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優しい世界が見たいんだ  作者: 川崎殻覇
恋は熟せど散りぬるを
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貴方のことが好きなんです

見て下さってありがとうございます

バレンタインデーというものが近くにあるらしい。


俺としてはあまり縁のない日、世間一般で特別な日と持て囃されていようとも俺には全く興味がないものだ。

そういえばこの付近になると愛菜からチョコを貰うな…とか、そんな認識しかない。


チョコは好きでも嫌いでもない。健康を考えるとあんなものを食う必要は全くないのだが甘味としては中々に優秀だ。カロリーも高いから栄養食としては中々に使えるものだろう。保存もちゃんとすればある程度は持つと聞いているしな。


こんなに長々と話して結局何が言いたいのかと言うと…今日はバレンタインデーということだ。さっき気付いた。


気付いた理由は先程クラスメイト数人から義理チョコと呼ばれるものを貰ったことに起因している。一人は委員長でもう一つは文化祭で一緒に厨房をやっていたメンバーから総出で貰った。


バレンタインデーでチョコを貰ったならば後程のホワイトデーでそのチョコを三倍程度の価格差の何かかで返さなければならない…とそんな半端な知識だけは持っていたので若干嫌な顔をしたのだが、実際はそんなことはないらしい。渡すことが目的で返すことが目的じゃないからとのこと。


確かにそうかもなと思う。貰ったことに感謝を感じてる…だから返す。そっちの理由方がチョコ返す納得性が高い。


そういうことならばとそのチョコを貰い今何個か齧っている。どれも甘いが美味いと思えるものだった。



貰ったチョコの全てを平らげて誰一人いない教室の中に佇む。先程まで雑談していた生徒がチラホラいたが今ではすっかり見えなくなっていた。


口の中が甘ったるくて仕方がない。しょうがないとはいえそこそこの量のチョコを食べたのだからそうもなる。

口直しに何か渋い物を飲みたい気分だったがそうもいかない。今はここを離れるわけにはいかないからだ。



呼び出しがあった、差出人はわかっている。


数ヶ月前に俺が何となしに手を差し伸べてしまった相手、そこから関係が繋がり今も続いている。


頭がよく、そして優しい女だ。会話のどこからも相手の気遣いを感じ、絶対に不快にさせない様に心掛けてくれている。話していて心が安らぐ様な感覚を覚えてしまった時もある。


なんとなく予感はあった。前々から離れた位置で見られていたから。

あいつが俺にどういう感情を抱いているのかなんてその態度から何となく察することが出来る。俺は今までそれを敢えて気にしないことにした。


一度吐いた言葉の手前拒絶することは出来ないし、あいつも決定的な言葉は何も言ってこなかったから。…だから油断したんだろうな、動揺を少し隠せなかった。


呼び出し方法は今では珍しい手紙によるものだった。それも下駄箱に手紙を隠し入れるとかそういうのではなく、面と向かって手渡しで…。

…そうだな、緊張した声で俺に渡して来た。渡したっきりすぐにその場から離れてしまった。


漫然とその行動を黙って享受することしか出来なくて…出て来た言葉は言葉にもならない相槌だけだ。


おぉ、とかあぁ、とか…そんな感じの口元をどもらせる音、普段ならもう少しちゃんとした返しが出来たのだろうが…突然の出来事過ぎて何も出来なかった。


手紙を開いて後悔した。どうしてすぐに何か答えられなかったのか、もしくはその場に引き留められなかったのか…後悔なんてしたって仕方がないが、それでも後悔した。


居心地がよかったのだ。ひょっとしたらあの人と同じくらいに。懐かしい感覚を覚える程に。


走馬灯の様に思い出す。

別人だけれど、顔も性格も大して似てはいないけれども…その雰囲気だけは似ている気がした。


俺がまともだった頃、まだ普通の学生が出来ていた頃…あいつはその時に好きだった女の子に似ている気がする。

普通で、一般的で、クラスメイト全員から好かれていたあの子。

誰にでも優しくて、雰囲気が柔らかくて…青い春が芽吹く様なそんな空気を纏っていた。



口の中の甘さが抜けていく。チョコを食べてからそれ程時間は経っていない…まだ数十分程度。


──ドアが開く。


「………」


ノックをする必要はない、けれどもも少し違和感があった。

俺が知っている彼女はたとえ無人の教室であろうとも、中に誰もいなかったとしても無言で何もせずに突然押し入るなんてことはしないから。



嫌な予感がする。そしてこの予感はおそらく当たる。


…時が動き出してしまったから。



───


今日がXデー当日。

準備も迷い葛藤も苦しさも虚しく時は動き続けている。


結果としてチョコを作ることは出来た。ラッピングも人に渡せる程には綺麗に出来たと思う…それでも不安は消えない。


心臓が嫌に動いている。まだ渡してすらいないのに、まだ彼の姿を見たわけでもないのに…ドクンドクンと動いて仕方がない。まるで寿命が削られているみたいな感覚があった。


それは今も…ずっとずっと続いている。おかげで私らしくもないことを沢山してしまった。


本当はいろんなことを言うはずだったのに、声でもって意思を伝えようと思っていたはずなのに…その全てが抜け落ちて…事前に一応用意していた手紙を押し付ける様に渡すだけで教室に逃げ帰ってしまった。


彼はきょとんととし顔をしていたと思う。断定出来ないのは彼の顔を見る余裕すらなかったからだ。


久しぶりに授業が頭に入らない。いつもなら聞くだけで大体の内容を理解出来るのに今は全く出来そうにない。

難儀なものだなと思った。ここまで感情の整理がつかないなんて思わなかった。


…本当に、私は恋をしている。

だから、この夕陽差す教室にやってこれたのだから。



逃げ出したかった。時が戻ってくれれば…そう思って仕方がなかった。


様々な"もし”が頭に浮かんでしまっている。その結末を考えるだけで足元がすくむ。

眩暈がして、頭から血が抜けていく様な感覚がして…怖くて怖くて堪らなかった。


けれど、そんなことはわかりきっていることだ。それを承知で私はこの時この場に彼を呼んだのだから。

だから、ここから逃げ出すわけにはいかない。


多分、今ならまだ引き返せる。

彼の携帯にメールをして、実は用事があったとか、急に行けなくなってしまったとか…そんな言い訳をすればこれまでの全てを白紙に出来る。彼との関係を決定的にしなくて済む。


…でも、それは私のこれまでに対する裏切りだから。私の想いを消すことだから…そんなことはしない。



…なので、せめて後悔だけはしない様に。


どんな結末であれ、これまでの時間が大切だと…美しかったものなのだと、そう言える様に。

決して、涙だけは流さない様に…この時間を過ごそう。



──ドアを開く。


貴方のことが好きなんです。この想いは絶対一過性のものではないとそう言い切れる程に貴方が好き。


夕陽が世界を焦がしている。そんな眩しい世界の中で貴方はポツンと一人で佇んでいた。


一方的に取り付けた約束を反故にしなかったことがうれしい。私のことを少しは気にかけてくれているんだって思えたからうれしい。どんどんと好きが積み重なっていく。


「…名取さん、来て下さったんですね」

「お前が待ってろって言ったんだろ?」


それもそうだ…と先程の言葉を少し反省する…けど、それも仕方がないと言わせて欲しい。


「だって、名取さん私が何かに誘っても普段は嫌そうな顔をするじゃないですか」

「…そりゃぁ…気が進まない時もあるからなぁ」


……でも、なんだかんだ一度も誘いを断らないところが好き。その時に断っても絶対に後で埋め合わせをしてくれるから。

きっと本当に気が進まないと貴方は思っているはずなのに、それなのに相手のことを考えてくれている…そんな貴方の優しさに心が惹かれている。


「…それで、何か用事があって俺を引き留めたんだろ?」

「……そうですね。…そうです」


胸の高鳴りは今も止まってくれない、きっともう止まってはくれない。

話が早いというのは彼の長所だとは思うけれど…今は少しだけこの胸の鼓動を落ち着かせたかった。


「………」


ふぅ…っと少しだけ深呼吸をする。あまり上手く息が吸えなくて少しだけ苦しい。


「…名取さんに、渡したいものがあるんです」

「渡したいモノって?」


顔が熱い、まるで現実味がない。

だった少し、鞄の中に用意してあるチョコを取り出すだけが難しい。…恋というものは本当に難しい。


「…きっと、上手くは出来ていません」


何回も練習したけれど、結局はお店で作られるものみたいに綺麗には作れなかった。いっぱい作って唯一渡せると思っただけ、ほんの少し綺麗に作れただけ。


「……本当は店売りのものを渡した方が貴方は喜んでくれるって言うのはわかっているんです。…でも、それでも私は私の貴方に想いを伝えたかった」

「………おう」


それが私の精一杯。だから、他の全ては言葉で補う予定だった。

…けど、ダメですね。いろんな言葉を知っているのに、色々な想いの伝え方を勉強したのに…最後に出てくるのはこんなシンプルな言葉だけだった。



綺麗に作ったラッピング箱、それを渡して私はこう言うの。


「名取さん、私…貴方のことが好きです。…好き、なんです」


震える声が、静かに教室内に響いた。

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