一日目
閲覧してくださりありがとうございます。最近小説の書き方を模索中でございます
「…WHY?」
空からどんどんと地上が遠ざかる中、俺はその座席で窓を眺めながらそんなことを言う。
「楽しみだね〜」
そう言って隣に座る彼女は本当に楽しそうな表情をしている。
なんたって急に飛行機に…? そんな疑問は抱く前から既に飛行機に乗っていたのでもう何も言えない。というか何かを言う隙はない。
そもそも言っても無駄だし、今ここで帰るー! と駄々を捏ねたとて帰れるわけでもなし…だってもう離陸しているからね。
「今から二泊三日…全力で楽しもう!」
「…うっす??」
なんでか、そういう話になっていた。
─
関西地方でまみぃちゃんのイベントがあるそうだ。
しかも複数…先生は元々一人でそれを制覇するつもりだったらしいが、やはり一人では寂しいし不意に虚無感を抱いてしまうらしい。
楽しいけど、私今何をやっているんだろう…一人で全種コンプリートしても喜びを共有する人がいないのはちょっと辛いなぁ…と。
別にネットとかで探せばそういう相手を見つけられはするだろう。しかし先生はあくまで顔と顔を合わせて感想だったり感情だったりを共有したいらしい。
それも親しくて自分の話をちゃんと聞いてくれて話の内容も理解してくれる人間だ。
そこで俺の出番とのこと。
俺は先生の影響でまみぃちゃん関連の書籍やアニメは全部見ている、なんならちょっとハマっている。一緒にイベントを楽しむには最適な相手というわけだ。
そんなこんな、先生は俺の飛行機代含め諸々の費用を全部出すから付き合って欲しいと俺に言ってきた。…それが昨日の話だったかな。
最初、何処でそのイベントをやるとか聞いてなかった俺は近場でそのイベントがあるのだと勘違いし、普通にその頼みを聞き入れた。最初了承したしな。
でも二泊三日とか関西でやるとかは聞いてない!
いや…俺も悪いよ? さっきも言った様に何処でやるとか何日掛かるとか聞かなかったし、言われるまま三日分の服を先生の用意したスーツケースにぶち込んだし…他にも長旅行の為のあれこれも用意したし…。
あれ、やっぱ俺が悪いかな…脳みそ使わな過ぎたかな…。
待て待て、やはり俺は悪くない。この結果は俺が先生を全面的に信頼した故の結果だ。そんな先生に騙されて…はないな、断片的な情報しか貰わなかっただけで。
「うーん…」
「あらどうしたの?」
機内食を食いながら頭を悩ませていると能天気なその声が耳に届いてくる。
「いや、やっぱ俺が悪いのかなーって」
「急にどうしたの?」
流されてもまぁいっかなーと思っている時点で先生は悪くないだろう。
…なんというか、先生には別に何をされても許してしまうという何かがある。
俺が知っている中で本当にまともな大人で、絶対に俺の逆鱗に触れないというのがわかっているからだろう。結局はこの旅行も楽しんでしまうという確信がある。
「いんや、なんにも…イベント楽しみっすね」
「だね〜」
普段の見る姿とは全く違う。
教壇に立っている厳しく、凛々しく、誰よりも生徒のことを考えている先生ではなくただの個人、長谷川流としての先生。
案外子供っぽく、優しく、ちょっと変わっているところがあるけれどそこも愛嬌と呼べてしまう魅力がある…笑顔が似合う人。
美人が笑うと本当に画が映える。特に先生のことを見ていると本当にそう思う。
「……へっ」
自問自答は終わりだ、くよくよ悩むのはこれっきり。後はこの旅行を楽しむことに頭を使おう。
───
離陸から着陸までそんな時間は掛からなかった。海外というわけでもないし当然だ。
「それで? 最初は何処に行くんで?」
「取り敢えず今日泊まる宿に行こっか、そこもイベントの開催場所の一つなのよね」
宿泊場所、俺はあまりそういった場所を使わないので勝手がわからない。
「ホテルとか…旅館っすか?」
「今回泊まるのは旅館だね、温泉が有名なんだって」
旅館で有名と言えばそれか飯ぐらいしかないと思うのだが…それを言うのは野暮というもの。
「いっすね、温泉とかてんで行かないんで楽しみっす」
「あ、今日と明日と明後日までその口調禁止ね!」
まーた何か言い出したよ…。
「なんでですか?」
「折角の旅行だし、偶には敬語を使ってない名取君を見たいなーって…だめ?」
「ダメかダメじゃないかで言えば…普通にダメだし嫌ですけど」
がびーんと死語になってそうなリアクションを先生はしている。古い古い。
そもそも俺の中でカスな奴以外の歳上とか目上の人という存在には敬語を使って然るべきという認識がある。例えどんなに仲は良くてもそれはそれ…親しき中にも礼儀ありというやつだ。
それに俺はこれでも先生のことを尊敬して慕っている。そんな人にタメ口を聞くなんて体が受け付けない。
「づーん…」
「効果音を口で言わないで下さい。普通にウザいっす」
「名取君が辛辣…」
悲しそう、…はぁ、しゃーなしだな。
「…へいへい、わかったからそんな顔すんなって、これでいいか?」
「……!! うん! ありがとう、名取君…!」
マ、この程度で先生が喜んでくれるのならいいだろう。ちゃんと旅行中だけって前置きしてくれたからな。
多分非日常感を楽しみたいということなのだと思う。その助けになれるのなら敬語を外すことくらいどうってことはない。
「んじゃ行くか…ちなみにどんな方法?」
「電車だよ」
そりゃ趣のあるこって…適当な駅弁でも買おうかな。
─
またまた先生に駅弁を奢って貰いつつ、件の旅館に到着した。
「すっっ…げぇ高そうな旅館」
「いいね、良さそうな場所」
しかしそんな高級そうな雰囲気でありながら一部分だけ異様な…簡単に言えばアニメキャラクター的な看板がある。
異様とは言いつつも衣装の雰囲気と絵のタッチはこの旅館に不思議とマッチしている。
魔法少女アニメではあるが現代時代が舞台ではあるので違和感は感じ難いし、その違和感を感じるであろうまみぃちゃんとかのマスコット的キャラクターすらも自然とこの旅館の雰囲気に溶け込んでいる。総括としては…。
「ははーん? さてはこの旅館のオーナーマジスクファンだな?」※注マジスクとはマジカル★スクランブルの略称である。
「おっ、わかっちゃった? 流石は名取君だね」
どう見てもそうとしか見えないからナー。
おそらくこのイベントに合わせて旅館の外装も少し手を加えているのだろう。でなければこんな違和感なく作品とマッチするわけがない。
外装でこれなのだ、内装はもっと手の込んだ仕掛けになっているのだろうな。
「どうやらこの旅館の館長さんは相当のファンらしくてね、SNSとかで…あ! 勿論個人アカウントだよ? それで色々と呟いているところを作者さんが見たかどうかは知らないけど、作者さんがひょんなことからこの旅館にやって来たらしくて…そこから紆余曲折あってこのコラボまで辿り着いたらしいよ」
それは紆余曲折ありすぎでは? …いやまぁ双方が納得する形でそうなったのならばいいことなのだろうか。
「それじゃあチェックインして中に入っちゃおうか、それで今日はもうゆっくりとしちゃおう!」
「うーっす」
まぁ結局ゆっくりすることはなかったのだが。
中に入った先生はあら不思議、とても大人とは言えない程にテンションをぶち上げていった。
周りの客に迷惑を掛けないようになるべく大声を出すまいとしていたが、結局声は出るし、すーぐ俺に抱きついたりして…ぶっちゃけ怠かった。
けれどもほんの少しだけその姿を微笑ましいというか…凄いなと思ってしまった。だってそうだろう? ここまで自分の好きを謳歌したりするなんて俺には出来ないからだ。
これは身内贔屓というやつなのだろうか?
感情とか倫理とかを抜きにすれば俺の指を千切った奴だって好きを謳歌していたに過ぎないのに俺はアレは受け入れられなかった。
本質的には両者も変わらない、ただ人に迷惑を掛け、被害を出しているかどうかの有無だ。
好きという感情は何処までいっても独りよがり…この世に何のルールもなければ奴の行為だって正当化されるのかもしれない…と、少しだけ考えてしまった。本当に陰気な奴だ、俺は。
別に今はそんなことを考える必要もないのに、自分が好きなものはないからと他人の好きなものについて考えてしまっている。それを正しいとか正しくないとかを決める権利を俺は持ってないと言うのに思考に耽ってしまう。
俺の癖の一つだ、俺はいつだって考え過ぎる。…まぁ、それに越したことはないとは思うが、心の底から楽しむには無駄に心の容量を使ってしまっている。
「ねぇ名取君!! あれ見て!!!」
「はいはい、見てますよー」
だから他人の好きを見て満足しているのかもしれない。そうやって俺に足りないものを得ているのかもしれない。…本当に馬鹿みたいな生き方だ。
恥ずかしげもなくそんなことを考え続ける。気付けば時間は簡単に過ぎ去っていた。