二日目の夕方
閲覧ありがとうございます
そのまま俺達は別のアトラクションを周る。その随分後に訪れたのがお化け屋敷だった。
「チープな作りだな」
「そ、そうだネー」
俺はあまりこういったものを怖いと思ったことはない。
所詮は人間が作った作りもの、何も恐ろしくはない。
目の前に映る内臓が飛び出ているゾンビも井戸から這いずり出ようとしている女幽霊もチェーンソーを持った猟奇的な殺人鬼も見掛け倒しに過ぎない。本当に怖いものはそんなもんじゃない。
今までの経験がそれを物語っている。
暗い夜道、いきなり音もなく変な奴らに頭をぶん殴られたり、夜中に変な露出狂が現れたり、変な女に付き纏われる方が怖いというものだ。
最近では指が取れたりもしたからな…それが永遠に失われる恐怖は計り知れない。
失うというのは恐怖だ、恐ろしくて恐ろしくて堪らない。だから人は何か大切なものを失った時に取り戻そうとする。その恐怖から逃れる為に。
その恐怖と比べるとやはりお化け屋敷やホラー映画などの恐怖などは児戯に等しい。だってそれをエンターテイメントととして受け取れているのだから。
「あ、来る」
「え?」
だからこうやって人が怖がりそうな場所を予想すればいつ驚かしに来るかなんて簡単にわかる。
「GOOOOAaaッ!!!」
「ひぃぃぃぃっっっ!!!」
予想通りのタイミングで冒涜的な見た目をした人型の怪物がやって来た。丸っこい油ぎったヒキガエルみたいな体にに口元からピンク色の触手が何番も伸びている。そんな奴が変な槍を携えて走ってくる。
「な、な、なとりくん…」
「これ走って逃げるやつだな…んじゃ行くか」
「あ、あの…」
何やら先生の様子がおかしい、見るからにびくびくと震えてしまっている。
「あ、足がすくんじゃんて…」
「…ほぉ」
意外だと不謹慎にも思ってしまった。
あんだけの超人っぷりを見せていたのにお化け屋敷程度でここまで狼狽えている…なんだか少しだけ親近感が湧いた。
「ほぉっ…って、し、真剣に言ってるんだけど…」
「…はは、じゃあ、はい。掴まって」
と言いながらも既に俺は先生を抱き抱えていた。俗にいうお姫様抱っこ。
「は、はひ…」
「うし、行くかー」
そのまま先生を担いで出口へと向かう。進んだ距離的にもうすぐこのアトラクションも終わりそうだ。
「それでは付けていただいた心拍計を回収させていただきまーす」
あの化け物に追われるのがお化け屋敷最後のイベントらしい、程々の速度で俺達は外に出た。
「そういやそんなものを渡されてたな…」
お化け屋敷に入る直前に急に渡されたそれ、中に入るとすぐに存在を忘れてしまっていたがなにか用途があったのだろうか。
「もし心拍数を90未満でキープし続けられたのなら、なんとこのくとぅるーの屋敷特別ストラップ他、数十類のストラップの内一つをプレゼントしちゃいまーす」
「へぇ、景品か」
人は景品という言葉に弱い、なんというか…おまけで貰えるものって買うよりもお得感がある気がする。
ハズレが出ても損はないし、当たりが来たらラッキーと思える。楽しい文化の一つだな。
「はーい回収しまーす」
「うっす」
係員の一人が心拍計を回収して来た。周りを見るにどうやらこの場で確認するらしい。
「回収しまーす」
「……はい」
俺の心拍計を回収するのとほぼ同時に先生の心拍計も回収される。凄くどよんとした顔をしていた。
「あちゃー…最大心拍数は120ですか…ちょーっとオーバーしてしまいましたね。残念っ!」
「や、やっぱり…!」
どよんとした顔が絶望が顔に変わった。何か欲しい景品でもあったのだろうか?
「し、心拍数が60から一切変わってない…き、機械の故障…? ……え、えぇ…? でも試しに測っみても正常だし…壊れてないの…?」
どうやら俺の心拍数も計り終えた様だ。何やら神妙な面持ちになっている。
「お、お客様…失礼ですが何かその、…細工をしたりとかは…」
「失敬な、俺は何も細工をしてねぇよ。あの程度で人を驚かせようなんて馬鹿げた話だ」
「うっ…凄い自信…もしや鉄の心臓をお持ちで…?」
「舐めんな、鉄超えて鋼だわ」
そこまで言うと係員は納得したのか先程の問いにつあて申し訳なさそうな顔で謝ってくる。いいんやで。
心拍数がずっと変わってないなんて見たら疑うのは仕方ないってもんだ。
むしろちゃんと聞いた方が驚きだ、不正とか適当な理由を付けて景品を渡さないと思ってたからな。
「お詫びとして景品を二つご用意させてもらいます…」
「いや、いいよ。俺だけ二つもらうのは他の参加者に申し訳がねぇしな、一個でいいわ」
そういうのはあまり好きではない。景品は景品だ、楽しみで貰うものであって詫びで余分以上に貰おうとは思わない。
「私共としては有難いのですが…いいんですか?」
「別にいいさ、俺自体はそんなに景品に拘るつもりはねぇんだ」
ということで…そこで絶望顔をしている先生の肩を叩き顔を上げさせる。
「じゃ、せん…流、好きなの選んでいいぞ」
「はひゅッ…!」
どうやら先生には欲しいものがありそうなので景品を譲ることにする。俺なんかよりも欲しい人が持つ方がいいからな。
「な、名取君…なま、名前…」
「え、あー…なんか変だった? 長谷川の方がよかったかな」
流石に人のいる場で先生と呼ぶのはどうかと思ったので咄嗟に名前で呼んだのだが…気安かっただろうか。
「イ、イエ…ダイジョブです…」
「それならよかった、んで何を選ぶんだ?」
「……ほ、本当にいいの? せっかく名取君が受け取る権利を貰ったのに…」
「さっきあの人にも言ったけど俺自身はそこまで景品に興味がないんだ。流が受け取った方がいいと思う」
きっと俺では持て余すことなんてわかりきっている。部屋の片隅にしまって忘れてしまうのならばそれを受け取る必要はない。
「あ、ありがとう…それじゃあ、これを貰ってもいいですか?」
「はい、承りました!」
先生が選んだのは…あ、なるほど。
「あー…よく見てなかったけどコラボ景品があったんすね」
案内人と同じ格好をしているマジスクの主人公とまみぃちゃんのストラップが今先生の手に渡されていた。
「うん…! まさかこのアトラクションにもまみぃちゃん関連のものがあると思わなくて…私一人だったら絶対取れないなぁってさっき絶望してたんだけど…君がいてくれて本当に助かっちゃった」
子供の様な笑顔だ。真っ直ぐな顔で俺に感謝を述べてくれている。なんだか無性に恥ずかしいというかなんというか…ちょっとだけ照れる。
「本当にありがと…名取君」
「…喜んでくれたならよかった」
先生は大人なのにどうしてか大人らしくない。
素直に礼を言ってくれるし、無邪気に好きを隠さないし、俺のことを引っ張っていってくれる。
普段は俺と同じ目線かそれ以下の目線で接して来るというのに、いざという時にはこれまで関わったどんな大人よりも頼りになる存在だ。
俺の知っている大人ではなく、俺が目指している大人の姿でもないはずなのに側にいてもらうだけで心地がいい。その姿を見るだけで心のささくれが削り落とされていく気がした。
この人と一緒にいると自然と心が温かくなっていく。どうしてそうなるのかは全くわからなかったけれども…どうしたって悪い気にはなれなかった。本当に風邪をひきそうになる。
「お客様、当アトラクションには実は発狂モードというものがありまして…先程クリアしていただいたコースとは二回り以上根源的な恐怖を追求したコースとなります」
「ほう!」
「えっっっ…!?」
限定ストラップに恍惚とした顔を向けている先生を眺めていると急に案内人がそんなことを言い出した。
「もし宜しければそちらのコースも挑戦なさって下さい。勿論先程と同様に心拍数が90未満をキープし続けられたのなら特別な景品とプレゼント致します…いかがでしょうか? 是非とも挑戦して貰いたいのですが…」
どうやら向こうさんは俺の鋼の心臓をどうにかして崩したいらしい。不敵な笑みを浮かべながら俺に対してそう言い切った。
ふふ、昔を思い出す…喧嘩を売られる気分だ。
まるで挑戦しないのならばお前をチキン野郎と見なす…そんな意思を案内人から感じた。
「いいだろう、受けて立つ」
その気概に免じて挑戦を受け入れてやることにした。発狂モードというのも少し気になったからな。
「あっ…じゃ、じゃあ私、ここで待ってるネー」
「じゃあ行こっか、流」
「エ…っっっ!!」
何を言っているんだか…先生が一緒に来ないのでは行く意味がない。
「あの、あの…わ、私怖いの苦手なんですけど、さっきのでもだいぶダメだったのにあれ以上なんか死んじゃうよ…? いいの…? いい大人が泡吹いて失禁する瞬間が見たいの?」
「へーきへーき、何があっても俺が守ってやっから」
本当にダメそうなら途中でリタイアするが、それまでは先生の慌てふためく所が見たい、めっちゃ面白かったからなさっき。…性格悪いな、俺。
まぁここは俺の欲求を素直に追求させてもらおう、さっきのジェットコースターやコーヒーカップの意趣返しってことで許してくれ。
「…も、もう…そこまで言うのならちゃんと守ってね…絶対だよ…?」
「勿論、任せてくれ」
その後、発狂モードとやらに挑戦した結果…先生は暫く俺の腕を抱きしめて離さない様になった。俺の心拍数は70を超えることはなかった。
拍子抜けだな、出直してこい。
長谷川流のSAN値チェック失敗60→53
初期値75
名取愛人のSAN値チェック自動成功9→9
初期値80




