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優しい世界が見たいんだ  作者: 川崎殻覇
紫悠遥稀は戻れない
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『ただの幻想から、幸福を祈って』

閲覧感謝でーす

結果的に我がクラスは最終日は何もしないことになった。

厨房の必死な訴えと委員長の説得がクラス全員に響いたのだろう…逆にそれでも強引に決行するのなら中々に根性があると認めてやってもいい。俺は手伝わないけどね。


さて、取り敢えず予定通り学園祭三日目は暇になった。

と言っても何をするわけでもない。今更学園祭を楽しんだりしようとしても空虚なだけだ。


だから、やはり俺は予定通りの行動をする。


[一年三組のロードショー!!]


そんな文字がデカデカと飾られている教室に入る。中はほんの少ししか電灯が付いていない。

周りを見るにまだ上映はしていない様だ…まずったな、ちゃんと上映時間を調べてから来るべきだった。


「今やってるか?」


わからないので近くの生徒に聞く。近くの生徒はニコニコとした様子で…。


「はい! 三十分後に開演予定です」


「ふーん」


まだ若干時間が余るが、それでもやってくれるのならありがたい。昨日の時点で上映終了とか言われたらちょっと困ったところだった。


「時間までここで待つって出来るか? 出来なきゃ外で待ってるんだが」


他の出店を回る気にはならずそう聞いてみる。すると軽い調子でいいですよーと返ってきた。


それならと用意されている座席に座る。俺は体がデカいので後ろの席を選ばせてもらった。


ぼーっと上映を待っていると段々と外が騒がしくなる。客が入って来たというらこともあるが、どうやら映画のキャストがおそらく映画での衣装を着て教室内で騒いでいる。


そこには紫悠や眼鏡女子の姿もあり、クラス全体で楽しみながらこの映画を完成させたんだろうなということが見て取れる。俺のクラスとは大違いだ。


「…やっぱ、祭りは楽しまなきゃだよな」


独り言、誰かに聞かれたら少し恥ずかしくなる程度に出て来た言葉はクサイものだった。…俺も暇つぶしとか言いながら心の底では楽しみにしていたのかもしれないな。


時間は過ぎる。あっという間に三十分が経過した。

クラス内がパチンと暗くなり、映写機が力を灯す。もう誰も口を開く雰囲気ではなくなってしまった。


そして、ようやく映画が始まった。



───


「ここは?」


寒空の言葉の後、少年は気付いたら見知らぬ場所にいた。もう既に橋のシーンは終わっている。


「……もしかして、学校…?」


少年が立っている場所は正しく学校、ロケ地は無論我が学校である。


「どうして学校なんかに…」


「それはね? 君がこの世界に迷い込んで来たからさ!」


そんな当然の疑問を呟く少年に一人の声が答える。


「ここは真実の世界、君がいるべき世界さ」


一人、また一人と声が増えていき…次第にその数は大勢となっていく。


「き、君達はいったい…?」


心底怯えた様子で少年はそう呟く。

その声を聞いて、大勢の一人が微笑みを浮かべながら少年に近寄ろうとしても少年は咄嗟に反応して距離を離す。少年のイメージはまるで警戒している小動物の様だ。


「……僕達は君を守る存在さ。君に降り掛かる不幸を取り払い、楽園へと導く存在…可哀想な少年、全ての存在から見放された少年…僕達だけが君を助けるよ」


そう言いながら再び大勢の一人が手を差し出す。


「だからほら、僕達の手をとってご覧よ。きっと楽しい毎日が待っているよ?」


「…っ、……」


少年はそう言われてもまだ怯えている様だった。一向に心を開こうとしない…目線や仕草だけでこの大勢を怪しんでいるとわかる。


「うーん…それなら取り敢えず一緒に遊ぼうか。それで楽しかったら僕達の手を引いて?」


「えっ」


「それじゃあついてきて! 早く早くー!」


その大勢は一斉に歩き出し少年を進んだ扉の奥へと誘う。突拍子もないその行動は少年を大いに困惑させた。


「……」


辺りが先程までとは打って変わって静かになり、少年は幾らか焦りを抱いている。

この空間に自分はいてはいけない様な…早くここから抜け出さなければならない様な…そんな焦燥感。


しかし辺りを見渡しても出口は一向に見つからない。あるのは大勢が進んでいった道だけだった。


「こ、これしか道がないんだから仕方…ないよね。これは仕方ないんだ…」


先程とは少しだけ声色が違う。その声には少しだけ安堵が混じっている様に聞こえた。


少年は少し遅れて大勢が進んだ先に向かっていく。最初はまるで仕方なく行っている様な顔で。

しかし、一瞬だけ…ほんの一瞬だけ少年は口角を緩ませる。それが意味するのはなんなのか、今はまだわからない。



少年が進んでいった先は喜びで満ち溢れていた。


大勢の者が変わる変わる少年と親交を深める様に遊んでいく。

扉を進んだ先は千差万別…ボーリングやサッカー、据え置きゲームで遊んだり、一緒に街を歩いていたり…はたまた単なる雑談をしていたりしている。


最初は表情が固かった少年も次第に心を開いた様に段々と笑顔が増えていく。


「あはは、楽しかったね」


「う、うん…」


そう言う大勢の一人に照れ隠しをしながら少年はそう答える。最初の頃とは打って変わってその表情は明るくなっている。


「これでわかったでしょう? 私達と一緒に幸せになれるって」


「幸せ?」


少年はその言葉を反芻しながら先程までの記憶を思い返す。


確かに楽しかった。あんな日々が続けばいいと知らず知らずのうちに少年は思っている様で…内心で心情を吐露する。


(…彼等の言う通り、この人達についていったら僕は幸せになれるのかもしれない)


希望に満ち溢れた言葉。もうその大勢は余計な口は入れない。

ただ黙って少年が手を伸ばしてくれるのを待っている。先程からずっと、その大勢は少年を待っているのだから。


「………」


少年はゆっくりと手を伸ばす。

もう躊躇はしない…もう知っているから。


彼等と共に行けばあの楽しい日々が続いていく。もう辛いことは何もない…自分は幸福になれるのだと。


「………っ!」


少年の表情は希望に満ち溢れている。もう何の憂いもない笑顔を浮かべ、何も疑わずにその手を掴もうとした。


…しかし、少年が大勢の一人の手を掴む直前。それを遮る存在が現れた。


「えっ?」


突然現れたソレは少年の腕を強く掴んでいる。そのまま少年を無理矢理大勢から引き離そうとしている。


「い、痛いよ…!」


あまりに強く掴まれ、引っ張られているからか少年は悲痛な声でそう叫ぶ。しかしながらその存在は全く言うことを聞いてくれなかった。


「おい、急に現れて何をするんだ。早くその子から離れろ」


大勢の一人がその存在を少年から遠ざけようとする。だがその存在はこの周囲の存在の中で一番強大とも呼べる体格をしていた。たった一人ではその存在を引き剥がすことは出来ない。


「痛い…痛いよぉ…っ」


少年はあまりの痛さに涙を流す。それを見てようやくその存在の動きが止まった。


気付けば少年は大勢からかなり距離を離された位置に立っている。だが目視出来ない距離ではない。

少年は再び大勢の下へと向かおうと歩こうとするが、それを通せんぼする形で大柄な存在が道を阻む。


「な、なんで邪魔をするの…?」


少年が無理矢理通ろうとしても大柄な存在は何も言わずに邪魔をするばかり…先程から意味不明な存在少年の情緒はぐちゃぐちゃになっていた。


「どうして僕の幸せを邪魔するの! 僕の楽しさを奪うの…!! やめて、やめてよぉ…どうして僕を苦しめるんだよぉ…」


なりふり構わず力一杯押し通ろうとする少年、大柄な存在へと拳を振り回してでもその先に進まんとしている。


「…あぁ、もっと苦しめ」


そこまでやって、ようやくその存在は口を開いた。


「もっと苦しんで、色々なことを知って…辛いことを何度も乗り越えて…もっと人生を費やしてから先に進むんだ」


その大柄の存在の声は鋭く、そして慈愛に満ち溢れている様に聞こえる。


「あんな口先だけの言葉に惑わされるな、誰かに決められた幸せなんかじゃなくて、自分で考えた幸せを追い求めろ。お前は自由なんだ、この先もっと…あれ以上の楽しさを知っていけるはずだ」


「え…?」


大柄な存在は無造作に振り回されている少年の腕を再び掴む。


「例え今は辛くても、苦しくても…いつか報われる日が来るから。きっと多くの者がお前を認めてくれるから…だから、今は頑張って………」


少年の腕を掴みながら少年を抱えると、大柄な存在は歩を早め、段々と速度を増していき…次第に走り出していく。


「やめて! やめてよ!!」


少年は幸せな道から大いに逆走し、目の前には辛い現実が差し迫っていく。その合間にフラッシュバックの様に一つの映像が浮かび上がっていった。


燃え盛る炎、炎に包まれる一つの家。

周囲には人が集まりその様子を怯えながら見ていた。


その中の一人があっ! と空を見上げた。

その声に釣られて周囲の者が顔を上げると…そこには二人の人影が。


燃え盛る炎の中でもわかるくらいの大柄な男が小さな少年を抱えている。小さい少年は意識を失っている様でピクリとも動いていない。


大柄な男が何かを叫んでいるが炎の勢いがその声を飲み込む。男が叫び終えると、唐突にその少年を宙に放り投げた。


慌てて群衆がその少年を何とか受け止めると、勢い掛かった炎がその男を包み込んでしまい…。

そして、完全に燃え盛る家が崩壊してしまった。


「──待って、ねぇ待って!!」


少年は何かを思い出した様に大柄な存在の肩を掴もうとする。

しかし少年の腕は拘束されている様に大柄な存在に掴まれている。もう少年は身動き一つ取れやしない。


「ねぇ! 待ってよ…!」


嗚咽が混じって言葉で静止を促しても大柄な存在は立ち止まらなかった。気付けば少年が意識を取り戻した場所まで戻ってきてしまっている。

そこには少年が目覚めた時にはなかった扉があった。その扉は見るもボロボロ、焼け爛れている焦げた扉だ。


大柄な存在がその扉のドアノブを掴む。それを勢いよく開けるとようやく大柄の存在の力が緩む。

そうして、大柄な存在は少年を無造作に放り投げた。


「───生きてくれ」


少年が最後に見た景色は…不器用に笑う大柄な男と…壊れた扉が再び閉まった瞬間だけだった。

そして次の瞬間、場面は暗転する。



『僕は天涯孤独の身になった』


少し声が低くなった少年のモノローグ。


『一年前の大火事で僕の家族は全員死んでしまった。…僕が気が付いた時にはもう何もかもが終わってしまってた』


病院の病室から窓を無表情で眺める少年。体には少しだけ火傷の跡が残ってしまっている。


『何故僕だけ生き残ってしまったのかと、ふと考えてしまう時がある。勿論理由はわかってはいるけれども…それでもどうしてが止まらない』


そこから再び場面が転じ、次のシーンでは少年が病院でリハビリしている場面へと移り変わる。少年はリハビリをしている最中でも無表情だった。


『兄さんは僕を助けてくれた。…でも、あの人なら僕を見捨てれば一人で逃げられた筈なんだ』


体が上手く動かず、少年は松葉杖を地面へ転がし倒れてしまう。周囲から人が集まってくるが、少年はそれを押し退け一人で立ち上がろうとする。


『今でも思い出す。何故、どうして…あの人は僕に生きてくれと言ったのだろう。どうして命を懸けてまで僕を救ってくれたのだろう』


また場面は移り、少年はようやく一人で立ち上がれる様になった。歩行も自由に出来ている。

その様子を見た医者らしき者から何かを伝えられて…少年はこくりと目を瞑りながら小さく頷いた。


『勿論わかっている。あの時見た光景は幻なんだって、現実の僕が見ていない妄想の産物なんだって…あの、楽しい記憶も全てまやかしなんだってわかっている。…それでも、僕はあの時の光景が忘れられない』


少年が目を開けると、その先には一つの学校があった。気付けば少年は患者衣から制服へと着替えている。


『何故僕があんな光景を見たのか、どうして今も生き続けようとしているのか…自分でもよくわからない。…けれど、わからないなんてことは当たり前なんだってようやく気付いた。…それがわかるのはきっと今からだ』


学校の教室、そこで転校生として少年は教室内に入る。

火傷の後遺症により少年の体は少しだけ跡が残っている。その跡を見た生徒は少しだけ驚いた様な顔をしていた。


『だから、頑張って生き続けようと思う。…これから知る、幸せを知る為に…辛くても苦しくても…楽しさを追い求めて僕は生きていく』


少年は息を深く吸って目の前のクラスメイトになる人達と相対する。

そうして、それまでの固い表情をくるりと変えて…笑顔を浮かべて…。



「…初めまして…これから、よろしくお願いします…!」



そこで物語は幕を閉じる。

ゆっくりと画面は暗転し続け…それでも最後まで少年の笑顔は映り続けスタッフロールが流れる。


そのスタッフロールが流れ終わると…最後の一枚絵としてFIN…という文字と共に火傷を負った少年と先程の新たなクラスメイトが現れる。

その全員が笑い合いながら並んでいる写真が上から流れて来て映画が終わるのであった。

気付けば百話を超えてました。これも見てくれる皆様のおかげです…まじセンキュー。

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