永遠に貴方のことを愛しています
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人を好きになるということがよくわからなかった。
俺にとって他人とはつまり傷を与えられる存在であり、敵であった。それは時に身内でもそうだった。
根本的な人嫌い、人が嫌いだからこそ人を助け続けて来た。それが何の因果か時偶俺のことを好きと言われることが多かった。
全ては俺の行動が原因だ、対して何の執着も持ってない相手をただ見過ごせなかったからと助け続けたのが原因だった。
人は人に優しくされれば簡単にその人のことが好きになる。俺だってそうだったのだと今は思う、誰だってそうなのだと思う。
俺がお嬢に助けられた時に心の底から救われた時の様に…きっと誰しもそういう経験があるのだと思う。今までの俺はそんな優しさに無干渉だった。知らないフリをしていたのだ。認めたくなかったと言ってもいい。
理解不能の感情だと…ただの一過性のものでしかないと疑い、拒んだ。それはなんの言い訳も出来ないほどの弱さだ。
その脆弱さが今の俺を形作ったと言えば聞こえはいいが、要は他人のことを信じ切れない弱さを露見しているだけ。単なる強がりでしかない。
でも、俺はそんな強がりを張り続けるしかなかった。それはずっと変わらない。ずっとずっと変わらない。
…そして、それを自覚してしまうほど、俺は弱くなっていく。もう、そんな虚勢しか張れない。
目の前の彼女の顔は真剣と呼ぶべきものだ。
顔を赤らめさせて、初々しく…きっと色々な準備をしてくれてこの場にやって来ている。
もう昔の様に声を荒げて威嚇して追い返すことは出来ない。そんな弱いことはもう出来ない。
自分の心を守る為に相手を傷つける…そんなことはもうしてはならないと心の底から思ってしまった。
…だからこそ、その真剣に俺も答えなければならない。
渡されたのは綺麗にラッピングされた…おそらくチョコレートなのだと思う。そして彼女ははっきりと俺に好きと言った。
「………」
きっと、これが世に聞く本命チョコなんだろうなと他人事の様に思う。まさか俺がそれを渡される当事者になるとはつゆにも思っていなかったからだ。
聞こえる声が震えている。見れば手も不自然に力を入れているのか微動している。…これを見れば自然と茶化し誤魔化すなんて思考は消えていく。
「…お前が俺のことを好き…って言う気持ちはなんとなくわかる。…俺ぁ、確かにお前の家族を助けたからな」
どう答えていいのかわからなかった。こんなにも真剣に同級生の告白を返すなんて初めてだったからだ。
「…多分、お前なりに色々と考えていたんだろうと思う。…半年間も関係を持ったんだからな。お前が一過性の感情に流されていないってのは理解出来る」
これは信頼だ。そういう奴だって俺は知っている。それを誤魔化せばここ半年の全てが欺瞞となる。誤魔化すことは出来ない。
…その上で、俺は結論を出さなければならない。そして、それはずっと前から決まっている。
「………お前は、イイ奴だと思うよ」
今の俺に…こうなってしまった俺に…誰かと付き合うだなんてことは考えられなかった。
「最初出会った時はなんだコイツって思ったけど、付き合っているうちにその理由もわかって納得した。むしろ凄いって思えた」
名は体を表すとはこのことなのだろう。周りがコイツのことを聖女だなんだと持て囃しているのもちょっとわかる気がする。
清流の様に清らかに、聖堂内に流れる空気の様に…周りの雰囲気を穏やかにしていく。
…とても、俺には耐えられない。
「優しくて、美人で…性格もいい。お前は世の男子達が願って止まない完璧な女って奴なんだろう。お前と付き合える奴はきっと幸運な奴なんだろうな」
ドブ川に住んでいる生物が清流では生きられない様に、犯罪者が聖堂内にいると居た堪れない様に…つまり俺もそういう感覚を覚えている。
だって、俺に幸運も幸福も必要ないのだから。
「…俺はよ、本当にお前が思う様な人間じゃないんだ」
自意識過剰と言われてもいい、それでもはっきり伝える必要がある。
「いろんな悪さをした、犯罪一歩スレスレの様なことも沢山した。沢山人を殴った、なんなら一生治らない傷を与えたこともある」
ただ捕まっていないだけ、ただそれだけ。
本来俺は独房に入れられてもない人間だ。自分を守る為に他のものを犠牲にし続けて来た。
「もし、俺が普通の様に生きられていたのなら…なんて仮定は無駄だとは思うけど、俺が普通の人間だったならお前を助けてやれなかったと思うけど…もし、そんな仮定が許されるのなら…お前のその告白を受けてもいいと思っている」
けど実際はそうではない。今の俺はどうしたって普通の人間ではない。
普通の人間は他人の家に不法侵入しない。普通の人間は背中に刃物を刺されても大丈夫ではない。普通の人間は指が千切れかけても平気ではない。
俺は、その全てをやる人間だ、そしてそういう人間の周りにいる人間はいつだって心を痛めてしまっている。…俺はそれを省みることは出来ない。きっと何度だって繰り返してしまう。
そんな想いをさせてしまうのなら、近付けない方がいい。
「…だけど、ごめんな…俺はどうしたって今の俺で、今の俺を変えられない…この状態で誰かと付き合うなんてしたらきっとその人間を不幸にする」
だから、お前の想いには答えられない…と、そう言おうと思った。
……けれど。
───
なんとなくそう言われるのはわかっていた。
彼はきっとそういう関係欲しがっていないなんてのはわかっている。その上で私はこの場に立っている。
…だから、そう簡単に諦めるなんてことは出来ない。
「別に、不幸になったって構いません」
チープな言葉だ、よくある台詞。
丁度読んでいた漫画の台詞にそんな言葉があったのかもしれない…でも、それは本心から出た言葉でした。
「不幸にされたって、貴方の一緒になれるのならその全てが帳消しになる程の幸福なんですから…私が不幸になるのならそれでもいいんです」
嫌だ、嫌だった。このまま黙って諦めるなんてことはしたくなかった。
私は、きっと初めて本当に欲しいものが見つかったのだと思う。
「何か至らない部分があったら直します。貴方の理想の相手になってみせます」
髪型も、性格も、話し方も何もかもを貴方好みに変えてみせる。
金髪にしろと言われればそうするし、性格も言動も変えろと言われればそうする。貴方と一緒になれるのなら私はどんな私にだってなれる。
「だから…どうか…その続きは言わないで。…私を選んで下さい…っ」
「…………」
彼は困った様な顔をしていた。
「…俺は、そういうものを求めちゃいけないんだよ」
泣きそうな顔、こんな顔をした彼を見るのは初めてだった。
「俺はな、俺を信用していない。もし、万が一のことがあって俺の近くの人間が傷ついたり、居なくなったりすればきっと昔の俺に戻ってしまう」
一声出す度に傷ついている。そんな錯覚があった。
生爪を剥がすかの様な声で一言一言をゆっくりと、丁寧に私に言い聞かせる様に。
「それに、お前が自分を変えてしまうほどの価値は俺にはない。今、見せている姿もメッキにメッキを重ねているだけなんだ」
彼はそう言う。
そんなことないよと言いたかった。けれどもその言葉を言うには私は彼の過去を何も知らなかった。
「お前がそう言ってくれるのは本当に嬉しい。こんな俺じゃなけりゃすぐにでもイイ返事を返したい…が、駄目なんだ」
彼は一拍置いて粛々と…弾頭台の錨を落とす様にそう告げた。
「……お前みたいなイイ奴が近くにいると…俺に優しくしようとすると…気が狂いそうになるんだ。…死にたくなるんだ。……吐きそうになる程、自分が気持ち悪くて仕方がないんだ」
決定的な言葉だ。
私は、私の幸せの為に…そしてその幸せを彼に返したくてこの場に立っている。想いが成就すればいいのにと思っている。
けれど、彼には幸せなんてものは必要ではなくて、そもそも彼は何にも求めていなくて…むしろ彼に幸せを与えることは彼に苦痛を与えることと同義だった。
馬鹿な女でした。頭がきっと茹っていた。
恋とは、視野を狭くするものだと改めて実感しました。
「……どうしても、ダメなんですか…?」
「…少なくとも今は無理だ」
「だったら…っ!」
「けど、今は今だ。…俺の事情にお前を付き合わせるつもりはない。そんな気持ち悪い独占をするつもりはない」
「私はそうして欲しいです」
「俺がそうしたくないんだ」
それでもちっとも諦めるという言葉出てこなくて、自分でも本当に往生際が悪いと思ってしまった。
「………どうしても…?」
「……あぁ、そうだ」
「…私じゃ、ダメなんですか? 私じゃ貴方の事情に関わらないんですか…?」
「………ごめん」
胸の中の熱は一向に冷めない。
けど、その熱を伝えることは出来なかった。後はゆっくりと奥に沈殿していくだけ。
それは、求められているものではなかったらしい。
………
…………
「…………それでは、せめて…」
長い逡巡の後、私はこう言う。
「貴方のことを…想い続けることは許されますか?」
求められていないものを求めたのだから、それを否定されるのは仕方がない。だったらせめて望み続けることだけはやめたくなかった。
「貴方のことを…好きでい続けても…いいですか?」
諦めの言葉は、どうしたって出てくれなかった。
「……やめとけ…って言うのは簡単だ」
それは彼の望むものではないとは思う。…彼は、自分が原因で誰かに影響を与えるのを好んではいない。
「けど、それじゃあお前の為にはならない。納得しないだろうし、認めることは出来ないんだと思う。だから、一つだけ約束してやるよ」
だからだろう。
彼は優しく、そっと…痛々しげな笑顔で私の想いを摘んでいく。
「…もし、何らかの因果で…考えるのも馬鹿馬鹿しいが来世ってものがあるのだとしたら…そん時はお前の想いに応えてやる。お前の全てを受け入れてやる。…だから、今回に関しては諦めてくれ。…俺を、単なる思い出にさせてくれ」
「……本当に、馬鹿馬鹿しい考えです」
来世なんてものは存在しない。科学的にそう考えられているし、常識的に考えてもそうだ。
人の死後なんてものは存在しない。人は死んだらただの死体となるだけ…燃やされて、或いは土となるだけ。
でも、どうしてだろう。
…今まで存在しないと思っていたものを今…信じてしまいそうだ。
「……では、それで勘弁してあげます」
涙は隠せない、隠しもしない。
優しい彼はきっとこのことで気を痛めると思う。でもそれでいい、それがいい。
…これが、彼の傷になればいいと思ってしまった。
彼の心の中に少しでも私が居て欲しかった。どんな形でもそうしたかった。
…本当に、馬鹿で酷い女だ。
彼の胸に頭をぽすんと預ける。彼は避けもせず受け入れてくれた。
「嘘を吐いたら許しません」
「あぁ」
「……絶対に絶対に…許しませんから」
「…おう」
単なる愚痴、二人とも本当はそんなことを信じていないのに、それでもこの場でだけ信じている様に見せている。
これは単なる望みだ。そうなったらいいなと私だけが思っているだけのことだ。
それに縋っている私は…本当に弱い女だと思う。
「…私、…私っ…」
最後に伝える言葉、本当は伝えない方がいい言葉。それでも私は伝えるの。
「貴方のことを…愛しています」
永遠に、永遠に…貴方にとって、この言葉が呪いになればいいと…そう思って。
作った笑顔で、そう言った。