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優しい世界が見たいんだ  作者: 川崎殻覇
恋は熟せど散りぬるを
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バタフライデイドリーミング

遅れてすみません…一応このお話でこの章は終わりです

朝起きる。時刻は六時。


高校一年にしては起きる時間がやけに早い。理由は特になく単に早起きをする体質というだけだ。


目覚ましがてらに洗面台に行き顔を洗う。こびりついためやにを落としながら髪をバシャバシャと濡らし寝癖も直す。その後、リビングへと向かった。


「あ、愛人おはよう」

「おはよ、姉さん」


顔を出した先にはリビングと隣接しているキッチンで恋糸姉さんが朝ごはん作ってくれていた。


「偶には姉さんも遅起きすればいいのに…毎日こんな早起きして体調を崩さないのか心配だ…」

「ばかね〜早起きは三文の徳って言うでしょ? それに私は夜更かしもしてないからこの時間に起きるのが1番丁度いいの」


俺の両親は蒸発した。

まず最初に母親が不倫をし、その次に親父が別の女とくっついた。その結果二人ともこの家から出て行ってしまった。


離婚はしていない、世間体が悪いからとかそんな理由でしていないのだろう。もしくは今はまだしていないだけでいつかするのかもしれない。

それに関してはぶっちゃけどうでもいい、俺としてはあの二人に特に大きな感情を抱くつもりはないからだ。


だがその結果として姉に大きな負担を与えてしまっているのが気掛かりだ。姉と言ってもまだ俺の一個上…一般的な女子高生ならもっと青春を謳歌しているだろうに…。


「それに夜ご飯は愛人が作ってくれるからね〜、お姉ちゃんとしての一番の幸せは愛人のご飯が毎日食べられることかなぁ」

「俺の飯なんて大したことないだろう。姉ちゃんが作る飯の方が美味いさ」

「あら! そんな嬉しいお世辞言っちゃって…ふふ、今日はご褒美に一緒のベッドで寝てあげるわ!!」

「勘弁してくれ…この歳になって姉と一緒の布団で寝たくない…」


軽い感じでちゃんと断っておく。マジで断るのも申し訳ないからというのが主な理由だが、ここで調子に乗ってはいと言えば姉は本当に俺の布団に潜り込んでくる。流石にこの歳になってそれは恥ずかしい。


「…ふふ、冗談よ冗談。でも本当に私のことを心配する必要はないわ。…私は貴方達が幸せならそれでいいの」

「そっか…ならいいんだが」


だがそれはそれとして日々の労いはしたい。

なので俺は姉の背後へと移動する。


「あら? 肩でも揉んでくれるの?」

「正解。そこに座ってくれ」

「はーい」


姉の体格は小柄だ、身長が俺の胸元程度しかない。

その癖胸だけは大きいのでよく肩が凝ると言っていた。なので時偶こうして肩を揉んでいる。

別に他意はなく、本当に楽になって欲しいからそうしている。いつもやっていることだからな、これは。


「ん〜っ!! やっぱり愛人は力が強いわねぇ…っ! 頑固な肩こりがすぐに溶けちゃう」

「そりゃ、こんだけガタイがでかけりゃ力も強くなるさ」

「本当にまぁそんな大きくなっちゃって…お姉ちゃんとしての風格が無さすぎて困っちゃう…。私、お姉ちゃんなのに愛人と一緒に出掛けるといっつも娘に間違われるのよね…」

「姉さんはしっかりと大人の女性さ、見た目でちょっと勘違いされるだけ。姉さんの内面を知ればみんな姉さんに惹かれるよ」

「そうかなぁ? …そうだといいね」


ある程度姉さんの肩をほぐした後他の家事を手伝う。そうすると他の家族が起きてリビングにやって来た。


「おはよぅお兄ちゃん…」

「おはようございます…」


やって来たのは二人、どちらも妹だ。


少し大きい方の妹が心愛、ちっこい方の妹が愛菜。どちらも大切な妹だ。


「二人とも、朝ごはんを食べる前に先に顔を洗ってらっしゃい。凄いことになってるわよ」

「え、ほんと!?」

「マジです?」


なんてことのない日常、これが俺にとっての日常だ。


朝起きたら姉さんがいて、妹がいて…近所には仲のいい幼馴染もいる。

なんでもない日常、そうなる為にはそれが欠かせなかった。



学校に行く。

学力には程々に自信があったので通っているのは近くの高校ではなく少し遠い…少し遠くにある町の高校。


新学校らしく中学の頃と比べて周りの生徒達は大人しい性分をしている。そんな学生達と俺はあまり気が合わない。

自分が荒っぽい性格なのが原因なのだろう。自分で選んだ学校とはいえ居心地は少し悪く感じる。けれど仲の良い人もいる。


一見すればクール、悪くいえば人を寄せ付けないという印象を与える先生なのだが…その実中々に面白い人だということを俺だけは知っている。

オンオフのスイッチが激しいと言うのだろうか? 偶々落ちていたストラットを届けなければそんな一面には気付かなかっただろう。

そこから仲良くなった。今では偶にアニメの話に付き合う中にまでなっている。



学校に行くために電車に乗る。俺の家から学校までそこそこ遠いので結構な時間電車に揺られ続けることになるが…俺はこの時間はそんなに嫌いじゃない。

窮屈で熱くて人混みは気持ちが悪いが自習時間にはうってつけだ。普段家にいる時は他の誘惑が強くてついつい別のことをしてしまう。


参考書を凝視し吊り革に掴んでいると…横にいる人間の動きが少しおかしいことに気付いた。


横にいるのは女子高生らしき人間…俺と同じ学校の制服を着ているので多分同級生か先輩だ。

その人がなんだか微細に震えている様な…恐怖を押し殺している様な…そんなふうに見える態度をしていた。


「あ〜?」


なんとなく事態を察してその女子生徒…の後ろにいる人間を注視する。そこにいたのは会社員をしてそうなオッサンだった。

そのオッサンの顔は光悦に歪んでいた。真横にいなければ気付かないほど小さくではあるが鼻息を荒くしている。


「……はぁ」


人間こうなったらお終いだな…と思いつつそのオッサンが動かしているであろう手を掴む。

オッサンはお楽しみの最中を急に止められたからか目にわかるほどの早さで冷や汗が噴き出ている。

ぎぎぎ…と、油を差していない機械の様にオッサンは首を俺の方向に動かした。


俺は深呼吸をしてなるべく大きな声を出してやろうという気合を込めて肺に空気を送り込む。

そして…。


「きゃぁーー!!! この人痴漢です!!」


壁から壁へと音が振動する勢いの大声、我ながら中々大きな声が出たもんだ。


「ちょっ! ちょっ!?」

「この人! この人です!! この人が俺のチ◯コを舐るかの様に触って来ました!! めっちゃ変態ですキモイですさっさとこの場所から降ろして下さい!!!」


オッサンは急な物言いにビビっているのか言葉をどもらせている…いや、違うな。

俺が声を出してからオッサンは急に態度が変になった。俺が掴んでいる手とは反対の手をモゾモゾと自分の股間辺りを弄っている。…ははーん。


「その証拠にほら! これ見て下さい!! この人自分のチ◯コを丸出しにしてます! 猥褻物なんとか罪でしょっぱいて下さい! 誰か助けて…!!」


そう言うと周りの人間…特に女性が悲鳴をあげてその場から離れようとする。

ぐえっと人混みが更に窮屈になったがオッサン周りの人間が少なくなったことでオッサンの痴態が白日の下に晒されることになる。めっちゃイキリ勃ってて草。そしてみるみるうちに萎んでいるのが見えて更に草。


そこまで言うとようやく近くのにいちゃんが助けてくれた。じゃーなオッサン、社会的な死おめでとう。


「…あ、あの…」

「…あんま上手い手じゃないと思うけどさ、被害者って見られるよりはマシだろ?」


隣の女子高生が何か言いたそうにしていたが先回りして答えてやる。


本当は大声でこの人痴漢です…って言っても良かったが、そうすると当然この女子高生が被害者ってことになる。

人間ってのは色眼鏡で人を見る。心配を装って取り入ろうとしたり、もしくは心配が行き過ぎて逆に変な空気になったりする…そうなると本人の心労ってのは結構溜まってくるもんだ。


「…余計なことだったかい?」

「い、いえ…! わ、私…本当に怖くて…っ」


泣きそうな声だ。…面倒臭がらず、見ないフリをしなくて本当に良かった。


「ならよかった。…マ、この件はなかったことにしな。思い出しても辛いだけ…忘れるのが一番さね」

「…そう、出来るでしょうか…。私、今も怖くて…体の震えが止まらなくて…」


…こう言う時どんなことを言えばいいのだろうか。あまり人付き合いをしようと思っていなかったので他人との接し方がわからなかった。

…ただ、そうなって欲しいってことだけ決まっていて…。


「…怖いのは仕方ないことさ。別に恥ずかしくもなんともない普通の感情さ。…そういう時は誰か頼れる相手に力を求めるといい。彼氏とかいないの?」

「…彼氏も、友達もあんまり。…私、学校で少し浮いているので…誰かの助けを借りるなんて…」

「なら、目の前の奴を利用すればいいんじゃないか?」


怖い思いを少しでも無くして欲しい。また、安心して登校出来るようになって欲しい。

…ただ、この女子高生の怯えた表情を変えたかった。それだけのこと。


「利用して、大丈夫ってなったら捨ててしまえばいい。そんぐらいの面持ちで俺を頼ってくれてもいいんだぜ?」

「…ふふ、なんですかそれ。利用するなんて…変な言い方をする人ですね」


あんまりにも俺の言い分が可笑しかったのか、女子高生は怯えた表情から一変して少しだけ笑みを浮かべる。


「…でも、貴方の気持ち嬉しいです。…優しい人なんですね」

「は、はぁ? 別に優しくなんかねぇし。ただそうしたかっただけだし…」


優しいなんて言葉家族以外で初めて言われたので少し戸惑う。…なんだか頭がむず痒い。


「…ふ、ふふ…ほんと、底抜けにいい人なんですね」


戸惑い過ぎていたからか、そんな呟き声は聞き逃してしまって…。


「…では、お願いしてもいいでしょうか? 利用とかそういうのではなくて…単純に助けを求めてもいいでしょうか…?」

「ん…あ、あたぼうよ!」


聞き逃したことを悟らせない為に慌てて返事を返す。女子高生はその様子を見てまた少し微笑んだ。


「そうと決まれば…そうですね。…それでは最初に自己紹介をしましょうか」


きっと、きっと。


「私の名前は高嶺聖です。貴方のお名前を聞かせてもらっても宜しいでしょうか?」


そういう出会い方があったのかもしれない。世界線が変われば、或いは過去を変えられるのであれば…そうなり得たかもしれない。

だが、それを考えるのは無意味だ。残酷だ。


そうならなかったものをそうであって欲しいなどと…そんな汚濁に塗れた思考など俺には必要ではなかった。




目が覚めた。目が覚めてしまった。

全ては幻覚、立ちながらそんな日々を夢想してしまった。


泣きながら、笑っていた彼女を見送ってからの記憶がない。きっと、俺は今まで夢を見てしまっていた。


「は、ははは」


辺りは既にほの暗い、後もう少し時間が経てば強制的に家に帰らされるであろう時間。暗闇の中に俺の声だけが響いた。


漫然と鞄を背負い込み、歩く。

やはりと言ったところか…辺りに人の気配は何もない。もう殆どの生徒が家に帰っているだろう。


「はは、はは」


込み上げる衝動が我慢出来そうになかった。

けれど、けれども…それでも俺は歩き続けた。


「ははははははははははははははははは」


壊れた様に笑いが込み上げてくる。感情が一定以上振り切った際によくなること。可笑しくて可笑しくて仕方がなかった。


「なんて(もの)を見てんだろうなぁ…はは」


望まないと決めたものを望んでしまっている。もう過ぎてしまったことを引きずっている。

自分で捨てたものを…自らの手で放したものを取り戻そうとしてしまっている。なんて脆弱なのだろう。なんという惰弱。


「甘ったれてんじゃねぇよ。一丁前に幸せなんか求めてんじゃねぇよ」


世界の輪郭が歪む。目の前に自分が現れる。


「何かの間違いが続いている、続けさせられている」


歪む歪む歪む。しかし体は自然と動き出す。

気持ち悪くて気持ち悪くて仕方がなかった。吐瀉物が口元まで迫り上がっていく。


「…………俺に、そんなものは必要ない。必要としてはならない」


迫り上がったものを強引に飲み込む。喉が焼けた様にヒリヒリする。

少しだけ、気持ち悪さが引いた気がした。


「俺の人生は…()()だけの為に、ソレ以外俺には必要ない」


もう、既に俺は壊れているのだろう。でもそれでいい気がした。そのままの俺でなければならなかった。


伽藍堂の様な生き方…俺は、それだけを求めている。求めないことを求めている。たった一つの()()がそうさせている。そのたった一つの為に人生を捧げると誓った。



「月が、よく見える」


あの日もそうだった。月は、よく俺を導いてくれている。

いつまでもいつまでも、今の俺を続けろと、そう言っている。


赤い月が、よく見えていた。

閲覧ありがとうございます。今回の章は内容が短いくせに長い間読者の皆様をお待たせして本当に申し訳ないと思っています。

というのも今回の章の内容、端的に言うと主人公がヒロインを振るというお話しでして…作者も結構悩みながら書かせてもらいました。


批判はめちゃあると思います。しかし名取愛人という主人公を描くのならばこういうお話も避けては通れなくてですね…必要不可欠なお話でした。


次回、最終章です。出来れば最後まで名取愛人君の物語を見続けてもらえれば幸いです。どうぞ宜しくお願いします。

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