普段冷静な奴ほどキレる時はめちゃ怖い
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次の日も忙しかった。
昨日よりもマシマシ…もしかして倍増しているのでは? と思わんばかりに客足が増えている。
「チャーハン十! オムライス十一!」
「あいよ」
ホールからの連絡も簡潔なものになる程の忙しさ…なんでこんなに忙しいの?
おかしい、流石にこの客足はおかしい…。
ここはメイド執事喫茶だ。それなのに何故ガタイの良い運動部らしき連中が多く来てるんだ? こういうのってもっとチャラチャラした奴やメイドや執事の友人とかしか来ないんじゃないのか? どう見ても多学年の奴等とかが来てるんだけど。
「何故ここまで客が…?」
うっかり口から文句が漏れ出る。それを誰かが聞いたのか…。
「え、チーフ知らないんですか? 今、学園祭で一番有名な出し物ってうちなんですよ?」
「あぁ!? なんで」
若干キレながら再び聞く。何故たかが一年坊主のメイド執事喫茶が一番有名になるのだ。
「だってこのオムライスとチャーハン凄く美味しいんですもん…普通にお店に出してもいいクオリティで、しかも手頃な料金ですよ? 有名になって当たり前です」
「普通のチャーハンとオムライスだろうがよ…!」
「チーフにとっては普通は他の人とっての普通じゃないんですぅ!」
なんということだ。…この繁忙が俺のせいだと? んな馬鹿な…。
確かに料理が得意な自覚はある。…けれどそれだけでこんなに客足が入るわけがない。
「あとホールのメイドと執事! あの人達ってミスコン男コンで結構上位に入る人達ですから…それ目当ての人も多少います。そこからの宣伝で更に客が入って、料理を食べて帰った人が更に宣伝して…そのループです!」
「ガッデム…! クソが」
何勝手に宣伝してんだゴラ、厨房の地獄を見てから宣伝しろよボケ。テメェらホールは裏方の苦労を知らな過ぎんだよ。
「チィ…! 材料は!? 確かもうすぐ無くなるよな!?」
救いの手段があるとするならそれだ。材料切れで作れませーんって言えば不服ながら退店を納得させることが出来る。
「それが…調達班の人に食材の残りが少なくなってるって知られちゃって…追加分を用意しやがりました…!」
「ファぁック!!! 死ねやカスがぁ!!」
誰だそいつは、今すぐ吊し上げてぶっ殺してやる。
「チーフ! 厨房でそれは良くないです!」
「……ふぅぅぅ、…クソが、これ以上の追加は絶対ぇ許さねぇからなァ…!」
…材料がある以上は仕方がない。俺の仕事はそれがある限り終わらねぇ。
「……誰か、他のクラスからコンロパクって来い。大至急」
現状の環境だとこの客足に全く追いつけねぇ。…だったら手数を用意すればいい。一時的な対策だがそれしか方法がねぇ。
「ちょっと調達班!! コンロ持って来てなんでもいいから!!」
俺の命令に厨房の一人が反応する。その言葉に反応して一人の男子生徒が外に駆け出した。
「死ぬ気でやればなんとかなる。…テメェら気張れよ」
「「「はいっ! チーフ!」」」
ここまでついて来た厨房の奴等も今は一端の戦士の顔をしている。…よくぞここまで成長したもんだ。
こいつらとならきっとやれる。…そんなことを思わせてくれる連中ばかりだった。
性に合わないことを言っている自覚はある。だが、…今だけはここの全員の心が一致しているという奇妙な感覚があった。それがこれだ。
『『『宣伝している奴と客が全員死ねばいいのに』』』
得てして死ぬ程忙しい厨房の心はそう染まるのであった。
─
「…ぁぁぁーーーー」
疲れた。もう腕を動かしたくない。そんなことを思いながら教室の地面にうつ伏せで倒れる。
馬鹿じゃねぇの? なんで五時間もぶっ通しでフライパンを振らなきゃいけねぇんだよ。お陰でまた休憩なしだよ死ね。
なんとか意地で他の奴等には休憩を取らせたが、その分俺の休憩は死んだ。本当に死んでくれ頼む。
「今日も売り上げ一位だぜいぇーい!!」
いぇーいじゃねぇんだよふざけんな死ね。マジでふざけるな。
今日もって…昨日の時点で一位ならもういいじゃん。二日も本気出さなくていいじゃん。なんで昨日よりも材料増えているのに今日で完売してんだよ死ね。
「これなら明日も一位を取って総合優勝出来るっしょ! いぇーい!!」
はぁ!?!?!? 何言ってんの馬鹿の死ぬの?
おい、何明日も働かせようとしてんだよ。もう材料ないんだよ? また用意するの? 売れ残ったらどうすんだよふざけんなよ。
食材はわざと少なめに用意してんだよ。残したら廃棄しなきゃならんし、そもそもこんな数来ることを想定してねぇんだよざけんな。
そんな文句を叩き込もうとしたが疲れ過ぎて何も言えなかった。
「ぁぅぁぅぁ…」とかそんな声にもならない声しか上げられなかった。
もう無理だよぉ…気力が湧かねぇよぉ…どうして大してやりたくもないことでこんなに苦労しなきゃ行けないんだよォ…。
あぁ…! しかし…この場でそれを指摘する者は誰もいない。クラスの奴等全員が一位に浮かれ切って現実的なことを考えていない。
というかそもそも奴等の現実に俺は入ってる? もしかして俺のこと機械かなんかだとお思い…? それならもうぶん殴ってでもわからせるしかないんだが??
疲れた体に力を入れ…よし、いっちょ暴れてやるかと思い至った瞬間。
「あの、明日働くのは普通に無理です」
浮かれ切ったクラスメイトに対して鋭い声が響き渡った。
「え…」
「もうよくないですか? 昨日と今日でダントツの一位を取りましたし、普通に明日やらなくても総合優勝は取れます。それに材料ももう無いですし、これ以上続ける必要がないと思うんですけど」
それを言ったのは俺のことをチーフと言っている厨房の仲間だった。
「え、いやでもさ。ここまで頑張ったなら最後までやり遂げようぜ?」
はっきり言って空気の読めないその言葉にクラスの男子がそう反応する。周りの大半の奴等もその男子の言葉にうんうんと頷いていた。
「だから、もうやり切ったんですよ。私達にとっては材料を使い終わった時点でもう全て終わりなんです」
「食材は新しく用意すればいいじゃん。まだ頑張れるって」
ケラケラと半笑いしながら当然の様に言っている。なに、おふざけ? おふざけにしてはたちが悪いよ?
「はぁぁぁぁ…あの、もしかして私達のこと見えてません? 厨房のことを妖精さんか何かだと思っています?」
それはその女子も思っていた様で…鋭い返しの言葉が辺りに広がる。
「あのですね、そもそもこの厨房はあんなに大量の客を想定してないんです。それなのにあんな一気に注文されたらキャパオーバーになるに決まっているじゃないですか」
「だったらコンロとかを増設して…」
「しましたよ? 他のクラスから四台ほど借りてもこれです」
冷静にキレている声がする。うわ、これ怒らせちゃいけないタイプの人間だよ。こわぁ…。
「あと簡単に増設すればいいとか言ってますけど、コンロを増設した分厨房の負担が凄く大きくなるってわからないんですか? 私達だけなら本当はとっくに崩壊している仕事量が厨房にはあったんですよ?」
「いや…でも実際今日は出来てたじゃん」
浮かれ切っているからか、その男子の口からは簡単にその言葉が出て来た。それがトリガーだったのだろう。
「は…?」
今まで冷静にキレていたその女子が本格的にキレた。
「今日出来ていたからなんですか? 今日出来たから明日も出来るなんて本当にそんなことが可能だと思っているんですか??」
心底不思議そうにその女子はその男子を問い詰める。
「今日全ての料理を間に合わせられたのはチーフ…名取君が休憩も一切取らずにずっと厨房にいたからだからなんですよ? 名取さんがいなかったら一瞬で厨房は崩壊していました」
ぐでっと倒れている俺をその女子は指差す。なんだか起きづらい雰囲気なので横目でしか様子を伺えないな。
「それどころか名取さんは他のメンバーにはなんとか休憩を与えてくれました。そのせいで彼は二日とも休憩なしで働き続けています。普通に考えておかしいでしょう…? どうして学園祭で休みなく働き続けさせられる道理があるんですか?」
二日目に関しては本当に嫌だったが、一日の時はそこまで抵抗感はなかったぞ。料理作ること自体は好きだし、他にやることなんもなかったし。
でもそれは口にしてやらない。これぞ余計な口ってやつだからな。言わぬが仏なり。
「それじゃあ聞きますが貴方達はどうなんですか? これ以上の売上のために学園祭の予定を全部費やせるんですか? ずっと店番をしてくれるんですか?」
「それは……」
そこでとうとう返す言葉がなくなったのかその男子生徒は押し黙ってしまう。へっへー、ばーかばーか。心の中でめっちゃ煽ったろ。
「もし貴方達が出来ると言っても私達には無理です。今日でもう色々と気力が尽きてしまいました。…そんなに一位を取りたいのなら厨房メンバー抜きで勝手にやってて下さい。私達は貴方達の使い勝手のいい道具でもなんでもないんです」
「………」
わーお、スッゲェ険悪な空気になってやんの。
この話の渦中に俺がいなければ心の中でぷぷぷと笑っていたのだろうが…そうも言ってられんのよなぁ。
実際その女子が言っていることはまともだ。俺の思っていたことを全てぶっちまけてくれた。もうね、めちゃスカッとしたわぁ。
だがそのせいでクラスの雰囲気は最悪だ。先程の浮かれたムードは霧散し、今にもクラスが分裂しそうな感じ。こりゃなんかアクションを取った方がいいかも。
先程まで仲良しクラスだったのだ。それがふとしたキッカケで壊れてしまうのは流石に可哀想…ここは俺がなんやかんやして場の空気をだなぁ…。
「……本当にごめんなさい」
死ぬほど疲れた体を動かそうとした途端、クラスの集団からその声が広がる。
「確かに浮かれ過ぎていた…誰かを犠牲にして一位を取るなんて馬鹿げているわよね。…ふぅ、馬鹿だな私、浮かれ切って周りのこと全然見てないじゃない…」
今声を出したのはいつもクラスをまとめているみんなの委員長…そいつがゆっくりと此方に歩いて来ている。
「ごめん名取、貴方に負担をかけ過ぎた」
「…ぁー、…ん、別に気にすんな。お前が悪いわけじゃねぇよ」
倒れたまま喋るのは行儀が悪いので姿勢を正す。
「まぁあれだ。そいつが言ったことはなんも間違っちゃいねぇ。俺としてもこんな作業に三日費やしたくはねぇし、材料ももうねぇ…ここらで終わった方が賢明だと思うぞ」
「うん、そうする。…本当にごめんなさい」
素直に頷く委員長…この様子ならもう問題はないだろう。
「クラスの人達は私が説得するから…名取はもう帰って大丈夫よ。明日はめいいっぱい学園祭を楽しんで」
「そうさせてもらうわ…」
よいこらしょと重い体を持ち上げる。…そのままゆっくりと教室から出ていった。
『委員長…! 本当にもうやめちゃうのかよ! 後もう少し頑張ればダントツの総合優勝なんだぞ!?』
『馬鹿言わないでくれる? さっきの話を全く聞いてなかったの? 他人に苦労を押し付けてする優勝なんてゴミ屑にも劣るものってなんでわからないの? というか今更気付いたけど何故想定していた以上の食材が用意されているわけ? まさか勝手に準備したとか言わないでしょうね…。あの食材は学校側がきちんと精査した食材で食中毒にならない様に慎重に用意してもらった物なの。もし自分達で勝手に用意した食材でお客さんが食中毒になったらどうやって責任取るつもり? ……ねぇ、目を逸らさないでくれる? どうやって責任を取るのかって────』
「すげぇ捲し立ててんな…こっわ」
どうやらこのクラスで一番怖い人間はやはり委員長らしい。…くわばらくわばら。