助けを呼ぶ勇気
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その日の夜十時頃、突然俺の携帯が震えた。
「あん?」
悩み続けているうちにもうそんな時間が経ってしまたまたらしい。…先生は横でこっそりと酒盛りをしていた。禁酒しろ。
「ちょっと外出て来ます…」
「えぇ? 今から〜? もう遅いし危ないよ?」
「すぐそこですから…先生はそろそろ酒を飲むのをやめて下さい。また吐きますよ?」
ほんの少しだけ厚着をして玄関を出る。そしてようやく震える電話を取った。…どうやら相手は紫悠らしい。
「もしもし?」
『な、名取君…』
電話口に聞こえるのは無論紫悠の声だったが…様子がおかしい。
ゼーハー、ゼーハーと息切れをしていて、恐怖に怯えている者の声がする。…若干声に涙が混じっている気がした。
「場所は何処だ、何処に行けばいい」
すぐさま緊急事態と把握し、すぐさま居場所を聞く。こういう時長い時間電話をする余裕はない。迅速に行動すべきだ。
『え、駅前の路地裏に隠れてて…打ち上げのお店の近くの…』
「わかった、すぐ行く。…なるべくその場から動くな、だが危なそうならすぐに逃げろ」
どういう事態が起きているかは全くわからない。だがそれは今動かない理由にはならなかった。
玄関の扉を再び開けてバイクの鍵を取り出す。こういう時足があるのは助かる。
「電話はそのまま繋げてろ。大丈夫、すぐそっちに向かうから」
電話を耳に当てながらすぐにバイク置き場へ向かう。エレベーターは遅いのでやはり階段から降りる。
『あり、ありが、とう…た、助けて…っ』
「任せろ」
バイク置き場に辿り着いたらすぐにボックスからヘルメットを取り出して被る。そしてヘルメットの隙間にスマホを入れた。こうしないと音が聞こえないから、危ねぇが今は仕方ねぇ。
鍵をバイクにブッ刺し回す。エンジンが掛かったことを確認するとスロットルを制御出来る範囲で思いっきり回す。
眼鏡女子から打ち上げの場所だけは聞いておいた。…俺の家からそこまで行くとなると多少は時間が掛かる。…バイクで行くてしても十分は掛かるかもだ。
本当は赤信号でも何でも無視して行きたいところだがそこはぐっと我慢する。…まだスマホは繋がっているし、ここで余計なリスクを犯して転んだりしたらただの馬鹿だ。
信号を無視するのは紫悠の身に直接的な危険が迫った時だ。それまでは多少のスピード違反しか犯さない。
冬の夜は寒い。少しの厚着しかしていないから身が凍えそうだった。…ハンドルを握る手は今にも凍りそうになっている。んなもん関係ねぇけどな。
バイクで走ること八分、運良く信号に捕まらずに駅前に辿り着けた。バイクを適当にコンビニに駐車してすぐさま走る。
まだ夜十時なので多くの人が近くを歩いている。…それなのに身動きが状況にいるのは何故か…。
その理由はわからねぇがあの声を聞けばなんとなくわかる。…きっと、何か自分のトラウマとか、恐ろしいものに出会ってしまって足が動かなくなっているのだと思う。…先輩の男性恐怖症みたいなものだろうか。
暫く走り件の打ち上げ場所に辿り着く。…この近くの路地裏は…。
「……そこか」
走った後なので少しだけ息が乱れている。それを歩きながら正し、その路地裏に入っていくと…。
「……は、よかった…」
ゴミ箱の後ろで隠れている紫悠の姿を発見した。…どうやら間に合った様だ。
「な、名取君…っ!」
「無事か? …無事だな、それじゃあとっととこんな場所から離れっぞ」
座り込む紫悠へと手を伸ばす。すぐさま紫悠は俺の手を握り返すと…。
「ごめ、ごめんね…っ。こんな、夜遅くに迷惑を掛けちゃって…っ」
「何言ってんだ。友達だろ?」
ふぅぅ、とようやく一息つけた。…後は家に戻すだけか。
「何があったかは歩きながら聞こう。今は取り敢えず移動しようぜ」
「う、うん
紫悠を引っ張り手を引く。…安全の為大通りを歩こうと思ったのだが…握った紫悠の手が僅かに震える。
「…人通りを避けたいのか?」
「え、…う、うん。…お願い出来るかな…?」
「お茶の子さいさいだ」
この反応だと何かに追われていた…というのが状況的に一番近いだろうか。…会いたくない人間に出会ってしまったとかか?
例えばそう…メモ帳を落とした時に見えた男子高校生の集団。もしかして紫悠はそいつらと出会ったのかもしれない。
人通りを避けながら裏道を進み、先程バイクを停めたコンビニへと向かう。…聞くなら今がいいだろう。
「なぁ、紫悠…何があったか聞いていいか?」
「………」
紫悠の手はまだ握ったままだ。…だからその問いを投げ掛けた時に紫悠が動揺したなんて簡単にわかる。手が震えているからな。
「…名取君は本当に何も言わずに助けてくれたもんね…うん、ちゃんと言うよ」
その動揺を飲み込み、紫悠は理由を話すと決めてくれた。俺はその言葉を周囲の警戒をしながら聞く。
「…学園祭の打ち上げが終わって、みんなと別れて…家に帰ろうとした時に中学校の同級生を見かけちゃって…僕、その人達にイジメられてて、それを思い出して怖くなって動けなくなって…っ!」
「もういい、…悪いな、言いたくないこと言わせちまって」
イジメ、それは地獄そのものだ。
子供だから何でもしていいわけじゃない…むしろクソガキだからこそやっていいこととやっちゃいけないことの判別がつかないゴミが生まれる。
好奇心という免罪符を盾にして、まだ若いのだからと大人からの庇護を得て…そいつらは何の罪悪感もなく残虐なことをしてのける。
…あぁ、クソだ。ゴミだ。汚物にも勝る邪悪がイジメだ…わかる、わかるとも。
「…よく、イジメはイジメられる方が悪いとか抜かすクソがいるけどな、あんなんはゴミカスが言うことだ」
自論を語る。…俺はこの持論を絶対に曲げるつもりはない。
「イジメなんて軽く言うが、ありゃ拷問と一緒だ。刑法でしょっ引かれて当然の所業だ。…イジメられる奴は単なる被害者で、そいつは絶対に何も悪くない」
もしそいつの何かが理由でイジメられたりしても、イジメた瞬間にそいつは被害者となり、イジメた奴が加害者となる。
…何か嫌なことがあるのなら伝えればいいのに、それでも改善されなければ近寄らなければいいのに、もしくは近寄らせなければいいのに、自分が耐えられないと相手を変えようとする。
「いいか? イジメられたことに関してお前が謝る必要はない。助けを呼ぶことに謝る必要はない。…自分を害そうとする奴なんてぶっ殺せ、死ぬ気で抵抗しろ。…それで相手が引けば俺達の勝ちだ。だろ?」
「俺達…?」
俺の言葉を聞いて多少は震えが止まったらしい。紫悠が不思議そうな声でそう聞いて来た。
「あぁ、俺も昔は随分とイジメられてよ。…町中からヤンキーやらエセ格闘家とかから襲われたもんだ。…マ、そいつらは全員沈めたけどな」
へっへと鼻を擦りながら言ってみる。
紫悠は俺の言葉を驚いた表情で受け止めると、少しだけ視線を地面に落とす。
「…やっぱり名取君は凄いな…僕とは大違いだ」
「なーに言ってんだ。…今からでも強くなるには遅くねぇよ」
というか、こいつは現在進行形で頑張ってるじゃないか。体が弱いのに毎日運動するなんて相当な努力だと思うぞ。
「別に勝つ時期なんていつかでいいんだ。お前がそのことを気にしない様になれればそれでいい」
それが難しいことは知っている。一度付けられた傷はトコトン治りはしない。…永久に残り続ける可能性もある。
…けど。
「…もしまだ心が折れているのなら周りに助けを求めろ。…きっと手を貸してくれる奴が一人ぐらいはいるさ、…俺とかな」
自分一人で立ち上がれないのなら周りの奴等をつっかえにして立ち上がればいい。何のために人間がうじゃうじゃ数を増やしていると思ってんだ。一人じゃ出来ないことをやる為に多数ってのがあるんだぜ。
「…ありが、とう。…勇気を出して助けを呼んでよかった。…本当にありがとう…っ、名取君…っ!」
「…へっ」
照れ臭くなりまた鼻を擦る。…おっと、気分が緩んだが警戒は緩めないぞ。
「ん、そろそろ目的地だな」
話しながら歩いているうちに気付けばバイクを駐車したコンビニへと戻って来ていた。
一応予備のヘルメットをメットインに入れてあるので二人乗りは可能だ。…まぁ本当は免許取得から一年経ってないと二人乗りはダメなんだがそこは目を瞑ってもらうとしよう。バレへんバレへん。
そんなふうに考えながらコンビニ辿り着くと…。
「…っ」
紫悠の顔が強張った。理由は単純…コンビニの前に屯している連中を見たからだろう。
「でさー」
「ははっ」
数人の男グループがコンビニの前で話をしているらしい。そいつらには見覚えがあった。
「あいつらか」
「う、うん…」
なんちゅう確率を踏んでんだか…偶々駐車したコンビニにいるなんて普通想像出来ねぇべ。
「………」
このまま迂回して帰ってもよい。バイクなんて後で回収すればいいんだし、今優先すべきは紫悠の安全だからな。
…けど、多分それだけじゃ今後のコイツが詰む。
「なぁ紫悠、あいつらが怖いか?」
「え…」
紫悠から手を離す。紫悠は俺の言った言葉を認識出来ていないのか少し放心している。
「ついてきな、今から見せてやるよ。…お前の今後の可能性をな」
ズカズカと何も気にせずコンビニの前まで歩く。
紫悠は最初俺のした行動に絶望の顔を見せるが…俺を信じたのか、それとも自暴自棄になったのか…顔を振り払い素直に俺の後をついてきた。
コンビニに停めたバイクを出す。
紫悠は俺の後ろに隠れて極力屯っている奴等から身を隠そうとしていたが…。
「…あれ? 紫悠じゃん」
「…ッ!」
そうして、そいつ等は俺達の近くまで歩いてくるのだった。