックリと机を抱いている俺の肩をトントンと誰かがつつく。


「なーとり…!」


ほんのちょっと馬鹿にしたような声にムカつき、狸寝入りを決め込もうと一瞬思ったが、肩をつつく間隔が段々と狭まっているのを感じ泣く泣く起き上がる。


「あん?」


「約束、忘れてないでしょうね」


「ん…」


出来れば忘れたかった…万感の想いを胸に抱きつつ、俺は席から立ち上がる。


「もうさっさと終わらせよう。さっさとな、さっさと」


「どれだけ嫌なのよ…まぁ、そんな態度したって無理にでも連れて行くけど」


どれだけ厄介なことなんだよ…。

深い溜息を吐きながら俺は外に行くいいんちょについていく。


そうして前と同じように体育館裏へ。

適当な場所に座りながらいいんちょの声に耳を傾ける。


「割とメンドクサイ状況の只中に私はいます」


「ふーん」


興味なさげに頷く。だって興味ないし。


「君が色々と暴れてくれた結果、私の周囲はちょっとどころではない程に混沌とした状況になっています」


む、ここで俺の名が出るか…しゃーなし。ちゃんと話を聞いてやろう。責任があるのなら果たさなければ。


「姉さんと兄さんの仲がギクシャクしたり、姉さんと会話がなくなったりしたわけ。…それは嬉しい…じゃなくて、まぁそれは別にいいんだけど…」


ん? 今ちょっと変なことを言わなかったか? …気のせい? そっすか。


「問題は彼でね…なんというか、…変な方に吹っ切れて変なことを言われるようになったのよ」


変、変って…重ねすぎて逆に正常になりそうだな。


「彼って言うと…キノコ頭ぁ?」


「うん…」


変に吹っ切れたって…どんなふうに?

聞きたくないけど聞くしかない…辛いな。


「…具体的にどんな?」


「えっと…ね。…その、やりなおしたいって言われて…」


「……はぁ」


やりなおす。よく聞く言葉だ。


例えばひょんなことで喧嘩したカップルが勢いで別れた場合。後に冷静になって後悔し、どちらか片方がその言葉を言って以前のような関係に修復する為のもの…他には異世界転生とかでよく使われるフレーズだ。


そういうのは両方が悪い、もしくはどちらも悪くない場合にしか使えないと思うのだが…さて、キノコ頭にその言葉を使える権利はあるのだろうか。


「自分は馬鹿なことをやった。もう二度としない…だから以前のようにやり直さないかってそう言われて…」


「…ペッ!」


思いっきり唾を吐き捨てる。相談内容の答えとしてはそれだ。

あいつにそんな権利はない。どんな理由があれ、あんな指示を出した奴と和解する必要はない。


「殺せ…!」


首筋を横一文字になぞり、いいんちょに対して指示を出す。奴に対しての応酬などそれで充分だ。


「あはは、名取は本当に物騒だね。…気持ち的には少しだけそうしたいけど…でも、ほんの少しだけ心残りがあるの」


「心残りぃ? お前あいつにあんなことされてまだ慈悲でも持っているのか?」


もしそうなら本当に救いようがない馬鹿だと言ってやるが…。


「…そうじゃなくて、…なんというか、…もし歯車が食い違っていたら…もう少しマシな未来になったんじゃないかって今でも思うの」


いいんちょはどこか懐かしそうな…もう見えなくなってしまったものを見るような目で空を仰ぐ。


「彼のやったことは許せないし、多分この先ずっとあの記憶が蘇るんだと思う。…でも、私達の間には確かに楽しい記憶もあったの」


哀愁…と呼べるものをいいんちょは抱いているのだろう。

遠いもの、変わってしまったもの…それら全てを取り戻せないものと思いつつも、それでも後ろ髪引かれるものがある…そう、いいんちょは言っているのだと思う。


それを聞いてしまって身勝手な憤りが霧散する。そして、いいんちょの声を真剣に聞き届ける。


「…彼の提案を受け入れれば、その楽しい記憶が蘇るかもしれない。…また、元の彼のようになるのかもしれない…そう思ってしまう自分がいる」


「いいんちょ、それは…」


「わかってる。…ちゃんとわかってる」


俺が何を言うまでもなくいいんちょは自分自身でわかっているようだった。俺の言葉を制止させたのがその証拠だろう。


「…もう私と彼の間には修復出来ない溝があることはわかってる。…ここで彼を…甘えを振り払わないと私と彼の両方がダメになることもわかっている。…けれど、どうしても過去の記憶を拭いきれない自分もいるの」


…その気持ちはわからなくもない。俺だって今も過去の夢想をしたりする。

仲のいい家族、日常と呼べる団欒…その全ては俺の記憶に今もある。そして、消し去れない過去でもある。


いっそ最初からそんな幸せを味わいたくなかったと思ったことさえある。どうしてそんな幸せな日々があったのに壊れてしまったのかと気が狂いそうになったこともある。


「…私達が前に進む為にはその過去を振り払う必要がある。でも、どうしても私はその過去を振り返ってみてしまうの…私は過去を振り払う勇気が欲しい。でも一人じゃそんな勇気を出すのは難しくて…」


まるで懇願でもするかのようにいいんちょは俺の姿を見る。その視線に俺は少し後ずさってしまった。多分、後ろめたい気持ちを持ったからだ。


「だから、名取が一言、頑張れ…って…そう言ってくれたらその勇気が貰える気がするから…どうか、私にその言葉を下さい。…お願いします」


いいんちょらしく、頭を深々と俺に下げてくる。


「…前も言ったが、そういった判断や決断を人に委ねるんじゃねぇ…俺にそんな言葉は言えないよ」


眩しいと思った。気絶しそうなくらいにいいんちょの姿は眩かった。


前に進もうとしているその姿勢が、過去を振り払おうとしているその覚悟が…俺には眩しかった。

今もなお、過去の幻に目を焦がされ続けている俺なんかよりいいんちょは凄い。…本当にそう思った。


「…やっぱり?」


そんな俺がいいんちょに対して頑張れなんて言えない。そんな薄っぺらい言葉を伝えるわけにはいかない。

だから、俺は苦笑いをしているいいんちょに対して…。


「その代わり、お前が前に進むところを見てやるよ。…お前が勇気を振り絞る時、近くに俺がいる…それだけで充分だろ?」


いいんちょならそれで充分の筈だ。…こいつは強い、俺なんかよりも。

本来俺の力なんて微々たるもの…本当のこいつならどんな状況だって踏み出していける筈だ。


「…っ! …うんっ! お願いね、名取…!」


やけに嬉しそうな声でいいんちょはそう告げる。

やはり、その姿はどうしても眩しく見えた。

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