神様は言っている?
文化祭も閉幕し、校庭で灯されたキャンプファイヤー。
僕と藍は、此度の文化祭を盛り上げ成功に導いたキャンプファイヤーの前で宴を上げる在学生達と距離を置き、森下さんを探した。
理由は、全てを話すため。
森下さんは、生徒会室に残っていた。話を聞けば、書類整理がまだ色々と残っているそうだ。ただ他生徒会メンバーは残っていない。なんだかんだこの人も、人のためになることをする人だ。
「何よ、仲睦まじい姿を見せつけようってこと?」
恨めしそうに、嬉しそうに。
森下さんはそんなことを僕達に向けて言った。
「そうだよ」
藍は、挑発的に森下さんに言った。一瞬面食らった森下さんだったが、それが何かの契機だったのか、二人はまるで旧知の再会を喜ぶように身を寄せ合った。
そう言えば、藍にとっては森下さんもかつては同僚だった間柄。もしかしたら、旦那と妻と言う関係よりも、戦場……職場を共にする森下さんとも、形容しがたい友情のようなものがあったのかもしれない。
藍が僕に聞くよりも先に森下さんが同様にタイムスリップしていたことに気付いたように……もしかしたら森下さんも藍のこと、とっくの昔から気付いていたのかもしれない。
でもそうだと言うのなら、わかっていてそれを口にしなかった森下さんは、やはり性格が悪い。
僕は、思わず苦笑を零していた。
「何笑ってるんだか」
呆れたように言ったのは、森下さんだった。
「ウチの旦那は、義理堅い光景を見ると笑っちゃうの。悪い?」
「悪くない。好きにすれば良いじゃない。あたしどうせ、もう振られてるし」
やけくそ気味に腕を頭の後ろに回して、森下さんは回転椅子をクルクル回しながらそう言った。
「すぐそうやってやけくそになる。どっかの誰かとそっくり」
「それは、かのあなたの旦那さんのこと?」
返事もせず、藍はそっぽを向いた。図星らしい。
「藍。あなたの琴線に触れられる性格で良かった」
茶化すようにそう言う森下さんに、藍は顔を歪めていた。この辺のパワーバランスはこの前からずっと不変だ。
「……で、何しに来たの?」
「わかってる癖に」
「……うん」
書類整理が、一区切りついたのだろうか。
森下さんは、椅子から立ち上がった。
薄い窓の向こうから……お祭りを楽しむ在学生の奇声が響いていた。地上の方から、赤い炎が揺れていた。
森下さんは、
「ありがとう、青山君」
僕に、優しくお礼を言った。
謂れのないお礼に、僕は面食らっていた。
その様子に苦笑したのは、森下さんと藍だった。
「十年前は、ただ燻らせた気持ちだった」
優しい声色で、森下さんは続けた。
「でも、今度は区切りは付けられた。結果はどうあれ、ね」
隣に立つ藍が、森下さんの手を握っていた。
「……今度は、十年あるんだ」
……以前は、ただ燻らせるだけだった十年。
でも、タイムスリップし清算出来たおかげで……森下さんは、今度はその十年をもう失恋に当てることはなくなるのだろう。
有意義な十年を送れることになるのだろう。
「今度は色んなことをする。そして、君より魅力的な男を捕まえて、あなた達の家に連れて行ってやる」
恨み節を放つ森下さんに、僕はもう一度苦笑した。
「そして、その人をあなた達に自慢してやるの」
「……性格悪いですね」
生徒会室に、笑い声が響いた。
* * *
森下さんとの和解を終えて、僕達三人は校庭で歓喜する在学生に交じってキャンプファイヤーを楽しんだ。
その後、皆で清掃をし、下校に着いたのは夜の九時だった。
すっかりと遅い時間。
こんな時間に藍を一人で帰らせるわけにはいかない。
そう思ったのは、どうやら今回は僕だけではなかったらしい。
『エスコートしてあげなさい。好きな人を』
森下さんに茶化されると、藍はとても嫌そうな顔をしていた。でも、僕は知っている。藍はあまのじゃくな人だから、嫌そうな顔をしている時は大抵、内心全然そんなことはないのだ。
学校の最寄り駅から、二、三の駅を過ぎて……まもなく、藍の家の最寄り駅に辿り着いた。
僕達は、言葉を交わすことなくここまで来ていた。
その後も、僕達に会話はなかった。彼女の家の場所は知っているし、話す必要があることが見当たらなかったから。
ただ、嫌な時間では決してなかった。
多分それは、藍も同じ気持ちだったのだろう。違ったのなら、彼女ならきっとそれを口にするから。
「……ねえ」
例えば、今のように。
「何?」
「……本当に、良いの?」
「何が?」
「……今ならまだ、引き返せる」
引き返せるのは、彼女の家に着いてからも変わらない。
「今ならまだ、あいつを追うことが出来る」
ただ藍が言いたいことは……そう言うことではなかったらしい。
今ならまだ……全てをかなぐり捨てて、やり直せる。
藍は、そう言いたいのだろう。
森下さんの胸に飛び込むことが出来ると、そう言っているのだろう。
僕は、後悔をした。
藍と育んだ十年を。
藍を愛した十年を。
失敗だと思い後悔し……やり直したいと思い、だからタイムスリップをした。
だから……素直になりたいと思った藍や、失恋をどんな形でも清算したいと思った森下さんとは、僕は違う。
僕のやり直したい人生は、何も変わっていやしない。
……と、藍は思ったのだろう。
また一つ、僕は後悔をした。
彼女は美人でクールで、ツンデレで憎まれ口を良く叩いて……それでも一本芯が通った人だった。
でもそんな彼女だって、愛した人に辛い後悔を強いることが平気なはずがなかったのだ。
さっきは平気な顔をしていると思った。だから気にしていないと思った。
そんなことあるはずがないのに、そうだと思いたかったから、そうだと思いこんだのだ。
……結局僕は、また失敗した。
何度も何度も。
同じ失敗を繰り返して。
同じ後悔を繰り返して。
彼女を、何度も傷つける。
今の彼女はまるで……僕に懇願をしているように見えるが、本来はそうあるべきじゃない。
僕が、懇願するべきなんだ。
君の隣にいたいって。
君の隣にいさせてくれって。
彼女は……。
美人で。
クールで。
ツンデレで。
憎まれ口を良く叩いて。
それでも……一本確かな芯が通った、強かな女性だった。
僕なんかでは、隣にいることさえおこがましい相手なのだ。
……でも。
「君の隣にいたいんだ」
僕は願った。
藍の隣にいたい、と。
藍と一緒に生きたい、と。
……多分。
森下さんの言う通り、思い上がった僕に罪を与える意味で神様はタイムスリップは与えたのだろう。
でも、藍の言う通り……神様は、僕達にやり直しのチャンスを与えてくれたんだ。
だって、失敗し後悔しても……。
それを学び立ち直っていけるのが。繰り返さないで生けるのが……人間なのだから。
神様は、僕にキチンと後悔し反省し……やり直せと言っているのだ。
藍との、あの時間を。
愛を育んだ、十年を。
そう。
だから……。
倦怠期だった妻と一緒に、僕はタイムスリップさせられたのかもしれない。
「いいの?」
そう問う藍に……こっちこそ、と問い直してはいけない。
そうすれば多分、藍は怒るから。
彼女はそう言う人だから。
あの十年で見てきた藍は、そう言う人だったから。
藍は、誰よりも自分をないがしろにすることを嫌う人だったから。
夜の住宅街の路地は、僕達以外の人影は一つもなかった。
ただ、静かな空間だった。
どこかの家から漏れるカレーの匂いが、鼻孔をくすぐった。夕飯はまだ、食べていなかった。
僕は、藍を抱きしめていた。
……一人では。
僕は、何度も同じ失敗を繰り返す。同じ後悔を繰り返す。
わかっていても。
止めようと思っても。
それでも……甘えてしまうのだ。
「好きだ」
でも、これは甘えでもなんでもないじゃないか。
好意を口にすることは……溢れる想いを伝えることは。
好きな人に素直になることは……。
それは、甘えでもなんでもない。
それこそが、本当の愛なのではないだろうか。
だから藍は、それを掴もうとタイムスリップをしたのではないだろうか。
……そして、僕も。
ようやく、それを掴めたのかもしれない。
街灯が、僕達を優しく照らしていた。
読了頂きありがとうございました。
長く長く続いた本作も……長らく筆が止まった本作も、これで完結となります。
本作を書き始めた経緯はなんだったか。随分と完結までに時間がかかったせいで最早覚えていないです。ただ、タイトルでネタバレしていくスタイルが面白そうだ、と思ったことは間違いない。
それからはいつも通り行き当たりばったりで話を書いて、四十五話くらいで結構まとまって終わりが見えて、引き伸ばしにかかって失敗した。
負けヒロイン枠を出したはいいが、とにかくその人が話を荒らす。まとまらない話。まとまらない思考。なろうコン最終選考で落ちる別作品。モデルナ二回目で十年ぶりくらいの熱を発症。
下がるモチベーション。高まる遊戯王熱。冷めた遊戯王熱。高まるポケモン熱。(色違いザシアンかっこいい)
そんな感じでかなりだれた。本当にだれた。エタルんじゃないかとも思った。
それでも読んでくれる人。感想くれる人がいる状況は本当に嬉しかった。ありがとうございます。
次回作の案は既にあるものの、本作の後悔失敗の件は随分と私に刺さるものがあり、行き当たりばったり展開はしないためにストック少し溜めている状態です。まとまったらまた投稿していくのでそちらもよろしく。
以上、本当にありがとうございました。




