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とんこつ彼氏とポンコツ彼女  作者: トン之助


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優しい嘘


「これが、私と総司そうじが君たちと離れてからの話だ」


 話し声が聞こえる。


 この声は時定ときさだ……父さんの声だ。


「そんな……」


 この声はギャル子ちゃん……美多目みためさんの声。


 そういえば、美多目さんとは昔に会った記憶がないや。


 瞼が重い、頭が痛い。これは俺が忘れていた記憶を思い出す時に起こる感覚だ。

 随分前から耳は覚醒していて、父さんが説明する話は全部聞こえていた。


 なんだよ……それ。


 捨てられたと思っていたのは俺の勘違い。いや、父さんを信じる事ができなかった自分の弱さ。父さんは俺の為に必死で専門家に頭を下げて治療法を探してくれていたのか。


 あの知らない女の人も、偉そうなオジサンも、街中で見た父さんも……全部俺の為。


 なんだよ……それ。


 勘違いして、逆恨みして、寂しい思いをさせていたのは俺の方だ。母さんとの思い出の場所に連れてきてくれたあの頃の記憶が蘇る。


『総司……この場所は母さんが好きだったんだ』

『キレイだね父さん』


 父さんに抱っこされて同じ目線で海を見た。暖かな夕日は母さんの温もりを感じさせる。


「私は……息子を信じてあげられなかった。一番傍にいなきゃいけない時に冷たくあたってしまった」


 父さんが鼻をすする声が聞こえる。


「君たちにも……辛い思いをさせた。あの事故の事を思い出して苦しかったと思う」


 苦しい胸の内を絞り出すように父さんの声は畳に吸い込まれる。




「そんな事なかよ、オジサン」



 はがねの声だ。


「……はがねちゃん」


 彼女の声は目を瞑っている俺の心に染み込んでくる。まるで教会の中でパイプオルガンを聞いているみたいだ。


「ソウジはね、ウチの傍におるって言ってくれた。やけんソウジが何度忘れてもウチが……ウチ達が覚えとる」

「…………」


 父さんは今どんな顔をしているだろうか。


「時おじさん。私もね」

「……ひかれちゃん」


 惹さんもはがねの後に続く。


「ソウジ君がね。この髪を見て綺麗だねって言ってくれたの。まるで初めて会った時のように」


 フフフと笑う彼女の声は少し震えていた。


 みんな……


「僕もさ! 不屈ふつくって名前と薔薇ばらを合わせて騎士みたいだって言ってくれたんだよ! あの頃のように毎日ダンスを見せてやったさ」


 みんな……


「コンクールで賞を取れたのは、ソウジ君が戻ってきてくれたからなんだ。僕の夢をずっと応援してくれて、ファンでいてくれて……それが、嬉しくて」


 嘘つき


「俺もあそこでソウジがおにぎりを持ってきてくれんかったら負けとったばい。それにあの夏の日に、崖の上でソウジの手を握れんやったとが……悔しくて、悲しくて……強くなったばいって、ずっと言いたかった……ぐぅぅぅ」


 嘘つき


「あたしはみんなと唐草からくさが幼馴染だって事しか知らんやったけど……そんな事があったんやね。お前らどんだけ……」


 嘘つき


「時定……はがねちゃん達と過ごす総司は毎日楽しそうやったばい。時折寂しそうな顔もするばってん、話とる顔はいつも笑顔やった」


 みんな……嘘つきだ


「母さん……みんな」


「お前が思っとるより総司は強か。それに薄々感じとったと思う。時々昔の事を言いよったけんね」


「うぅ……私は私は」


「オジサン」

「時さん」


 父さんはポタポタと涙を流す。なんて声を掛けたらいいかわからないけど、これ以上目の前の現実から逃げてちゃダメだ!



 スッ



 俺は目を開けて起き上がり、驚く顔の父さんを見つめる。



「……父さん。もう頑張らなくていいよ。今までありがとう。それに気づけなくてごめんなさい」



「……ソ……ウジ」



 俺は布団から起き上がると父さんの顔を改めて見る。



 ほんの数ヶ月前に見たはずの父は、随分老け込んでいた。目の下はくまができて白髪もまばらだ。



「父さん、ばあちゃん、それにみんな」



 ぐるっと見回してみんなの顔をしっかりと見る。



「今まで……ありがとう」



 みんな嘘つきだ


「ソウジ」


 はがねはとても深刻そうな顔をして俺を見ている。だから安心させるように彼女の髪を優しく撫でる。


「心配かけたな」

「ホントだよぉ……いきなり倒れんでよぉ」


 堪えきれずに抱きつくはがねを抱きしめる。そこに惹さんが恐る恐る問いかけてくる。


「ソウジ君……もしかして記憶が」


 その一言に固唾を飲むみんな。ここで頷けたら良かったんだけど、物事はそう上手くいかない。


「いや……断片的にしかわからない。モヤが架かった感じだ」

「……そう」


 ぐっと堪えてはいるがその言葉に儚さが滲む。


「ソウジ……俺は、俺はっ! あの時、お前の手を……」


 はがねとは反対側に来た善士ぜんしは土下座する勢いで俺に縋り付く。その大きな背中をポンと叩き言葉をかける。


「辛かったよな、苦しかったよな……だけどこうしてまた握ってくれる。へへっ善士が握ってくれたおにぎり……美味かったよ」

「……ソウジィィィ」


 豪快に泣くものだから少し耳がキンとする。だけどそれもどこか心地がいい。そして各々言いたい事を言った後は、いつかの悲しみの涙ではなく、また逢えた再会の涙を流した。



「父さん」

「あぁ」



 真正面で向かい合う俺と父さん。俺はやっと前を向く事ができるだろう。


「今までごめん」

「私の方こそ。結局治療法は見つからなかった」


 悔しそうにする父さんの前に行き手を握る。


「父さん、俺さ」

「……うん」


 引っ越してからの日々を思い出しながら語る。


「ここに来て良かった」

「……うん」


「みんなの事はまだ朧気おぼろげだけど、それでもいいと思えるんだ」

「……うん」


 いたしの絵『彼方まで永遠に』


「過去も大事だけどさ」

「……あぁ」


 善士の大きなおにぎり。


「それと同じくらい今が楽しい」

「……そうか」


 不屈のアホなダンスとギャグ。


「時には喧嘩もするし、嫌な事だってある」

「……だな」


 美多目さんの拳骨は痛かった。


「それでもまた仲直りできるんだ」

「………うっ」


 惹さんはいつも肝心な時に現れる。


「こってりしたとんこつラーメンはさ」

「……うぅぅぅ」


 そして俺の隣にはいつもはがねが居てくれた。


「俺達を繋ぐ味だったんだ」

「……私は、もう……」




 大丈夫。もうゆっくり休んでいいよ……





「愛してる、父さん」





 みんな……嘘つきだ。



 俺は初めから騙されていた

 でも今はとても清々しい


 だってこんなにも

 暖かな気持ちになれたのだから


 俺の周りには嘘つきばかり

 だけどこんな嘘なら

 いくらでも騙されていい




 この……優しい嘘に



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