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優しい世界が見たいんだ  作者: 川崎殻覇
紫悠遥稀は戻れない
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多難が去って、ようやくのひと時

閲覧感謝です

こういう時、使い古されたチープな言葉が頭がよぎる。


白い部屋、清潔そうな部屋…別にこういう場だけで使うことはないのだが、それでもこの場所も条件に一致する。


「知らない天井だ」


…アホみたいなことを考えてないでさっさと現状を把握するか。



どうやら俺は今病院にいるらしい。その病室でおねんねしている。


何故そんなことになったのか…は、なんとなくわかる。最後の方は記憶が曖昧だから自信はないが。


「あ、そうだ、指」


最後のブチリと千切れた感覚、あれは千切れ掛けていた指が取れた感覚に違いない。


うわー、嫌だなぁ…指がなくなってたらやだなー…まぁ? そのちょっと前に指とか腕が腐ってなんやらと思った記憶があるし、実際そうなって泣き言言うのは恥ずかしいよなぁ…。


しゃーなしと覚悟を決め、指が無くなったという現実を直視しようとしたが…なんと! 取れていた筈の小指がくっ付いていた。


「お?」


上手くは動かせないがしっかりと動く。あ、なんかちょっと痒い…千切れた部分であろう傷跡がとても痒い!


「むむむ…」


ふとした拍子でまた千切れてもいけないので触ることはしないが…めっちゃ気になるなぁ。

というか普通に考えて石膏かなんかで厳重に囲み過ぎて触れなかったわ。

切った指があった腕は固定されているが、それ以外は比較的自由なので動くこと自体は可能だ。


……ここで病院を抜け出すという悪魔的発想が出てきたが、医者の言うことは聞いておけと心の自分がそう言っているので大人しくしておく。取り敢えずナースさんが通り掛かるまで待っておこう。


その数十分後、ナースさんが通り掛かって来たので呼び止める。

俺の意識があることを確認したナースはすぐにその場を後にする、多分だけど医者を呼びに行ったんじゃないかな?



更に数分後、俺は医者に説教を食らっていた。


「なんで指があんな状態になっているのに救急車呼ばなかったの? 頭悪い?」


「す、すんません…」


「それと何? なんで取れ掛けた指をわざわざ千切るの? そういう意識が低いことをされると迷惑なんだよね、手術の難易度が上がるんだよ」


「ほ、本当にごめんなさい…」


まさかのマジギレである。なんだこの医者凄く口が悪い。

指を千切った事自体は俺の責任じゃないのになんだか俺が悪いことをした気分になってくる。


「他の指も小指よりはマシとはいえ切断され掛かっていたからね? わかる? 君が馬鹿みたいな判断をしたせいで君は指を全部失う可能性もあったんだよ?」


「すみません…反省します…」


これにはさしもの俺もしおらしくなる。…正論言われているから何も言えないんだよね。


「……完全に元に戻るとは言えない、僕は医者だからね、そんな曖昧な言葉は言えないし言わない。…だから、その指を元の様に戻せるかは君次第だ」


それまで毒舌を浴びせて来た医者の声音が少しだけ優しくなる。


「一週間はベットの上で絶対安静、それを含めて二、三週間の入院は絶対、それからリハビリは絶対にやること…いいね?」


「はい!」


なんとなくこの人はいい人なんだろうなと思う。医者として誠実で、使命感を持ってくれている。

その優しさに応えられる様に、俺も元気よく返事をする。


「宜しい、それじゃあその他の細かい事は後で説明するとして…取り敢えず今はゆっくりとしていなさい。指が千切れる程の出来事に遭遇したんだ、気を休めるのも重要だ」


そういえば指が取れるなんて出来事に遭遇したことはない、俺史上最もヤバい事態と言い切ってもいい。


「そうします…本当にありがとうございました」


先生に礼をする…寝たきりの姿勢なんでちょいと失礼だとは思うが容赦して欲しい。


「うん、それじゃあ安静にね」


先生は軽くそう言うとその場を後にした。俺は布団で顔を覆い隠す。


顔を覆い隠したと言っても別に泣くとか恐怖で顔を歪ませるとかはない。例え指が千切れたとしてもそれは過ぎた話…特に何か強い感情を残す程ではない。


布団で顔を覆ったのは普通に眠気を誘発する為だ。暇を潰す道具もなんもないし、必然的に寝るぐらいしかやることがない。


「……遥稀、大丈夫かなぁ」


唯一心配することと言えばそれぐらいだ。…もっとも、知る手段がないので考えることは無駄なのだが。


「…なる様になるといいな」


せめて夢の中では思い描いた風景を見せて欲しい…そう思って、俺は瞳を閉じる。


寝つきがいいからか、すぐに眠れた。




そこから数日、面会が許される様になると様々な人達から見舞いをしてもらったり怒られたりした。


友人関係では委員長、後は高嶺…変わり種で眼鏡女子も来てくれた。

どんな怪我をしたかは知らないが、とにかく重症だということしか聞いてなかったらしいので指が切断したという事実は隠すことにした。その方がショックは少ないだろう。


他には頼み事をした同僚の何人かも笑い混じりに来た。

こいつらは危険な現場で働くことも時偶あるので指が取れることはそこまで珍しい話じゃない。

むしろお前そんなヘマしてだっせぇーのw みたいな感じに煽られた。ぶっ飛ばすぞ?


しかし来た理由は見舞いであった為色々と差し入れをしてもらった。そこは有難いね。


後は家族関連だな、姉と母を除く家族が見舞いに来てくれた。


心愛はこれまたとびきり心配そうな顔をして俺の指を見たり、親父は顔を歪めたり…愛菜は無表情過ぎて何を考えているからわからない…怖い。


他には直接見舞いに来られない奴が電話とかしてくれた、お嬢とか栞ちゃんとかがそうだな。後は先生もそうか。


俺と先生は表向きはそこまで接点がない関係である。今回偶然俺が襲われているところを発見したとかなんとか言い訳をして誤魔化したが、本来は夜遅くに会っていい存在じゃない。

色々と迷惑を掛けてしまって本当に申し訳ない気持ちだ、…今度何か埋め合わせをしよう。


「じゃあな」


「…愛人さん、絶対安静です、よ…?」


「う、うっす」


名残惜しく残ろうとしてくれた愛菜を見送り、病室には俺一人だけが残る。


「…悪いことをしちまったかな」


ちょっと反省、無茶やるのも大変だ。


もう他に見舞いに来る人はいないらしく、すこしほっとしながらベットに深く寝転ぼうと思ったが…。


「名取くん…今大丈夫?」


「うぉっとぉ!?」


突然そんな声が聞こえる。ドアが開く音が全く聞こえんかった。


「せ、先輩!? どうしてこんな場所に…!?」


「な、名取くんが大変だって聞いて…お兄ちゃんに送ってもらったんだ」


近くにあった来客者用の椅子に座りながら先輩はそう言う。


「あー、その…すんません、心配掛けてしまって…」


「ううん…名取くんが謝ることじゃないよ。それより…指、大丈夫かな…?」


先輩は俺に一瞥するとそんなことを言ってくる。


「そこまで心配する必要はないっすよ。ほら、ちゃんとくっついてくれたんで」


「…つまり、一度指が取れちゃったんだね…」


「あ…」


先輩には詳しく怪我の内容を言っていない…失言しちまったな。


「いや、ホント大したことないんで、ほんの一瞬千切れただけ…いや、一瞬でも千切れちゃダメなんですけど、本当に今はなんともないんで! …そんな顔しないで下さい」


俺が何を言っても無駄だということはわかっている。


この人は優しいから、きっとどんなに大丈夫と言ったとしても今の様に痛ましげな顔をしてくれるのだろう。


「…そう、かな。…なら、そう思うね…っ」


そして無理矢理笑顔を浮かべるのだ…俺に心配を掛けさせない為に。


「………」


俺が何を言ってもきっと先輩を傷つけてしまう…まいったな、ここからどうすればいいか全くわからない。


微妙な空気が流れる中、その静寂を破ったのはやはり先輩だった。


「…どうしてそうなったか…は、私は聞かないね。…今、名取くんが一生懸命になっていることに私は無関係でしかないから…何も言わないよ」


先輩はそのまま笑みを浮かべ続けて俺の方に顔を向け続ける。


「でも、少しだけ…本当に少しだけ我儘を言ってもいいかな…?」


「……どうぞ」


断る理由がない…というよりこの状況で断われるわけがないのでそう言うしかなかった。


「…何かに夢中になって頑張るのもいいけど、…私のことも忘れないでね…? ちょっと寂しかった」


「あっ…す、すんません…」


思えばここ数ヶ月は先輩との交流は控えていた、休日も平日も全て遥稀に付き合っていたからだ。


「そこだけが不満です。…せめて、一週間に一回は顔を合わせたいな…」


「こ、これからはそうします…っ!」


「ふふっ、ならよかった」


先輩は一瞬だけ不満そうな顔をしたが、すぐに朗らかな顔に戻ってくれた。そのおかげで俺も少しだけほっと出来た。


「…それじゃあ、名取くんの元気そうな顔と声を久しぶりに聞けたし…今日はこのぐらいで帰るね」


「あ、すんません…見送りに行けなくて…」


わざわざ先輩に来てもらったのだからお兄さんの下まで送っていきたいが…医者から絶対安静を告げられている身なので気軽に動けない。


「ううん、重症の人を動かすわけにはいかないよ。大丈夫、お兄ちゃんも近くにいるし…それに私の後にもう一人この場所にやって来る人がいるから」


「ん、もう一人来る人?」


先輩はのしっと椅子から立ち上がると、病室のドアまで進む。そしてまた音もなくドアを開いた。


「…それじゃあ、またね、名取くん」


「は、はい! また…」


先輩は振り向き様に優しげに微笑むと、ゆっくりとドアを閉める。


その数秒後、入れ替わる様にまたドアが開いた。


「────っ!」


「…あぁ、お前か」


入って来た人物は驚く様な奴じゃなかった。あー、お前も来たのかと納得出来る奴だ。


今、一番近況を知りたい相手…無事かなと、元気にやっていて欲しいと思っている相手。


「愛人…君っ…!」


「おう、遥稀、少しぶりだな」


紫悠遥稀その人だった。

後数話…多分ニ話程度で終わります

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