3 矢板検問所
正人は、四号道を南下していた。四号道は今も昔も幹線道路には違いないが、道路は荒れていた。穴ぼこが、たくさんあいている。昔は国の管轄で国交省が税金をふんだんに使って舗装し、整備されていた。だが今は、国の権限、管理能力は無きに等しい。道路は、その地域に勢力を張る部族、自治体、ミニ国家などの管轄となっている。その地域の政治体制、自治能力が道路事情にも如実に反映されていた。
矢板に入る所に、大きな検問所があった。大勢の老若男女、自転車、リアカー、荷馬車、荷牛車、ポンコツ車などでごった返している。皆一様に、ウス汚れていて雑然としているが、門前市をなす盛況には違いない。
正人は空いている柵にハヤトを繋ぎとめた。
「くそっ、武器を置いていけだと。素手で身を守れというのか。くそっ、バカにしやがって」
プリプリと怒る男が、すれ違った。
那北方面からは、あきらかに常識的でないと思える身なり、風体を体現した集団がやってきた。今はやりの、ボウフラのようにわき出た無頼漢どもだ。いずれも、棒や刀などの武器を持っていた。女子供をからかったり、ツバを吐いたり、奇声を発したり、いかにもコケオドシだけの軽薄そうな連中だ。中には悪酔いからか、イケナイ薬からか、フラフラしてるアブナイ感じの者もいる。怖いもの知らずの、傍若無人の感があった。そいつらは順番を無視し、受付を無視してドヤドヤと中に入っていった。
はたして、間もなく、やけに甲高い怒号がし、争う物音、壊れる物音がしてバラバラとそいつ等が逃げ出してきた。その後を、槍を手にした警備兵が追って来る。その時には、騒ぎを聞きつけたやじ馬で、あっという間に黒山の人だかりとなっていた。
追いついた警備兵は、有無を言わさず無頼漢どもを槍で突き刺した。聴衆から、ドッと歓声が沸き上がった。警備兵たちに、情け容赦は微塵もないようだ。
「たすけてー」
恐怖に駆られた一人が、正人の眼前に助けを求めてせまってきた。ブスっという音がして、その男の胸から槍の穂先が突き出た。
男は、情けなさそうな顔をして正人を見ていた。ブッと血を吐く寸前で、正人は反射的に飛んだ。すると、後ろでキュッと何かがなった。見ると、手にザルを持ったオバさんが倒れている。
「あっ、すみません。大丈夫ですか」
「う~」
正人は、手を出して引き起こした。
警備兵は、倒れた男の心臓あたりを改めてグリグリと突き、とどめを刺してから、まだピクピクと動くそいつをずるずると引き摺っていった。正人は、その光景を呆然と見ていた。
「うちの店に寄っておいでよ」
袖を引く方を見ると、さっきのオバさんだ。さすがにオバさんは逞しい。転んでも只では起きない。
「しょっちゅう、こんな事が起きるんですか」
「しょっちゅうという程でもないけど、珍しい事でもない」
「それにしても、いきなり殺してしまうとは・・・・いくら何でもいったいどうなっているんだ」
「知りたい。説明してあげるから、うちの店に寄っといで」
「俺も知りたい」
横合いから、錫杖のような物を持った男が言った。
「お二人さんね~。さっ、どうぞ前払いね。何にします」
「日替わり定食を貰おうか」
「俺も」
男は、中沢 圭吾と名乗った。
「秋津 正人です」
「ほう・・君が那北の秋津君か」
「知っていたのですか」
「名前だけはな、秋津 正人君か・・・・して、何処へ行くつもりかね・・・・。いや、詮索するつもりはない。言いたくなければ、言わなくていいよ。だけど困ったな、武器を置いていかなければ検問所を通れないとなると・・・・。君はどうする」
「は~い。おまたせ~」
「おう。さっ、食おう。うん、食わないのか」
「はぁ~」
中沢はすぐ思い当たったらしく、ニヤニヤしだした。
「ハハハハ、さっきの奴らの事など気にするな。死んだ方が良い連中だ。さっさと忘れろ」
「・・・・」
忘れろといっても、たった今突き殺されて、血反吐を吐き、断末魔の呻きと痙攣する姿を目の当たりにしたのだ。その衝撃は、いまだに生々しく残像として残っている。その無残なありさまは、吐き気を催す。とても、食欲なんてわかない。中沢は気にならないのか、パクパクと食っている。その中沢は、後で腹が減るからと、正人の定食分をオニギリにしてくれるよう頼んだ。
食事がすむと、女将がお茶を持ってきた。
「おい女将、今時、武器を持つ者は通さないなんていったら、誰も通行なんて出来ないぞ」
「はい。ですから、唐沢所長様のいうには、唐沢所長とは矢板市を仕切っている唐沢家の一族の方です。その唐沢所長様のいうには、然るべき者の然るべき紹介状、又ははっきりした身分証明書を持った者ならば、それが証明されしだい速やかに通行を許可するといっています」
「それは、何日くらいかかるのですか」
「さあ~一か月か二か月。一年という人もいます」
「それは、通さないということですね」
中沢も頷いている。
「そう受け取られても仕方ありません。ですが、通る方法がないわけじゃありません。ほら、地獄の沙汰も金しだいといいましょう。そこは蛇の道は蛇、お金さへ払えば何とか通してもらえます」
「金を払えということか、いくら払えばいいのかな」
「それが・・・・半金で通ったという人もいれば、十金でやっと通してもらったという人もいて・・・・。まあ、お役人様しだいですね」
「ふん、気にいらんな」
「同感です」
正人も同意した。それから二人は、声を潜めて何やら話を始めた。