不完全な社会で生きるということ
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「久しぶりじゃん」
「う、うん…」
紫悠は萎縮してしまって上手く声が出せていない。俺の耳で微かに聞こえる程度の小声しか出ていなかった。
「え、聞こえないんだけど」
「………」
紫悠は俯いてしまって何も言えない。それを見ても目の前の男子生徒は口を止めようとはしない。
「久しぶりの同級生だぜ? もっと愛想よくしたら? そんな気持ち悪い格好してるなら尚更さ」
そう言われている間も俺はバイクを動かしている。まだ俺が何かを言うタイミングじゃない。
「…そこの人もさぁ、どうして紫悠なんかと一緒にいるわけ? 気持ち悪くねぇの? 男の癖にこんな格好している奴が近くにいて」
ん、ようやく俺に声を掛けたか…それじゃあやりますか。
「別に? そんなん気にする程狭量じゃねぇし、好きな格好すればいいし。お前と違って他人の格好を決めつけられるほど偉くはないんでね…同意求めないでくんね?」
目の前の男を鼻で笑う。ほーら、顔真っ赤になって来たな。
「あ? …あー、なるほどね? …お前コイツとデキてんのか」
…それはよく知っている目だった。
「こいつこんな見た目だけど男だよ? それともそれがわかってて付き合ってんのか?」
「付き合う? なんでんな発想が出てくるかはわかんねぇが…友人と出掛けるなんて普通のことだろ? 何をそんな深読みしてるのかねぇ」
心底ため息を吐きながらやれやれと身振りをする。まるでハリウッドの役者の様に、心底馬鹿にしながら。
そんな俺の煽りをビクともせず、目の前の男は段々と声を高くしていく。どうやら興奮している様だ。
「あ、知らないんだぁ。…んじゃあ教えてやるよ。そいつはなぁ…」
「……ぁっ!」
後ろから紫悠の小さく声が響く。まるで、知られたくなかったものを知られてしまう様に。悲痛な声を出した。
「───中学の頃に何人もの男とセックスしてた奴なんだぜ? 気持ち悪りぃだろ?」
「………ぁ」
嘲笑う様な目、差別する様な目…見たことがある、俺が昔に向けられたことがある目がそこにはあった。
なるほど、今理解した。
…紫悠が言っていたイジメは性加害によるものだと。だからこそあそこまで恐怖をコイツ等に対して感じているのだと。
後ろの紫悠の表情はわからない。敢えて後ろを見ないから。
今後ろを向けばきっと余計な心労を与えてしまう…だから、俺は振り向かない。
するべきことをする…よって、俺は目の前の男達を注意深く洞察する。
「…そこと、そこのお前…あとお前もか」
俺が指を指した先にいる奴…そいつらは俺に指を刺されたことに戸惑いを覚えている様だ。とても不思議そうな顔をしている。…バレないとでも思っていたのだろうか。
「お前等、紫悠を襲ったことがあるだろ。よく平然とした顔が出来るな、この犯罪者が」
「……!?」
俺が指を指した連中は驚く程動揺している。せめてポーカーフェイスぐらいは保ってみせよろ無能。
その下卑た視線…あわよくばもう一度ヤろうとしてるなんて丸わかりなんだとクズが。
目線を後ろの三人ではなく再び突っ掛かって来た奴に戻す。
「テメェが言ってんのはセックスじゃなくてレイプだ、強姦だ。よくそんな行為をされた奴に対してそんなふうに笑えるな、脳味噌腐ってるんじゃねぇのか?」
心の中の意識が完全に変わる。
多少痛めつければそれでいいと思っていたが…それでは生温い。
「気持ち悪りぃ。なんでお前等生きてるの? さっさと死んだ方が世の為だと思うけど。早く首括って自殺してくんね? 臭ぇだけの息を吐いてて迷惑なんだが?」
言葉に感情が乗らない。いつもなら多少は言葉に抑揚が付くのだが、どこまでいっても俺の声は平坦だった。
自分で自分を客観視出来ている。自分が今何をしているのか手に取るようにわかる。…懐かしい感覚を覚えた。
「……はぁ? なに急にマジに」
「あー、いい。喋んないでくんね? 耳に蛆が湧く」
目の前の奴等を無視してメットインの中からヘルメットを取り出す。そしてそれを紫悠に深々と被せた。
「…あーあ、可哀想に。…お前等みたいなガキを産んだ親が哀れで仕方ねぇよ。…こんな汚物を産んで御愁傷様」
「…ッ! テメェ!」
怒りのボルテージはマックスと言うべきか、目の前の男は殴り掛かってきた。
統計的に人間という生き物は親を侮辱されると頭に血が昇りやすい。こいつは見事に引っ掛かったというわけだ。
「はぁ…」
面倒で仕方ない。何故こういうクズを即座に殺処分する機能が世界にないのか。
人間というのは本当に面倒だ。…積み重ねられた情緒が、法律が何もかもを邪魔する。
勢いよく殴ってやりたいのに、さっさと殺してしまいたいのに…それが許されない社会が面倒で仕方ない。
だが、そんな世界で生きているのだから仕方ない。人間として生まれたのだから仕方ない。感情を持ってしまったのだから仕方ない…本当に面倒でも、そんなルールは守らなくてはならない。
「調子乗ってんじゃねぇよ雑魚が!!」
何発か殴られる。わざと無防備に受けているのだから当然だ。
更にそいつは持っていた串の様なものが俺の頬を貫く。こんなことをされてようやく多少の反撃が許される。
俺の頬に串をぶっ刺した元凶たる相手の手を掴む。それを力任せに握り潰した。
それにしてもよくこんな見た目の奴に喧嘩を売れたよな。俺とこいつとじゃあ体格差が1.5倍ぐらいあるんだけど。
「あっ、あぁぁッッッッ!!!!」
辺りに絶叫が鳴り響く。…何を叫んでいるのだか、喧嘩を売ってきたのはそっちだし、別に骨が砕けるほど握ってはいないというのに。
…もしかして、俺が本気で手を出すとは思っていなかったのだろうか? もしそうなら浅はかとしか言えないな。
「……チッ、気持ち悪りぃな」
俺の頬を貫いていた串を強引に引き抜き串を捨てる。串の先端が歯茎を貫いていたからか、口の中が血で溢れている。
掴んでいる腕を移動し、相手の胸ぐらを掴む。その状態で男の足を蹴飛ばし地面に向けて勢いよく落とした。
「あがッ!」
死んでしまうといけないので頭部あたりには残った片足を置いておく。こういう喧嘩で頭を打ちつけるのは最後の手段だからな。
「ぺっ!」
口の中に溜まった血を吐き捨て地面へと倒れた男を見下ろす。
どうやら肺を大きく打った様で上手く呼吸が出来ていない。
だったら息を吸わせてやろうと足で男を転がしてそのまま軽く鳩尾を蹴る。
「っっはッ…」
「つまんね、これでギブかよ」
たったのこれだけで男は体を芋虫の様に丸めてびくびくと震えてしまっている。
…いいよな、お前達には降参なんてものが許されてて。俺なんてそのままの状態で何回腹や頭を蹴られたことか…おかげで内臓出血やら骨が何本も折れたわ。
「け、警察…っ」
一人を見せ様にする途中、多少余裕がある奴が警察を呼ぼうとスマホを取り出していた。次はそいつの元へと向かう。
「警察? いいねぇ、好きに呼んでみろよ」
警察を呼ぼうとした奴の胸ぐらを掴んでまた放り投げる。今回狙っているのはこいつ自身ではなくて持っている鞄だ。
「んぐッ…」
放り投げたまま放置し、投げた拍子に落とした鞄を漁ると…はい、見つけた。
「あー、名前は田中累、住所は〇〇〇〇…ね」
欲しかったのは財布…の中身に入ってあるであろう身分証明書だ。今回は保険証だな。
相手の弱みを簡単に握りたいのならやはり住所を特定するのが一番楽だ。これを知ってるだけで多くの奴等が何も出来なくなるからな。
「警察でもなんでも好きに呼んでみろよ。もしそれで俺が逮捕でもされたら覚えとけよ。ブタ箱に入っても数年で出てやるからよ。…そしたら、後悔しても足りない結末を見せてやるよ」
「ひっ…」
そこまで言うとそいつは手から力が抜けた様にスマホを地面に落としてしまう。その拍子に画面が割れたことがチラリと見えた。
まぁさっきのはただの脅しだ。実際に奴等が何かを起こすまではただの脅しに過ぎない。…余計なことをしなければよかったのにな。
「で、次は…」
「す、すいません…ッ! も、もうしませんから…ゆ、許して下さい」
でた、謝ったらなんでも許されると思っている奴。
「もうしない? なぁ、それは何に対して言ってるんだ? 俺に対しての謝罪? それとも紫悠に対しての謝罪か?」
奇しくも残ったのは全員紫悠をレイプした奴等だった。他にはもう残っていない様だな。
「ま、どっちでもいいや。それに対する返答はどっちにせよ同じだしな。…あのさ、レイプにしろなんにせよ、他人に害を与えた行為がたった一度でも許されると思ってんの?」
だとしたら頭がおめでたい。…即刻叩き直した方がいいだろう。
「本当にごめんなさい! ごめんなさいッ!!」
「ガキかテメェ、泣いて謝れば許されるとでも? 俺がそんなクソみたいなもんで絆されると本気で思ってる?」
ズカズカと残りの奴等の下へ歩いていく。そいつ等は逃げようと足を動かそうとするが腰に上手く力が入らないらしく、すぐに転んでしまった。
俺が近づけばそいつ等は手を使ってでも逃げようと後退る。残念ながら歩きと後退るのでは速度が違う…すぐに追いつく。
そのまま追い続けると、奴等はコンビニに停めている自転車に気付かなかったのか一斉に倒してしまう。
自分達で自分達の退路を塞ぐとはよくやったもんだ。
…大体いつもこんな感じだ。馬鹿なことをやって、それで痛い目に遭ったら泣いて喚いて。
何でもかんでも自分の都合がいい展開になると本気で思っている阿保…俺はいつだってそんなクズに手間を掛けさせられる。
「もういいよ。さっさと死んでくれ」
心底疲れた声が出た。
適当に足を振り上げる…が、そこで一旦動きを止めた。
見てしまったからだ。奴等の股間の辺りが湿っていることに。
「…汚ったね」
普段ならここで写真でも撮って脅しの材料にするのだが…これ以上騒ぎを起こすのは面倒だ。
騒ぎを聞きつけ周囲に人の気配が増え始めている。これ以上長居すれば余計なリスクを背負うことになる。
「……テメェ等の顔、覚えたからな」
最後に警告を一つして待機させていた紫悠の元へと戻る。
「…さっき偉そうなことを言ったが、可能性ってのはこういうことだ。…鍛えりゃ誰でもこんぐらいのことは出来る」
…そう、伝えたかったのだがな。…結果的に余計なトラウマを掘り起こさせてしまった。
「…行くぞ」
「う、うん…」
申し訳なさを紫悠に抱きながらバイクに乗せ、ヘルメットを被り出発することにする。
ここまででほんの十分間の出来事だ。我ながら無駄に手慣れている。