2 女王様には
畑の作業。
佐々木家の裏庭に、十メートル四方のツツマシイ畑がある。
四月の晴天の日、美弥と亜弥がトマト苗を植え付けていた。そのお手伝いに、正人が来ていた。美弥はいつものように、黒ズボン白シャツの上に黒のジャンパー、漆黒の黒髪を後ろでキリリと結び、長靴を履いて麦わら帽子を被っていた。
「美弥は、いつも同じ服だね」
「そういう正人も、いつも紺色の服を着ているわ」
正人は紺のズボン、紺のジャンパーを着ていた。
「紺色は落ち着くんだよ。以前何かで、黄色のTシャツを着たことがあったが、何か目がチカチカ、チャラチャラして気持ちが悪かった」
美弥が頷いた。
「私もそうよ」
「だからいけないのよー」
そう言った亜弥は、ズボンこそ黒だったが赤いジャンパー、赤い長靴、帽子にも赤いリボンが付いていた。亜弥は、自他とも認めるおしゃれ女子だ。
「この前、子供に『オジさん、白河へはどう行けばいいの?』と聞かれなかった」
「・・・・」
プッと正人が吹き出した。
「そりゃね、ゴム長に黒っぽい服を着て、頬っかぶりの麦わら帽子の人を、オジさんと思うのも無理ないわよ。だいたい姉さんは、ジミ過ぎるんだわ。うん」
「そういえば、俺は美弥のスカート姿を見たことないぞ。別に、大根足というわけじゃないだろ。足が変な風に曲がっているとか・・・・」
「正ちゃんは、姉さんの美しいおみ足が見たいそうよ」
「何よ正人まで・・・・。一度、スカートをはいたことがあるわ。足元がヘンにスースーして頼りなかったから、はかなくなっただけ」
「姉さん。私の服貸してあげようか」
「そりゃいい」
「そうね・・・・」
「よっ!」
翌日、正人が廊下を歩いていると、横合いから突然、山崎 修司が顔を出した。
「何だ、どうしたんだ」
修司は嬉しそうな、情けなさそうなヘンな顔をしている。
「何だ、服が破けてるぞ」
「痛てっ、触るな」
「どうしたというんだ」
ケガでもしたのか、それにしてはニヤニヤとやけに嬉しそうだ。
「春なんだなあ~」
ため息なんかついている。
「すごいものを見た。休み時間、何かヘンだったんだ。いつもならワイワイ、ガヤガヤと騒がしいのに、異様に静かだ。生徒がいないわけじゃない。大勢いるんだ。そんな中、カツカツと靴音だけが響いていた。皆、かたずを吞んで見ていたんだな。そのお方を・・・・」
「誰を・・・・ひょとして美弥が・・・・」
「そうだ、いつもなら黒のズボンに白いブラウス、上着は黒とジミでマジメで謹厳な教官といった感じだろ。それがどうだ。シマウマ模様のピッチリしたタイツのようなものをはいて、緑と青と赤が不思議に入り混じったシャツを着て、その上に真っ赤なジャケットを着て、手に本を持った美弥さまが廊下を真っ直ぐに歩いて来るではないか。皆、ハッとして、そそくさと道をあけるんだな。うん。今にして思えば、どうしてそんな事したのかと思うんだが・・・・。その時、たまたま手に持っていたムチをうやうやしく差し出したんだ」
「ムチを?何で?」
「だって、お前、女王様にはムチじゃあないか」
「お前な・・・・」
「そしたらさ、女王様は私めの前で立ち止まった。例の怒ったような一文字眉。それがさ、心なしかピクピクとつり上がっているみたいだった。女王様は、ムチを手に取った。そして、思いっきりビシッと一撃。そして、そのまま何も言わず、ムチを投げ捨てて行ってしまった」
修司は嘆息した。
「そんなあ、逆鱗に触れてはイケナイよ。修司、自業自得だ」
正人は、修司の背中をポンと叩いた。
「うっ、痛てっ」