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優しい世界が見たいんだ  作者: 川崎殻覇
恋は熟せど散りぬるを
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旅の終わり

閲覧感謝です

部屋の中にはお土産が沢山ある、そのどれもがこの二日で集められたものだ。


「…こんなに沢山よく買ったもんだ」


二泊三日、ほんの少しの小旅行。けれども体感としては程よく長い旅路だった様に思える。


「明日持って帰んの大変そうだな…マ、それが俺の役割なんだから全うするけどな」


明日を迎えればこの気持ちもなくなる。

楽しかったものは過去に、過去になったものは記憶に…記憶の中だけにその一瞬は残り続ける。

今、俺がこの時どう思っていたのかも、どういう気持ちでいたのかも…全ては思い出となる…寂しいけどそれが現実だ。


「ふぁ…ぁ」


程よい眠気が俺を襲う、どうやら時間は短く感じても疲労感はそのままの時間らしい。


「…寝る準備、すっか」


押入れの中にしまってある布団を引っ張り出して敷く、当然の如く両者の距離は離したままだ。

それが終わると変えの着替えを用意して風呂に入りにいく、これもまた当然の如く真ん中の暖簾には潜らず男湯の方へと入った。無論、部屋の電気は消してな。


男湯は案外空いていた、多くの人間は真ん中の混浴に入ったということだろう。

人がいないから少しだけはしゃぐ気持ちが生まれる。ほんの少しの解放感が俺を支配していた。


「ぁぁぁ…」


ほんの少し…後もう少し…と、肩まで湯に浸してみたがやはり俺には耐性がない。

ほんの数分で結局はギブアップ…烏の行水にも程があるな。


体の水気を拭き取り、旅館が用意してある服に着替えて部屋に戻ることにする。


もう飯は食ったし、時間ももう遅い…今日のやることは全て終わらした筈だ。後はもう寝るだけ…。

先生は先に風呂に行くと言って出て行ったが…どうやら先に戻っているらしい。消した筈の電気が付いている。


「もう寝てんのかな」


電気は付いているが物音はしない、おそらく電気を消し忘れて寝てしまったんだろう。

それなら物音を消して進んだほうがいい、寝てる人間を起こすなんて可哀想だからな。


抜き足、差し足、忍び足…息を殺してゆっくりと部屋に入る。


「…あ?」


しかし中に入っても先生の姿は見えなかった。…その代わり特大の違和感が部屋の中に感じる。というか見てすぐわかった。


「なにやってんだよ…」


離した筈のは布団がぴっしりと隣り合わせの場所にある。…その片方の布団がやけに盛り上がっているのも見えている。

その布団はやけに振動していた、…隠れる気が全くないのか、そもそも隠れているつもりはないのか…。


「………まぁいいや、そこらで寝ればいいだけだし」

「ちょっと待って!!」


仕方なく布団は諦め、適当なものを枕にして寝ようとした矢先にそんな言葉が響いてくる。それは先生のものだった。

思わず呆れた声を出してしまう。


「アンタ何やってんだよ…」

「違うの、待って助けて…」


ガクガクと震えたまま先生は命乞いをするかの様にそんな声を出す。

…声に嘘はない、どうやら彼女は本当に何かを恐れている様だ。


「どうしたんすか、急に芋虫みたいに蹲って」

「あの、あのね? …本当にさっきまでは大丈夫だったのよ…でも、暗い部屋に一人で戻ったら急に自分が一人きりだなーって思って…ふと、お化け屋敷の時の記憶を思い出してしまったの」


お化け屋敷というと…遊園地のあれか。

確かにあの時先生はやけに怖がっていた、施設を出た後も長い間俺の腕にしがみついていた程だ。


「…端的に言うと、人で寝るのが怖い。一緒に寝て…? 名取君…」

「アンタガキか」


呆れた…言ってることが小学生の子供でしかない。


「大人なのにみっともない…恥ずかしいと思わないんですか?」


「………」


なんとなしに言った言葉だ、偏見たっぷりの俺の考えに染まった言葉だ。

それを言った直後、先生はゆっくりと布団から起き上がりながら俺の目をまっすぐ見てこう言う。


「…いい? 名取君。…大人でも怖いものは怖いし、嫌なものは嫌なものなのよ? どんな人だってそれは変わらないと思う。そして私はそれを恥ずかしいことだとは思わないし思いたくない…だってそんなの苦しいだけじゃない」


思わぬ反抗を受けた…その様な感覚が俺を襲う。


はっとした、俺は今どんなことを考えた?


少なくともいい感情を抱かなかったと思う、何故そんなことを言う、俺の言うことを反対する…なんて巫山戯たことを考えてしまった。


気持ち悪い。今まで好意で俺の意見を尊重してくれていた人に何故俺は自分の方が優位な存在であると勘違いしていた。自分を増長していた。

ガキなのはどっちだ、こんなの癇癪を持ったガキと変わらないじゃないか。


「………」


変わるって決めただろ…そんな自分にはならないと決めただろ…。

…どうして、俺は前のままなんだ。

元に戻りたくない、あの頃の自分を認めたくない。それだけは認められない。


「苦しいのを我慢するのが大人じゃないよ、そして子供も苦しいものなんか我慢しなくていい。君は少し大人という存在を買い被り過ぎている」


そうだろうか? そうなのだろうか…俺は、俺が信じているものはこの世に存在しないのだろうか?

…そうだな、この世には存在しない。俺の理想はこの世には想像しないんだ。…そんなことはわかっていただろう?


「確かにそうかもしれない…俺は大人という言葉に自分の理想を投影しているのかもしれない…。」


…そうだとしても、自分の理想を押し付けてるに過ぎないのだとしても…俺はそれをやめるわけにはいかない。


「それでも君はそんな大人を目指すんだね…。怖いものが何もなくて、苦痛も苦難も何もかもを我慢して乗り越える…そんな大人に」

「…これって異常っすかね?」


それを問う。

俺がこれまで見てきた中で一番その理想に近い大人が先生だ。そんな先生だからこそ問う。


俺は、間違っているのだろうか。


「………」


先生はゆっくりと一度長い時間目を瞑る。時間にして五秒位だろう。


「…ううん、全然間違ってはいないよ」


そうやって、先生なりの言葉を俺に伝えてくれる。


「けど間違ってはいないだけでとても寂しい選択だとも思う。だって、君の言う大人という存在は孤立しているから」


誰の助けも必要とせず、誰の邪魔にもならず。全ての出来事を自分の力だけで超える生き方はつまり先生の言う通りの生き方なのだろう。

俺はその道を否定されなかったのが意外で仕方がなかった。


「意外っすね、俺ぁてっきり間違ってるって言われるかと」

「全然…むしろカッコいい生き方だと思う。君の理想は何一つ間違っていない。…けどね? 強さと弱さは紙一重、一度でもその生き方を選べば二度と弱い生き方を選べなくなる」


……きっと、この人は俺のことなんてわかりきっているのだろう。思えば随分と長い時間をこの人と過ごしたものだ。


「君の理想は他を寄せ付けない。人に頼ることも良しとしない…世間一般ではそれが欠如した生き方とかそちらの方が弱い生き方と言われることもある。…当然だね、人は一人で生きていけないのだから」


多くの物語がそれを肯定する。

仲間の重要性、人と人が手を取り合う重要性…絆が重要なんだってみんなが言っている。


そうだな、それが重要な筈さ。最終的には人を頼ることを覚えた方が生きやすいんだろうさ。…それを嫌がり続ければ意固地だったり分からず屋とか、そんな否定の言葉を言われるのだろうさ。


「けどさ、それって酷いよね。その事実は人に多くの痛みを与えられた人のことを考慮していない。正しいだけの言葉。…悲しいけど、私はそれを身をもって理解してしまった。…人はいずれ誰かを頼らなくてはならなくなるってね」

「………」


先生の事情を俺はかなり知っている。

この人は様々な困難を経験してきた、きっと俺と同じ様な…生きてきた年数の違いがあるからなんならもっと辛い目に遭っていたのだろう。


上っ面の言葉なんかじゃない、この人の言葉にはいつも芯があった。俺だけでもそれを理解していなくちゃならない。


「だからそれを目指している君のことを尊敬するし、…寂しいけどがんば……いや、今のやっぱなし、後半の言葉は忘れて」


先生は途中まで言っていた言葉を自分で遮る。殆ど何を言っているのかわかっていたが俺はそれを追求することはなかった。


「ごめんね、なんか変な空気になっちゃったね、忘れて忘れて! 明日に備えて早く寝ることにしよう!」


強制的に先程の空気が散らされていく。


「…えぇ、そうっすね」


俺は先生のその強制に導かれるまま、空気が変わる以前の態度で接する。

俺はまた、彼女に気を遣わせてしまった様だ。


「……やっぱりまだちょっぴり怖いから一緒に寝てくれる?」

「…はぁ、もう好きにして下さい」


贖罪というわけではない、もしあのまま先生がおちゃらけ続け、俺がそれに応対したら結局はそうなるであろうという結論を今出しただけだ。

多分、最初から心の底では嫌がっていなかったのだと思う。ただそれを認めるのが恥ずかしかっただけだ。



電気を消して隣り合わせの布団の中に潜る。背中は向けているのが唯一の抵抗だ。

会話がない、音がない。空気の音だけが辺りを支配している。


何処かに居心地が悪い空間、寝るに寝れずにそのまま目を閉じ続けている。

そのまま一時間ほど経ったころだろうか? 突然俺の背中に何かが触れる。


「………」


「……」


それが誰がやったことなんてのは簡単にわかる。無理矢理その手を振り解いてもいい…むしろ普段の俺ならそうしただろう。

…けれど、俺はそうはしなかった。


「ごめんね」


苦しそうにそう言っている。


「…君のことを考えてあげれなくてごめんさい…」


何を言っているのか、それはむしろ俺の方だ。貴方が謝ることじゃない。


「……私の自分勝手でごめんなさい」


……その先に言葉は残っていない、その数分後に小さな寝息が聞こえ始めた。


背中の手は寝るには邪魔だった、寝返りも出来ないし常に背中に存在感を感じる。

…それでも、今はその小さな熱を感じていたかった。




朝目が覚めると今も背中に違和感が残り続ける。

その違和感は寝る前よりも大きくなり、今や背中一面に広がっている。…柔らかい感触と甘い香りが俺を包み込んでいた。


「…この人、寝相が悪いな」


先生に抱きしめられているなんてことは簡単にわかる。けど俺は変に取り乱しはしない。

この人は酔っ払うとこんなことをいつもして来るから…慣れとは怖いもんだ。


「よいしょ…」

「あだっ…!」


いつもの様に先生を引っぺ返す。間抜けな声がいつもの様に聞こえて来た。


「あれ…もう朝…?」

「らしいっすね、はよ起きろ」

「あと五分…」

「はぁ…コッテコテだなオイ」


まぁいいかとそのまま放置し俺は俺の準備をする。

増えた荷物だったりこれまで使った着替えなんかを鞄にまとめていく。もうこれ以上この部屋で使うことはないからな。


使った布団を畳み、歯磨きやらなんやらの準備を推し進める。


「…五分経ったから起きなきゃ…、んしょ…っと」

「そこは更に時間を求める場面なんじゃないか?」

「社会人にあと五分は一回程度しか許されないの、一回すら許されないこともあるわ」

「社会人世知辛ぇ…」


怠慢な動きながらも先生は確かに布団から這い出る。

どれだけ寝相が悪かったのか…浴衣がはだけにはだけほぼ下着姿と変わらない。


「服、早く直した方がいいっすよ」

「ん? …あーえっちぃ」

「黙れ」


俺が何回アンタの下着姿を見たことか…なんなら全裸になって騒いだこともあった…ので全くどうとも思いはしない。

そも俺は女性の裸を見たところで取り乱したりはしない、割と枯れているからな。


「ごめんごめん…w」


一応礼儀として目線は外しておく、衣擦れの音がやけに響く様な気がした。


「もう大丈夫よ」

「うい」


どつやら浴衣から普段着に着替えたらしい、少しの間続いた音がようやく終わった。

これでようやく俺の作業も再開出来る。


「さっ…て、朝ごはん食べに行こっか」

「っすね」


この旅行も今日いっぱいで終わる、後はもう帰るだけだ。チェックアウトの時間まではもう少しあるので朝飯を食う時間はある。


「この旅館大当たりだったねぇ…内装も綺麗だったし、ご飯も美味しかったし」

「確かにそうなんだけどなぁ…あの混浴だけは理解不能だったな…アレいる?」

「いるんじゃない? 楽しめる人は楽しむんじゃないかな、私は初日以降使ってないけど」


物珍しさで一度は入ってみるが、二日目となるとそれも薄れる。だって内容変わらないし。

シチュエーションという点で見ても二回以上は蛇足だし…多分一泊二日の客向けの施設なんだろうな。


「初日に入ったのだって名取君と一緒に温泉に入りたかっただけだし、一人だったら混浴なんて絶対入らないよ」

「へー」


つまりイタズラのためだけにあそこまで体張ったのか…根性あるなぁ…。


「…ここでご飯を食べるのもこれが最後かぁ…なんだかあっという間だったね。…少し寂しい」

「…ですね」


奇しくも、同じ感情を抱いていた。

それがなんだか変だなと思いつつも…悪い気分にはならなかった。

無意識的に傲慢になること、あると思います

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