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優しい世界が見たいんだ  作者: 川崎殻覇
恋は熟せど散りぬるを
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チョコという想い

お久しぶりです

チョコ、チョコ…と思い悩んでみる。


チョコレート、カカオの種子をいって粉にしたものに、牛乳・バター・砂糖・香料などを加えて練り固めた菓子。飲料もある。チョコ。

チョコレート、カカオの実を煎った粉に砂糖などを入れて作った飲料。ココア。


辞典を辿るとそんなことが書かれている。決してバレンタインデーに関しては綴られていない。それでもチョコレートはバレンタインの代名詞となっている。


いったいいつ頃からその様な傾向が生まれたのだろう…と歴史を辿ってみたくはあるが、今はそのことは関係ないので後回しに、ここで問題なのはバレンタインデーに渡すチョコレートというものに正解がないということだ。


私は正解がある問題を勉強するのは得意なのですが、その反面決まった正解がない問題に着手するのは少々苦手で…ずっと悩んで進むことが出来ないのです。


正解に近しい答えは存在します。多くの店頭にはそういう市販品が売っているのですから…それを渡してしまえば余計な悩みは消えるのかもしれません。

…ですが、どうしてもそれだけは嫌でした。


一年に一度、一世一代の告白…その時に渡すチョコレートが市販品だなんて嫌なのです。だってそこには私の気持ちがないのですから…あるのは綺麗に作られただけの何も込められていない空っぽの心…そんなものに私は頼りたくなかった。


手作りのものが嫌だという人がいるのも理解している。けれどそういう人は何かしら異物が混入されていたりすることを警戒していることが大半だと思う。


「そうだ、作っている様子を動画で撮影すれば食べてもらえるかも…!」


彼がそういう人である可能性もなくはない。そういう小さな可能性を潰すことが私は好きだった。…迷走をしているかもしれない…と心の中で少しだけ思っているけれど。


「おねーちゃん、さっきから何をぶつぶつ言ってるの?」

「…え、声出てた?」


妹に声を掛けられてハッとする。…そんなことをするとは自分では思えなかったけれど、妹は嘘を吐く子じゃない…きっと本当に口に出してしまっていたのだろう。


「うん、チョコがなんとかーとかいっぱい。誰かにあげるの?」

「…実はね」

「えぇー! ほんとぉ!」


なぜ妹が自分の部屋に…という疑問は捨て置いて、これは少々不味い展開になってしまったかもしれない。


この流れでは妹もチョコを作るという話になり、そうなると私は自然と一緒に作ることになる。

それも別に嫌なわけではないけれど…出来れば彼に渡すチョコレートは自分一人で作りたい…けれど姉として手伝わない選択肢はない。


「藍子は誰かに渡したりしないの? 小学校のお友達とか」

「ん〜…私はいいかなぁ、作るより食べる方が好きだもん」

「そうなの?」


心の中で少し驚く、最近の小学生は私とは違ってそういう行事に敏感なタイプだと思ったのだけれど…どうやら妹は違うらしい。


「うん、それに学校には余計なものは持ってっちゃダメって先生言ってたもん」

「…そっか」


姉妹だからだろうか、妹の考え方はどうも私と似通っている。…そんなところが余計に愛おしい。


「お姉ちゃんは誰にあげるの?」


…この愛おしさを守ってくれたのは、やっぱり彼だ。


「…この世で一番、愛している人…かな」


それぐらいではないと、この気持ちは形容出来ない。




デパート、そこではやはりバレンタインの色に染まっている。


彼に渡すチョコレートは手作りにすると決めている。けれども少しぐらい他のチョコレートを参考にしてもバチは当たらないと思い存分に目を養う。


ハート型、小さく小分けしているもの…様々なチョコレートが目の前に広がる。

やはりプロが作っているからか形は綺麗だ。…当然だろう、金銭を伴う商品が素人の作るチョコレートよりも質が悪くては市場に出る価値がない。


「うーーん…」


少しだけ迷いが生じる。


こんなに美味しそうで…形が良くて…そんなチョコレートではなく私が作る拙い物を渡す意味があるのだろうか、いっそのことこの商品を買って渡した方が彼が喜ぶのではないか…そんな考えが浮かんでしまう。


「………」


傲慢なのだろう。

それでも、私は自分で作ったものを渡したかった。




試行錯誤の日々は続く。


Xデー(バレンタイン)当日まで近付いてきても満足いく品は出来ていない。あれこれとずっと悩んでしまっている。

どんな形状のものがいいか、どんな味にしたらいいのか…作る前の高揚とは一変して不安しか胸には残らない。


「…一度、聞いた方がいいのかも」


本人に聞けば自ずと渡すべきチョコの正解も見えてくるだろうとは思う。この間も聞きに行こうと教室の側まで近寄ったこともある。

けれども肝心な時に躊躇いが出て…どうしても声を掛けることが出来なかった。


それに…彼の様子も以前と少しだけ違っていたから余計に。



「………」


教室の前までやって来て彼の横顔を外から眺める。表情は以前とさして変わりはない。

…表情の変わりはないけれど、体から流れる空気感が多少変わった気がする。


以前よりも数段と大人びたと言うか…その顔に似合う空気感をその身に漂わせている。制服が色々な意味で似合っていない。


前までは年相応の空気感はあった。ふとした時に笑う表情も高校生らしいと思える様なものだった。…けれども今の彼はそんな表情で笑うことはない。笑うとしてもふっと微笑むだけ。


何やら、大きな別れを経験した様な…そんな雰囲気を纏っていた。


「………」


やっぱり、直接聞くことはナシにした。意味がないと思った。そんな姿勢じゃ届かないと思った。


ただ相手の好みに合わせて作るのではそこに"私"は無い。そのチョコを渡すことに何も特別は無い。

ただ、嫌われないだけのチョコは渡したくはなかった。


「…頑張らないと」


まだ直接話す勇気は出ない…けれどもいずれその勇気を無理やりにも出さなくてはならない日がやって来る。どんな結末があるにせよ結果というものはやって来る。


──Xデーまで、後もう少し。

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待っていました。ふたりとも報われてほしい……
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