謝罪
キャンプの翌日、僕達は再び森下さん達のクラスへとやってきていた。理由は勿論、彼女達のクラスの文化祭活動のお手伝い。
先日、責任者連中へ進捗の多大な遅延を突きつけて以降、どうにもやる気が軽薄だったかのクラス活動には活気が宿っていた。責任者二人が非を指摘、断罪され、ようやく重い腰を上げたからか。はたまた鬼軍曹と化した森下さんのせいなのか。理由は定かではない。
ただ、先日もう映画撮影は無理なのではないかと思われていた進捗が随分と改善されていることに、到着次第即気付いた僕は、森下さんのその手腕に脱帽、と言うか、苦笑せざるを得ないのだった。結局、僕も踊らされた側だった、と言うことか。
とにかく、このペースで行けば映画撮影までの作業進捗の挽回は明白。僅か数日にしてここまで改善させるのだから、多分森下さんも裏で日程をどうにかする術は持っていたのだろう。
僕と藍は、別々に映画撮影に向かうまでの最後の作業のお手伝いに励んでいた。
出来れば一緒に作業をしたかったが、手先が器用な藍と不器用な僕。適材適所と言うやつで、森下さんの計らいで別々に作業をさせられたのだった。
お昼休み。
キャンプ前はクラスメイトはお通夜気分で向かっていた記憶があったが、作業進捗が芳しいからかポツポツと笑顔が戻っているのがわかった。それにしても、クラスメイトも作業が遅れているから大変な目に遭う、とよく逃亡しなかったものだ。最後までこのクラスの一員として、楽しむところは楽しんで、苦しいところは苦しんで。強固な友情で結ばれているんだなと思わず感心してしまう。
「森下さん、少し良いですか?」
窓を開けても熱気が籠る教室。
作業状況を確認しているがためか、はたまたクラスメイトの輪を乱した調本人だからか、……もしくは、いつか語ったクラスメイトとの微妙な関係が影響しているのか。一人残っていた森下さんに、僕は声をかけた。
藍は、既に教室を後にしていた。
僕の顔を見た後、森下さんはそれに気付いたらしかった。額の汗を拭って、立ち上がった。
「何? デートの誘い? 悪いんだけど、今繁忙期でね。夏休みは厳しい」
「違います」
冗談に乗ると、いつものペースでグダグダになると思ったから、僕はそう明言した。
森下さんは苦笑して肩を竦めていた。
「昨日のキャンプの話?」
「……まあ」
筒抜けであろうことは、タイミングからもわかっていた。が、言い当てられると心がざわついた。
「場所、変えようか」
「……そうですね」
森下さんの計らいに、僕は応じた。
「ここは少し、暑いからね」
教室を出て廊下へ。
熱が籠らないようにと、廊下の窓も全て全開になっていた。教室と違い、廊下の窓際には日除けの木が幾本も植えられていた。その木に集っているセミが、喧しく今が夏であることを知らしてくれた。
僕達はそのまま、あまり人気のなさそうな体育館の裏にある駐輪場へと歩いた。夏休み中という状況も相まって、いつもはたくさん停まっている自転車も両手で数えられるくらいしか残っていなかった。
トタン屋根で日陰になっている部分に移動し、僕達は相対した。
「どうだったの、キャンプ?」
世間話か探りを入れているのか。
邪推に考えすぎか。
「楽しかったです」
「星、綺麗だった?」
「えぇ、都内では中々見えない景色でした」
「そう。良かったね」
微笑む森下さんは、いつもよりも落ち着いて話しているように見えた。
……まるで。
まるで、最後通告をされることがわかっているかのように。
その時を待っているかのように、僕には見えた。
「……で?」
覚悟を固めてきたはずなのに。
「本題は何? 青山君」
言葉に詰まった。
そうならないように覚悟をしてきたのに、言葉に詰まった。
……まただ。
何度も何度も。
僕は、同じ失敗を繰り返す。
言わないとわからない。
いつか誰かに言った言葉。
いつか、身に染みた言葉。
でも、その言葉を言うことは、時にとても難しい。人の気持ちを踏みにじる言葉を言うから。人の想いを無下にする言葉を言うから。
だから、言葉に詰まる。だから、躊躇う。
……わかっているのに。
言わない方が相手は余計苦しむことを……僕はわかっているのに……!
「藍と、付き合うことになりました」
意を決して、僕は言った。
「藍と……結ばれたいと思ったんです。前の十年で、僕は藍と確かに失敗した。もう一度やり直したいと思うくらいの後悔をした。……でも、気付かされた。教えられてしまった。
後悔をしないなんて、無理なんだって。
彼女に。
藍に、教えてもらった。
……また僕はきっと失敗をする。後悔をする。
でも、藍と一緒ならそれを乗り越えていけると思ったんだ……!」
……だから。
「だから、僕はまた、藍と一緒に生きたい。藍と結ばれたい! ……だから、ごめんなさい」
深く深く……頭を下げた。僕に好意を抱いてくれた森下さんに、謝罪以外の術は残されていなかった。
謝罪しない選択肢なんて、なかった。
森下さんの想いを踏みにじったこと。
僕なんかに好意を寄せてくれたこと。
……本当に、謝るしかなかった。
……森下さんは。
「……頭を上げてよ、青山君」
まるで、こうなるとわかっていたと言う風に、落ち着いていた。
「結局、あの十年と同じ結果になったね」
そして、意味深にそう呟いた。
 




