二日目の昼
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時間は早く過ぎ去っていく。
遊園地に行くのは久しぶりだ、前に愛菜と行ったきり。愛菜が生まれる前はてんで行ったことがない場所だった。
家族と共に出掛けることはあれど、両親は忙しく、近場の図書館だったり、近所のショッピングモールに行ったりとかそんなことが多かった。
家族の団欒の代名詞である水族館とか動物園とか…そういう場所には殆ど行ったことがない。
別にそんな場所へ行く必要はないのだから悲しくも辛くもなんともない。過去の俺ならともかく今の俺が遊園地なんかに行っても仕方がない。
あくまで付き添い、そうだな…心境で例えるのなら子供に付き添う親だったり、妹や弟に付き添う兄の様な感覚が近い。
…昔、一度遊園地に誰かと言った覚えはあるが、今の俺にはそれを思い出すことは出来ない。
その時楽しかったという思い出も、遊び疲れて眠そうになりながら電車に揺られ家に帰った記憶も今は遠い。
もしかしたらその記憶は俺が作り出した幻覚なのかもしれない。…多分、その方が幸せだと思うから俺はそんなことを思ってしまう。
そんなことを考えてしまった頭をぼんやりさせていると、繋いである手がぐいっと引っ張られる。
「名取君! ジェットコースター! 最恐絶叫コースターだって!!」
「看板がデカ過ぎないか? 誇張表現だとは思うが…」
「あ、最大瞬間Gが7だって、楽しみだねぇ」
「え、それ死なない?」
過去の記憶が抜けるほどにその言葉は衝撃的だった。なんだよそれ。
「謳い文句は貴方に最高の臨死体験をお届け…だって」
「ジェットコースターに使っていい言葉じゃないだろうそれは…縁起が悪すぎる」
嘘とか冗談とかではなく…え、ほんとに?
「乗る前に誓約書も書かされるらしいね、この施設でお客様に何が起きたとしても当パークは一切の責任を負わないことをご了承下さい…だって」
「ガチ過ぎる…!」
誓約書まで書かされるアトラクション…やばい、ちょっと興味出てきた。
「幸いにも殆ど誰も並んでいないみたいだし、行ってみよっか」
「うっす」
十五分後。
俺達はやっとこさジェットコースターから降りた。
乗った感想を簡潔に言うとすると…冗談抜きで死にそうになった。
「首がもげるかと…」
「あはは! スリル満点で楽しかったね!」
あれをスリル満点で済ませられるのはちょっとどころか普通に凄い。あんなんただの走る棺桶だったからな。
意味わからん速度で縦に二回転したかと思えば息つく間もなく横に三回転…上空から見る景色は正に天国を具現化した様なものだった。控えめに言って地獄。
「乗った特典でスタンプももらえたし万々歳だね、残り二十個がんばろー!」
「お、おー…!」
疲れる、疲れるが…やはり楽しい。なんで俺はこんなに楽しいと思っているのだろうか。
本当にこの人には振り回される。
─
昼時、ぼちぼちいい時間だからと昼食を取ることにした、場所は売店の様な場所。
「先生は何を食うおつもりで? 言ってくれれば俺が買ってきますよ」
「ほんと? じゃあお願いしてもいいかな、その代わり私は席取りしてるね」
了解っと先生の要望を聞きそれを注文しに行く。
「なぁ、あの子…」
「あぁ、めっちゃ美人じゃね…?」
商品を注文して近くの場所待機していると人混みの中からそんな会話が聞こえた。
「………」
「しかもフリーっぽいぜ? 誰も連れてない」
「マジ? 一人遊園地ってやつか?」
「どうだろ、もしかしたら友達でも待ってるのかも…」
何故だか無性に時間が気になった。まだ注文してそんなに時間が経っていないのにも関わらず遅いと感じてしまっている。
「…………」
「お待たせしましたー!」
「ありがとうございます」
渡されたものを受け取り、自分でも驚く程足早にその場所へと向かう。
「…なぁ、なんだったら声を掛けてみて…」
「お待たせ」
「あ、おかえりー」
自分でも驚くほど見せつける様に手に持った料理を先生に手渡す。
その後、背後を一瞬振り返り先程の男達に一瞥をくれてやる。
「………」
「っべー彼氏持ちかよ、めっちゃ睨まれてるじゃん…」
「俺達の会話聞かれてたか…? なんか言われる前に退散しようぜ」
別に睨んだつもりはないが、どうやらそいつらはこの場を離れるらしい。別にどうでもいいがな。
「…? どうしたの…?」
「いや、なんでも」
別に本当に気にするつもりはないが、少しだけ胸がすく感触がする。本当になんも思ってない。…ほんとだぞ。
─
遊園地といえばジェットコースターの他にも有名なものがたくさんある。例えばコーヒーカップ。
俺のコーヒーカップに対するイメージは正しくカップルがイチャつく為に行うやつという認識なのだが…。
「いっくよぉぉー!!」
「め、目が回る…」
辺りは正しく阿鼻叫喚、きゃー! とかいう可愛らしい悲鳴ではなくぎゃーッ!!! という絶叫が響き渡っていた。
何をとち狂ったのか、このアトラクションには回転数の限度がない。つまりカップ内にあるこの回すやつを回せば回すほど回転速度が上がっていくというわけだ。
ねぇバカなの? どうして限界を決めないの? もっと安全に対して真摯に向き合おうぜ?
世の中には限界を知らない人がいるんだからさぁ…ほら、この人みたいに。
「おりゃおりゃおりゃ!」
「掛け声に対して回す速度がハンパねぇ…っ!!」
可愛らしい声とは裏腹に手がブレる程の速さで回すあれを回している。本当になんでこういうことするの?
空が回る、まるで幻覚の様に視界が移り変わっていく。
割と三半規管は強い方だがここまでの速度となるとちょっと話は変わる。普通のやつならさっき食った飯吐き出してる思う。
「限界のその先を目指して…行くよ! 名取君…!」
「もうとっくに限界は超えてるんだヨォ!!!」
それにしてもここまでの速度でも無傷なのは生物としてどうなのだろうか?
この人から伝わる…あ、なんか勝てねぇな的なオーラの源泉がここに来てようやく少し理解出来た。多分生物としての強度が根本的に違うんだな? 俺は何を言っているのだろう…?
「あはははは!」
けれども…視界が回っていて、空も背景も何もかもを動いて何にも認識出来ていないはずなのに…その眩しいさだけは視界に収まっていた。
「は、はははっ!」
頭が痛い、視界が回り過ぎてちょっとおかしくなっているのかもしれない。
おかし過ぎておかし過ぎて…思わず笑ってしまった。
何故こんなにも頭が痛いのだろう、何故こんなにも楽しいと思っているのだろう。…わからないものが多すぎる。
…でも、こうやって笑うのは心地いいものだ。
しかしそんな時間も長くは続かない。物事には必ず終わりが来る。
「あれ?」
先生があれを回しても速度が上がらなくなった。むしろ徐々に速度が落ちていっている様に感じる。
流石に急に止まるということはないらしい、もしそれをされたら慣性で吹っ飛ぶからな。そこはちゃんと考えているらしい、もっと他のことを考えろ。
コーヒーカップの動きはもう止まった。もう動いていないはず…なのだが未だに世界は揺れたまま。
ぐるんぐるんと回り続ける視界の中、どうにかしてコーヒーカップから降りた。
「んぐぐぐ…」
吐き気とかはないが、それでも視界が回り続けるという居心地の悪さは感じる。
真っ直ぐに歩けない、けれどもなんとか今感じだろうとなるべく普段の歩き方を意識する。
「流石の名取君もあの速度には参っちゃったかな…?」
それにしてもなんでこの人は一切澱みなく歩けているのだか…意味わかんねぇ。
「アホ、あの程度俺なら余裕だわ」
なんか負けてる感じがして嫌だったので思わず強がる。平静を装っているが全然視界が元に戻らない。
「そう? それじゃあ私の方が限界だから名取君助けてよ。具体的に言うと手を繋ごう!」
「……うっす」
…やはり、こういうところは勝てないな。
差し出された手を繋ぎながら、そんなことを思った。