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 避暑地と言え真夏日で暑い外で遊ぶ気にはならず、僕達はテントの中で静かに二人で別の本を読むだけの時間を送っていた。

 読んでいた本は、藍が持ってきていた文庫本。

 彼女は前からミステリー小説を好んで読んでいたが、かつては違ったのか渡された本はコテコテの恋愛小説だった。なんでも、一時は話題になり映画にもなったそんな話だそうだが、正直こういう話はあまり得意ではなかった。

 それは僕が人の気持ちなんて絶対にわからない、と思っているたちだからなのだが……ただ、こうして考えるとなんだか今のこの状況は藍から嫌がらせまがいのことを受けているような気がするようなしないような。


 とにかく、遠くでセミが鳴くキャンプ地で、コテコテの恋愛小説を読むことは非日常感はあるものの、されど特段楽しいわけではなく、むしろいつもの休みの日よりも面白みのない時間になりつつあった。


 そんな状況故に、気付けば僕は眠りに付いてしまっていた。


 折角藍と二人でキャンプに来たというのに。

 

 僕が目を覚ましたのは、少し陽が傾きかけた午後四時頃のことだった。


「……あれ」


 テントが風で揺れる音で、僕は目を覚ました。

 時計を見て、冬になればもう薄暗いような時間になっていることに悪いことをしたと思いつつ、そう言えば藍はどこにいるんだとテント内を見回したのだった。


 藍を見つけることに、そこまで時間はかからなかった。


 何故なら藍は、僕と同じようにテント内で眠っていたから。


 恐らく、先に寝たのは僕なのだろう。

 僕が寝てしまって、呆れてしまって、次第に眠くなってしまって寝てしまったというところだろうか。


 再び、悪いことをしてしまったと罪悪感に駆られた。


 ただ、幸いそろそろ夕飯時。


「藍。藍」


 一先ず、僕は眠りこくった藍を目覚めさせることにしたのだった。

 テントに仰向けに眠る藍は、まるで白雪姫のように美しく見えた。魔女の毒リンゴで眠らされ、王子様のキスでもしないと目覚めないような、そんな気がした。


 が、そんなしょうもない考えに至った自分を嘲笑するように、僕は小さく苦笑いした。


「……ん」


 しばらくして、藍は目を覚ました。

 寝起きだからか、キャンプに来ていることも忘れているのか、藍は目を細めて周囲をキョロキョロ見回していた。


「……あ」


 しばらくして、藍は思い出したかのように間抜けな声を出して、しばらくして顔を赤くした。


「……見た?」


「何を」


「寝顔」


「まあ、少しは。起こしたからね」


「……そ」


 文句を言おうとしたようだったが、その言葉を藍は引っ込めたように見えた。


「……もう、暗いね」


「うん」


「夕飯、作ろうか」


「うん」


 藍に頷いて、僕達は夕飯の準備を始めたのだった。

 と言っても僕は、即戦力の藍の手伝い、もとい邪魔をしていたにすぎない。非効率な環境に、申し訳なさとありがたさを感じていた。


 遠くでセミが鳴いていた。だけど、都内のそれと違い、耳障りな気はしなかった。心地よさすら感じていた。

 遠くで、家族のキャンプ客が楽しそうにご飯を食べ合っていた。微笑ましい光景に、綻んだ。

 

 夕飯を食べ終えて、洗い物を済ませて、後は今回の目的である夜空を見るだけとなった。

 テントから足だけ出して、僕達は二人並んで空を見上げていた。


「はい」


 藍から手渡されたコップには、冷たいお茶。

 お茶をすすると、喉が少し潤った。


 夏の夜空は、美しかった。

 

 都会とはまるで違った。どこもかしこも灯りが灯る都会とは、まるで違う美しい光景だった。


 煌びやかに輝く星。

 今にも消えそうなくらい、ぼんやりと儚げに光る星。

 大きく光る月。


 遠くから、先ほどの家族のキャンプ客の談笑が聞こえた。


 ……いつかの旅で見た夜空もこれくらい美しかった。

 いつかの旅でも家族の仲睦まじい声が聞こえていた。

 いつかの旅でも、隣には藍がいた。


 場所は違うのに。

 深く深く、今とあの時の光景が重なった。


 あの時の僕の目に一番焼き付いたものは……。


 青い海でも。

 飛び込み台からの景色でも。

 自然豊かな景色でも。


 そのどれでもなかった。




 藍だった。


 悲しそうな。

 でも、楽しそうな。


 そんな藍の、美しい顔だったのだ。


 あの時の光景と、今が重なる。


 重なっているのに、ただ一つ。


 ただ一つ、あの時と違うものがあった。




 藍の顔を見れなかった。




 どうしてか。

 どうしてなのか。


 わかりそうもない。いいや、そんなはずはない。


 わかっている。

 

『でも、後悔したからタイムスリップしたんでしょ?』


 どうして藍を見れないのか。

 どうして悩んでいるのか。

 どうして感傷に浸っているのか。


 答えは、わかっている。


 わかっているのに、どうしても答えが出せない。


 そんな自分が、愚かな自分が、嫌になる。


 さっきまで色とりどりの光を帯びていた夜空が、顔色を変えた気がした。

 暗黒に飲み込まれ、その一切の輝きを覗かせない。闇。ただ一つの闇。僕の気持ちを体現するかのように、夜空は唐突に光を失った。そんな気がした。


 ……藍の隣にいて。

 失敗の道を歩いて。


 本当に、良いのだろうか。




「悩んでるでしょ」




 少ない言葉。

 簡潔な言葉。

 聞き慣れた言葉。

 

 藍にそう言われ、僕はゆっくりと彼女を見た。

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