横断歩道の設置
「横断歩道の設置、か」
藍が出してきた案は、美化活動だとか、ボランティアだとか、そういうありきたりな案を出した僕とは違い、かなり奇抜な案だった。少なくとも僕は、そう思った。
「中々面白い案を出してきたね」
僕の言葉は、賞賛に近かった。
藍の反応は、芳しくない。
「どうかした?」
そんな藍が少し心配で、僕は尋ねた。
「……別に」
「そっか」
しばらく、再び無言の空気が流れた。
「どうして、横断歩道を設置したいと思ったの?」
「まあ、それはいいじゃない」
「そっか」
……まあ、通学路に危ない道があるとか、そういう話だろう。
そう言えば、藍と結婚してしばらくして新居として住み始めた社宅で、横断歩道がない場所で一度僕、車に轢かれかけたことがあったな。
相手の運転手は老人で、フレンチに向かう途中で、道路脇で自転車を運転している僕に気付かず、僕に接触してきたのだ。確かあの時、相手の運転手は、横断歩道がないから周囲を気にしていなかった、と言っていた。フレンチに遅刻しそうな状況も相まって、接触事故を起こしてしまったのだ。
事を荒立てたくなかった僕は、最終的に運転手との示談でその場を収めたが、藍は老人と、そして横断歩道を設置していなかった公安委員会に憤慨しているようだったことを今更思い出していた。
「横断歩道の設置、か。うん。とても良いと思う」
まあそんな昔話は置いておいて、なるほど。中々に良い案だと僕は思った。
「中々奇を衒っている案だし、この学期中どんなことをするか、ある程度こちらで方針を固めておけば、皆賛同してくれるんじゃないかな」
「うん」
「まあある程度……と言っても、一体どんなことをすれば横断歩道を設置出来るやら、正直僕はまったくわかってない。その辺、坂本さんは知ってる?」
「ぼちぼち」
ゆっくりとわかりやすく、藍は横断歩道設置までに必要なことを手引きしてくれた。説明を聞き、なるほど大体理解した。
つまりは一番面倒そうな処理は、公安委員会への設置の申請になるだろう。そこを如何に、スムーズに進めるか、か。
「……出来るかな」
不安そうに、藍は言った。何故だか不安げな彼女を見ていると、心沸き立つ思いがあった。なんとか、どんな手を使ってもこの案を押し通して、そして横断歩道設置へ漕ぎつけたい。殊勝にも、僕はそう思った。
「出来るさ」
だから、安心させるように藍に微笑みかけていた。
藍はさっさとそっぽを向いた。この辺、彼女は本当にわかりやすい。悪い意味で。そんなに僕のこと、嫌いなのだろうか。
「とにかく、まずはこの案で良いか。クラスメイトの皆に賛同してもらうことは必要だ。で、今の内からだけど……この話を皆にした時、まず何を聞かれると思う?」
「え?」
「事前に質問を想定しておこう。円滑に話し合いを進めるためにも。相手にこの案の心証を良くさせるためにも」
「そ、そこまでする……?」
「する。したいことをさせる時、手を抜いた結果出来なくなる、なんて一番後悔する話だよ。やりすぎて困ることなんて一切ない。むしろ必ず押し通すんだって気持ちで最善を図るべきだ」
「ふうん」
「で、だ。僕ならこの話を皆の前でされて、一番に思う事は……出来るの? ってことだね」
「まあ、そうよね」
横断歩道の設置なんて面倒そうなこと、果たして一般の学生程度に出来ることなのだろうか。藍から設置へ向けての概要を聞いた僕がそう疑問に思っているくらいなのだから、クラスメイトなんて尚更そう思うに違いない。
それを如何に納得させて、進めるか、だ。
「面倒なのは、こうすれば出来ます、と断言出来ないことだよね。あくまで設置を決めるのは公安委員会だから、口約束して出来なかった時、まあ面倒事になる」
心無い人なら、そこに付け込んで僕達をなじるかもしれない。労力を奪った上でそれを徒労にさせるのだから、そうなったら怒るのも無理はないとは正直思う。
とは言え、半端なことを言えないのは実に厄介極まりない。
公約を必ずやる、と言ってくれる人。言ってくれない人。果たして人は、どちらに付くか、という話である。
「ある程度僕達でどういう方針で横断歩道の設置場所を選定するのか。公安委員会を納得させるのか。それを決めてしまおう。
道筋に沿った仕事の方がやってもらうのも楽になるし、相手だって気楽になる」
後はまあ、反則スレスレだが、ここまで検討しているんだからと否定しづらい空気も作れる。
「明日からも当分、放課後は時間を作って欲しい。大丈夫?」
「……それは、大丈夫」
それなら良かった。
「ねえ、青山?」
「ん?」
「……よろしく、ね。その、色々と」
照れくさそうにそっぽを向きながら口を尖らせて言う藍に、言葉を失った。
こんなにもしおらしい藍も、珍しかった。
つい先日、かつての藍との関係は随分と彼女におんぶにだっこの状態だったことを理解した。それがこの時間旅行を通じて、少し変わったのか、はたまたまた違う一面を見せられたのか。
だから、彼女はしおらしく協力の言葉を口にしてくれたのか。
答えは、わからない。
目の前にいる藍は、藍であって藍ではない。
だから、わからない。
ただ、かつての藍にもこういう頼れる一面を見せられたら、彼女を不機嫌にすることもなかったのではないか。
そう思うと、かつての自分が少し憎らしかった。
なんか似たような話を書いたことがある気がする…?
おかげさまで日間ジャンル別13位まで来てました! もっと上の順位に行きたいです!
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