後始末…と呼ぶにはその相手は異常が過ぎた
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「………」
目の前で抱き合う親子を見る。
…二人とも泣いていて、どちらも顔面がぐちゃぐちゃになる程歪んでいて…それでも二人の姿は幸せそうに見えた。
その姿を見て俺はその場を後にする…もう、この場に俺は必要ない。
それに俺にはまだやることが残っている。
「先生、お願いします」
遥稀の家から出て、少し行った先…そこに停めてある一台の車の中にいる人物にそう言う。
「もういいの?」
「えぇ、…後は俺一人で事足ります」
先生には前々から協力をお願いしていた、と言っても特に何かさせたいというわけではなく、移動手段が欲しかったのだ。
「それで? 目的地は…、…っ!」
「御手洗クリニック…そこに元凶はいる」
先生に協力を打診するに当たり、詳しい事情を話していた。
紫悠遥稀という個人名は避けたが、俺の知り合いにこういう目に遭った人がいて、そいつを助ける為に力を貸して欲しいと告げたのだ。
先生はそれを二つ返事で受け入れてくれ、そこから様々な人に力を借りて情報を収集した結果、そこに元凶がいるということがわかった。
「わかったわ…けど、その前にその手の治療をしないとね…」
隠していた筈の手の状態を簡単に見抜かれた…やはり先生には敵わない。
「ごめんね、すぐ気付かなくて…」
「いえ、大した…ことはあるかもしれませんが、我慢出来る範疇なので」
先生はすぐさま車から降り、俺を後部座席に乗せながらトランクに置いていただろう治療セットの様なものを取り出して俺を治療する。
「酷い…。…ねぇ、何が起きて…って、聞いて欲しくないんだよね…」
「…まぁ、詳しくは言えませんが…。自殺しようとしている奴を力づくで止めた結果がコレですね」
「…それで、こんな状態になるの?」
先生が息を呑むのも無理はない、…俺の手は大変酷い状態になっていた。
まず小指が殆ど千切れかけている、掌も肉が露出する程スッパリと切れてしまっていた。
他の指も小指程ではないが切れてしまっていて…乱暴に動かせば指が取れてしまうと思える程の状態だ。
血がジュクジュクと溢れ出し、痛過ぎて体の震えも寒気も止まらない…もしかしなくても重症だ。
「マ、今から病院に行くんでね…ついでに治療して貰います」
「…この傷だともっと他の…大きい病院に今すぐに行かなくちゃいけないと思う。きっと今すぐにちゃんとした治療をしないとダメになっちゃうよ…? …それじゃあ、ダメなの?」
その選択はアリではあるが…どうにも選ばそうにない。
「えぇ、…今、ようやくあの家族は前を向き出したんだ。ようやくお互いのことを大切に思える様になったんだ。…そんな、幸福の中にいる人を今更絶望させたくない。…今日が過ぎたら何もかもが解決していた…そんぐらいの奇跡は与えてあげたいんですよ」
ずっと絶望していたあの親子にもう辛いことを見せたくない…後始末をするだけなら俺だけで充分だ。
その為なら指の数本や腕一本ぐらい腐り落ちても構わない。
「…だから、お願いします…俺をそこまで連れて行って下さい」
「…わかった、もう何も言わない」
俺があれこれ言っている間にも先生は俺の治療を続けてくれた。心なしか手の痛みが収まった様に思える。
治療が終わると、先生はそのまま俺にシートベルトを付けるとすぐさま運転席に座る。
「なるべく安全に急ぐわ…っ、苦しかったらすぐに言ってね…ッ!」
そのまま先生は軽快に車を発進させる。振動はほぼなく、それでいて速度は出ている。
いろいろと困らせてしまっている先生に心の中で詫びを入れつつ、俺は次の戦いに思考を注ぐ。
─
俺のターゲット、それは最初から一人だった。
そも、紫悠遥稀はどうやってあんな体になったのか…その疑問を晴らさなければ話にならない。
紫悠遥稀が望んだ結果あの体になった…その事実の前に誰があの体にしたのかという疑問が残るのだ。
理由はわかっても方法はわからない、遥稀も口止めをされているのか、それともほんの少しでもその人物に関する感傷があるのか…遥稀は決定的な証拠を口に出すことはなかった。
もっとも、誰が犯人なのかは容易に特定出来る。だが、それに対して裏どりが出来ないのも事実…。
だから、この二週間は全てその人物の裏の証拠集めに費やした。
先生や父といった財閥系の伝手、同僚の様な裏の秘密ルートの伝手…それら両方の情報を集積してようやく決定的な確証を得ることが出来た。
「…申し訳ありませんが、ここでは手の尽くしようがありません。…他の専門的な病院に今すぐに行ったほうがいいと思います」
切迫した顔で目の前の医者は言った、このままであれば単なる善良な医者にしか見えない。
「今から救急車を呼びます。それまで簡易的な治療を…」
「その前に先生に少しお話ししたいことがあるんですが…いいでしょうか?」
意を決して…と言えばいいのだろうか、少しだけ緊張しながら声を出す。
「なんでしょうか、手短に…」
「アンタ、紫悠遥稀の体を作り変えた張本人だろ」
最初から結論を告げる。
「…はい?」
目の前の医者は何を言ってるのだとでも言いたげな顔をしている。…けれど、俺を見る視線の質が変わったのが一瞬でわかった。
先程までは本当にただの医者として俺のことを真摯に治療してくれていた…だが、今の医者の目は敵対心しか映っていない。
「惚ける必要はないぜ? 御手洗漢喜サン…もう、証拠は集め切ってるんだからな」
そう言って俺は遥稀の親父に見せた資料とは別の資料を取り出す。
「コレ、アンタが今までやって来たことの証拠な? …割と手広く酷いことをしているじゃないか」
「………」
御手洗漢喜は無表情で俺の資料を手に取る。少しは取り繕うと思っていたのに意外だった。
「……あー、そう? ちゃんと調べているじゃないか」
そして、平然とその資料の正当性を認めた。
「凄いね、よくぞここまで私のことを調べたものだ。遥稀君はとてもいい友人を持ったものだ」
「否定しないんだな」
不思議に思ったので少し聞き返してみる。
「何故? ここに書いてあることは全て事実だ。それを否定する必要がどこにあるんだい?」
目の前の人物の印象が掴めない。
思考が普通の人間のソレと乖離し続けている。
非人道的なことをしたのだから、少しは慌てると思った、もしくは逆ギレをしたり、開き直ってこの証拠を隠滅する為に何か行動を移すのだろうと思っていた。
けど目の前の男の反応は違う…本当に、俺のことを感心している様に見える。
「裏組織に斡旋しているモノの詳細、贔屓にされている富豪に対しての依頼品…私がしたことが事細かく記されている。これほどの調査力は素晴らしいとしか言いようがない、本当に凄いと思うよ」
「ふぅぅ……少しは焦ったらどうだ? 俺はコイツを今すぐにでも然るべき場所に持っていくつもりなんだが」
「それは少し困るね。なんとかそこは勘弁してもらえないかな?」
この状況で何を言っているのだろう、俺は目の前の男の神経が理解出来ない。本当に今まで感じたことのない異常を感じる。
「…本気で言ってるのか?」
「無論タダとは言わないよ。君にもちゃんと報酬を支払うさ、俗に言う口止め料と言うのかな?」
にっこりと、含みのない純粋な笑みを浮かべている。
久しぶりに…本当に久しぶりにゾッとした。身震いする程の恐怖を覚えた。
「もし君が黙ってくれるのなら、僕は君に天上の芸術品を進呈しよう。きっと君にも気に入って貰えると思う」
「…そんなもの、俺が必要とすると思ってんのか?」
「勿論、誰だって気にいる筈さ」
ニコニコと気色の悪い笑みをそいつは浮かべた。どれ程その芸術品とやらに自信を持っているのだろう。
「誰だって好きだろう? 何でも言うことを聞く、自分の理想の人間が」
そもそも理解しようとするのが間違っていた。
これまで様々な人間と接して来たが…こういう存在と出会うのは初めてだった。
悪意で人を傷つけるのではなく、仕方なく人を傷つけるのではない。
純粋にその行為が誰かの為になると思って、それが正しいと思って…どこまでも自分本位な存在、それがこの男の正体だ。
「君は、どんなモノが欲しいんだい? 教えてくれればそれを作ってあげよう。みんなにはナイショにね?」
「───はっ」
思わず息を呑む、けれどその恐怖は胸の内に隠し、気丈に振る舞ってみせる。
…さぁ、どうやって目の前の異常者を切り崩そうか。
ラストバトル開始です。