長谷川流の覚悟
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その後、朝食を摂った後チェックアウト時間が迫る。
荷物が膨れ上がったとしても決して持って帰れない程ではない、食べ物の類も買っていないので郵送する必要もないだろう。
「最後に何処か観光しておく? 思えば普通の観光一切してなかったし」
「んー…」
そういえばそうだった。…確かにそれもありかもな。
「んじゃ何処か行きますか、行き場所は任せます」
「おっけぇ、任せなさい」
そうして俺達は最後の日を謳歌する。
人気そうな食べ物屋に入ったり、物珍しい場所を歩いたり…本当にただの観光って感じの時間を過ごした。
唯一不思議だったのは何故だか街のざわめきが大きくなっていること。そして何でこんなに街が電光で彩られているのだろうか。
「なんか様子が変っすね…なんかやってんのかな?」
「そりゃあ今日はクリスマスイブだもん、人も多くなるよ」
「……クリスマス?」
って、何だっけ。
…聞き覚えがない様である気がする。確か小学生の時らへんにチラッと聞いた覚えが…。
「…クリスマス、クリスマス…何だっけな、確か十二月にやって来る妖精…みたいなやつだっけ…?」
「…もしかして、クリスマス…を知らないの…?」
ちょっと待って欲しい…! ちゃ、ちゃんと思い出すから…。
「あ、あれっすよね! クリスマスって妖精が…なんかしてくれるんですよね!」
「な、名取君…本当にクリスマスがどんな日か知らないの…?! 十二月二十五日とその前日にやる行事についてわからない…?」
な、なにをそんなマジな顔をしているのだろう…そんな変なことだったのだろうか?
「えっっと…まぁ、はい。…なんかすみません」
「…子供の頃…そうだね、小学生頃…十二月の二十五日周辺にご両親からプレゼントを貰わなかった?」
「プレゼント…? は、特に貰った記憶はないっすね」
「っ…」
そう言うと先生は少しだけ息を詰まらせた。…そんなに変なことなの?? 一応弁明入れた方がいいかな…?
「えっと、その頃は親父達は仕事で忙しくなって家には殆どいなくて…母さんも昔はそれに付き添ってたんだがある日を境に…えっと、俺が小一の頃かな? その頃には家にはいる様になったけど…」
その頃になると元友人とパコパコヤる様になったんだが…それをわざわざ先生に伝える必要はないな。
「まぁちょいと毎回用事が立て込む様になったらしくて…その頃周辺は大体家の外の空き地で遊んでましたよ」
家の中にいると変な声で五月蝿くてな…結果的にその頃は外で遊ぶことが我が家の通例だった。今じゃその変な声の意味もわかってしまっていてなお辛い。
「……名取君って誕生日プレゼント貰ったことある?」
続いての質問、流石の俺も誕生日プレゼントぐらいはわかるって。
「誕生日プレゼントって上の人間が下の人間に好きな物を渡す日のことだよ…ね?」
「上の人間…?」
言ってる最中に先生の目が鋭くなったからつい言葉がタジタジになってしまった…こ、これもおかしいの…?
「その上の人間って具体的にはどんな人?」
「え、姉妹のことですけど」
「…………ご両親は?」
「……? それ、親が関わる要素あります?」
「───っ」
何故誕生日プレゼントに親父達が関わって来るんだ? 関係なくね?
「………」
先生は顔を何故か下に向けた、そのせいでどんな顔をしているか全くわからない。
…何か変なことを言ってしまったのだろう。そうでなければこんな様子が豹変する筈がない。
「ほ、ほら! うちはちょっと特殊なアレがあって! そういう文化がなかっただけなんすよ! えっと…そう! 我が家ルール的な? 我が家カレー的なやつ!! …えっと、そんな感じのやつです」
「………」
く、空気重ォ…。変におちゃらけても空気が重過ぎて逆に変な感じになる。
「そ、そんなに変なんですか…? クリスマスとか、誕生日プレゼントがない家って…」
もしそうだとしたら…愛菜が可哀想だ。
今になって心臓が締め付けられる気分になった。…もし、クリスマスとか誕生日プレゼントが普通の家にとって当たり前のことならそれを受けられてない愛菜が可哀想過ぎる。今からでもそれをやってやらないと。
「…少し、変かもね。…でもそういうご家庭も…あって……、っ……」
先生は俺を気遣おうとしてくれているのか…けれども最後の方には言葉が詰まってしまっている。
「…ううん、ここはちゃんと言うね。…名取君のご両親、何処か変だと思う。…例え家のルールがそうなのだとしてもやっぱりおかしい。異常だよ」
「…へ、へへ…なんも言い返せねぇなぁ」
何だか変な笑いが出て来る。…俺の両親が異常だなんてことは数年も昔からわかりきっていることだからな。
「失礼を承知で言わせてもらうけど、ご両親と最後に会った日はいつ? その時どんな会話をした?」
「……言わなきゃダメっすか?」
「ダメ、言って」
…こりゃ、言わないと機嫌を直してくれないだろうな。
「あー…親父と会ったのは割と最近…夏休みの間ぐらいで、母親から預かった離婚届を渡した時かな? それ以降もたまーに電話で連絡するけど…」
「…え?」
「んで、母親とはそれよりも前…ゴールデンウィーク中に実家に戻った時が最後。会話と呼べるものはなんもしてなくて、話した内容は出し渋る離婚届を渡す様に説得した…ぐらいかな?」
「…………え?」
絶句…という表現が一番近いだろう。先生は信じられない様なものを見る目で俺のことを見ていた。
「な、なんで名取君がご両親の離婚届を…? なんでご両親は離婚することに…」
「んー…簡単に言うと母親が不倫したんすけど、親父は母親に無関心だったからずっと…母親が不倫したのが俺が小一の頃ぐらいだからそれまでずっとそれを放置していたんです。でも最近になって再婚したい人が出来たから母親と離婚することにしたんですがなんか急に母親が躊躇しちゃって…そんで俺が説得したってわけです」
今更ながら口にしてみるとすげぇ複雑な家庭だな俺って。改めて驚愕したわ。
「…どうして名取君が説得したの? 別に弁護士やお父様が…」
「あーダメなんすよ。うちの母親に理詰めで話しても理解しようとしないで黙り続けるんです。だから親父とかが説得しようとしても無駄、それに親父は母親に罪悪感を抱いてるんで強く言えない。だから母親の弱みを握っている俺が説得…脅しって言ってもいい、…それをしたんです。その方が時間の無駄がないし効率的だ」
そして更に今更ながらどうして俺は自分の事情を事細かく先生に伝えているんだろう。…他人に俺の事情なんて教えつもりはなかったのに。
「効率的って…名取君はそれでよかったの? …家族に対して思い入れとか…」
それなぁ。
…ふと、過去の記憶が蘇り掛けたけれど、昔の様に上手くは思い出せなかった。
「あるにはあったけど…もう親父達がそう決めちゃったみたいなんで。…俺にはどうすることも出来ないなーって…。…もう、俺が何を言っても無駄だったんだなって…もう、全部終わってたんで…」
「────っ」
ふわりと、柔らかい匂いが鼻腔をくすぐる。
どうやら先生が俺を抱きしめた様だ。頭が先生の胸に余ってしまっている。
「なにしてんすか?」
「…ごめんなさい。…辛いことを聞いてしまって…ごめんなさいっ…!」
辛いことって。…まぁ、確かに当初は辛かった気がするけど…もう過去の話だから。
「別にもう辛くないんでそこまで気にしなくても…」
そこで気付いた。
「先生、泣いてるんですか?」
「………かもね」
何故俺の話を聞いて先生が泣くのだろう。…そんなことをする意味はないんじゃなかろうか。
「そんな泣く必要は…ただの他人事でしょう?」
「他人でも…大切な人だよ。他人事なんかじゃない」
…そうか、大切な人、か。
…少しだけ嬉しく思う。
「優しいっすね」
「優しくなんかない…こんなのはただの傲慢だ。君の気持ちを勝手に汲み取って、勝手に悲しんでしまっている。…本当にごめんね…? 君にとっては不快でしかないだろうに…それでも止められなくて…」
そう思ってくれているから、そういうふうに考えてくれるから…俺はこの人のことを好ましいと思ってしまう。
「いえ、俺の為にそんなに悲しんでくれてありがとうございます。…全然不快じゃないですよ。むしろ先生にそう思って貰えるのは…なんだような、ちょっと変な気分になります」
「……ごめんね」
そう言って先生は俺からふわりと離れる。
「…それじゃあ、少しの時間だけだけどこの場所でクリスマスを楽しもっか。…知ってる? 日本人はみーんなクリスマスの時期が楽しみになるんだよ」
「へぇ…! そうなんすね」
「うん、一部の人は除いた方がいいかもだけど…今の私達にはちょっと関係ないから…ね」
手を繋ぐ、街を歩く。
俺達は背景に溶け込んでいった。
手を繋ぐ、街を歩く。
俺達は背景に溶け込んでいった。
時間はすぐに過ぎていった、時間が迫り観光が終わる。
空港について荷物を預けて…前と同じ様に地面よりも高い場所へと上がっていく。
程よい疲労感、どこか少しだけ物足りなくも思いつつこの三日間の思い出を二人で語り合った。
何処の場所が楽しかったとか、あの時はこうだったよねとか…行きの時と比べて何倍にも楽しい気持ちが俺の胸にはあった。
そんな時間すらもあっという間に過ぎていき、気付けば俺達は元の空港に辿り着いていた。
荷物も多いし、すぐに帰ろうかと俺は考えていた。ここで帰れれば満足しながら眠れるだろう、この楽しい記憶を胸にしまえるだろう。そんな感覚があった。
でも、それに待ったを掛けられる。
「どうせならこっちでもクリスマスを楽しまない? あっちとはまた趣の違う景色が見れるよ」
あんなに沢山遊んだというのに…どうやらまだ足りないらしい。
疲労感はある、睡眠欲も溜まっている。…けれども俺はその提案を受け入れた。
…もう少し、俺も楽しみたいと思っていたのかな。
きらきらきらと世界が輝いている。
街頭の明かりが様々な色に彩られ、世界は鮮やかになっている。
「目に悪いな…」
「イルミネーションを見て一番最初に出てくる言葉がそれかー」
昼間あっちで見た時はなんとも思わなかったが、夜に見てみると本当に目に悪いと思う。視力が落ちそうだ。
「前も不思議でしたけど…なんか変な格好してる奴が多いっすね。なんであんな赤白二色なんだろ」
「あはは、クリスマスがわからないなら不思議で仕方ないよね」
どうやらあの赤白の服を着た奴はクリスマスに関係する様だ。だからやけに多いわけだ。
「あれはね、サンタさん…サンタクロースって言って、クリスマスの日に良い子にしているとプレゼントをくれる髭が長いおじいさんだよ」
「全然じいさんじゃないが? めっちゃミニスカじゃん。髭もないし」
「それは…時代による変化としか」
それはさておき…良い子にしているとプレゼントをくれる…か。
「はは、だから俺の家にやって来なかったわけだ…」
「…どうして、そう思うのかな? 名取君は良い子だと思うけど」
ただの呟きに言葉が返ってくる。俺も自然と会話を返す必要があると思い心の内を吐露した。
「全然…俺は最悪の人間ですよ、先生の買い被りです」
「そうかな?」
「そうなんです。…俺は、酷い奴ですから…そのサンタクロースとやらにプレゼントを貰う資格はありません」
「そうかな…サンタさんはみんなのことをちゃんと見守っているから、ちゃんと君のことも愛していると思うよ。…ただ、少し出遅れただけだと思うな」
「…誰かに愛される資格は俺にはありませんよ、…ずっと、俺はこのままでいいです」
キラキラキラ、世界が輝いている。
会話に集中しているせいか人々のざわめきも街に流れる音楽も全てが消え去っていた。
「…私は嫌だな」
その声はハッキリと聞こえていて。
「愛される資格なんてそんなのは関係なく…私は君のことを愛したいよ」
心臓が一度高鳴って。
「…愛してるって、君の笑顔が見たいって…君のことが好きだって言いたいよ」
その赤く染まった横顔が、瞳に焼き付いて。
「──ねぇ、名取君…私と、ずっと一緒に生きていかない?」
その言葉が、やけに胸に染み込んだ。