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真意

「ど、どうしてっ?」


 気付けば僕は、声を荒げていた。

 予想外の返答に、驚き以外の感情は湧いてこなかった。


「え、キャンプ行きたくないの?」


「いや別に、そういうわけじゃ……」


 ……でも。


 でも、おかしい。おかしいだろう。


 先日の隠し事を無理やり話させた態度と言い、映画撮影の準備が間に合っていない状況を僕にわからせたことと言い、あれは僕と藍のキャンプの予定を妨害するための前振りだったのではないのか。

 僕達をキャンプに行かせないように、妨害するために脅し文句を使って協力させたのではないのか。


 わからなかった。

 この人の。


 森下さんの真意が、まるで僕にはわからなかった。


「まあ、切り出さないのであればあわよくば君達のキャンプ妨害出来ないかなーとは思ってたよ?」


 思ってたんかい。


「でも、切り出されたら妨害するはずがない。君が一番嫌いなことは約束を反故にすることだってことは、これまでの態度を見ていればよくわかるしね」


 プラネタリウムの件と言い、このクラスの映画撮影の件と言い、確かに僕は不利益が生じようと多少なら約束を反故にしないように立ち振る舞う。


「藍と約束したキャンプに無理やり行かさせないだなんて、関係に亀裂が生じる原因だよ」


 微笑む森下さんに、僕は言葉を失っていた。

 確かに。

 少しずつ森下さんへの不満が溜まっていた現状からして、このままキャンプの約束をおじゃんにされたら、僕は森下さんを敵視したかもしれない。

 いや、既に若干していたか……。


「じゃ、じゃあ……」


 しかし、そうであれば疑問がある。

 いやむしろ、その疑問で頭が一杯だった。


「なんで僕を巻き込んだんだ。……どうして僕を、遅延している映画撮影準備に協力させたんだ」


 僕としては、森下さんが僕と藍の関係を邪魔したいから僕を映画撮影の準備に巻き込んできたのだと思っていた。

 だが、今森下さんはそうではないと言っている。


 言われてみれば確かに、森下さんは僕がキャンプの件を邪魔したいから巻き込むのかと言った時、明言を避けた気がしたが、今はそんなことはどうでも良い。


 であれば、森下さんが僕を巻き込んだ理由はなんだ。


 映画撮影を成功させたいから?

 だったら、進捗状況をまとめずに作業を遅延させることなんてしないはず。この人だったら完璧に進捗管理出来るだろうに、それを怠るはずもない。


 ……だったら。


 だったら、まさか……。




「映画撮影を盛大に失敗させるためだよ」




 ゾクリとした。

 予想していなかった……いや、予想していたがそんなはずはないと思っていたことを彼女が言ったから、僕は鳥肌が立ったのだ。


 ……疑問は尽きなかった。


 どうして、そんなことをするのか?

 そんな疑問、口に出すまでもなく森下さんも承知しているようだった。


「許せない人が二人いるの」


「許せない人?」


「うん。桐ケ谷君と、クラス委員長の荒木君」


 桐ケ谷君とは、さっきお昼を誘われていた人だろうか。


「……どうして許せないんです?」


「悪口を言われたから」


 完全なる私怨、か。


「あたしも自分の悪口なら気にしないんだけどね。ほら、あたしって八方美人じゃない。結構敵が多いの。前は結構人に対して悪感情を抱いていたわ。あ、タイムスリップする十年前の話だよ?」


「自分の悪口を言われたんじゃないんですか?」


「うん」


 森下さんは微笑んで、




「君の悪口を言ってたの」




 僕を指さした。

 思考がフリーズした。


「いつかの全校集会の時よ」


 そんな僕を他所に、森下さんは語りだした。

 ……僕に隠し事はしないと言った森下さんが、語りだした。


「君が檀上に頭をぶつけた時。君が可愛い姿を見せた時。あいつらはその日の放課後、早速人気が出始めた君に妬みの感情を持って、媚び売ってる糞野郎だの、気色が悪いヘタレ野郎だの、君への悪態を止めずにいたの」


 ……大概事実だから困るな。


「後日、アンケート用紙の適当な位置に〇付けてやっただの、君達のクラスへの嫌がらせもしていたから、もうカチンと来てね」


 そう言えば確かに、アンケート結果の中には冷やかしのような物も含まれていたな。


「だから、あいつらに痛い目味わわせてやろうと思ったの。自分が能無しなことを棚に上げて人の足を引っ張ることしか出来ない馬鹿な奴らに、制裁を加えてやろうと思ったの」


 少し、森下さんが感情的になっているように見えた。語気を強めて苛立ちを露わにする森下さんは、酷く新鮮だった。


 ただ、それが自分関連のこととわかると背中が少しむず痒かった。


「でも、森下さん?」


 しばらくして、僕は気を取り直して疑問を尋ねようと口を開いた。


「どうして映画撮影を失敗させることが、彼らへの制裁になるんですか?」


「あたし、別に今回の件の責任者でもなんでもないもの」


「え?」


 そうだったの?

 他クラスを……まあ僕を巻き込んだりする姿勢から、僕は森下さんが映画撮影の責任者であると疑っていなかった。


「……まあ、正確に責任者、と位置付く立場があるわけでもないけどね。ただ映画監督は決まっていて、それが桐ケ谷君なの。だから言ってしまえば、今回の責任者は映画監督である桐ケ谷君とクラス委員長である荒木君ってわけ」


「……なるほど」


 であれば、確かに合点がいく。

 森下さんがわざわざ進捗管理を怠った理由も。

 映画撮影を成功に導く気が更々ないことも。


「つまりあたしは、責任者側でもないのにヘルプを頼んだり必死に状況を改善させようとした健気な子を演じられるってわけ」


 ……いつか森下さん、女は最終的に泣けば被害者になれるみたいなこと言っていたが、それも加味して、確かに連中には勝ち目がなかっただろうな。

 ふと、思った。


「森下さん、であればそもそも、僕を巻き込むべきではなかったのでは?」


 僕の正体を暴くためのロケ地の件はともかく今回の件、森下さんが僕への心象をあげることを念頭に置いていたのなら、結局僕を巻き込むことはデメリットしかないはずだ。


 どうして、わざわざ僕を巻き込んだのだろう?


「……あー」


 森下さんは、珍しく困った顔をしていた。まるで、そこには触れて欲しくなかったような、そんな反応だった。


「ほら、さっきも言ったでしょ? あたし、八方美人で嫌われ者だったって」


「はあ」


「……あたしの傍にいるのはね、あたしを貶めようとする女子か。あたしに下心を持って迫る、貸しを作りたがる男子しかいないの」


 ……確かに。

 例えばさっきのファミレスの件、普通なら仲の良い同性から電話が来るのが普通なのではないだろうか。


 もし、そうなら……。


「君くらいだったの。あたしに下心を持たずに手伝ってくれた男子は」


 それは、いつか森下さんが語った僕への好意の理由。


「……えぇと、つまりさ。その……君しかいないんだよ、あたしの頼れる人」


 それが彼女が、僕に固執する理由。

 彼女が、僕に隠し事をしない理由。

 彼女が、僕に隠し事をして欲しくない理由。


 いつだって飄々と微笑んでいる森下さんに、僕はいつの間にか強かな女性像を植え付けていた。彼女は大体、一人でなんでも出来るのだとそう思っていた。

 でも違う。


 彼女は一人では何にも出来ないのだ。

 そうだ。当然だ。


 ……彼女の理論を借りるなら。

 もし本当に強い後悔がある人がタイムスリップしてきた、と言うのなら。


 彼女は、僕と同じように強い後悔を抱えていたはずなのだ。


 一人でなんでも出来るのなら、果たして後悔なんて感情を抱こうか。


 後悔と言う感情は、失敗からくる感情じゃないか。




 彼女は、一人では何にも出来ないのだ。たくさんの失敗をしてきたのだ。




 藍は森下さんのことを、女王気質だと評した。

 それはもしかしたら、少し違っていたのかもしれない。


 彼女は女王のように甘えん坊なのかもしれない。

 でもそれは、甘えられる相手にだけ。


 心を許した人にだけ、彼女は女王のように我儘気ままに甘えてくる。


 ……そして僕は、どうやらその一人だったようだ。

話を収束させたいのにこじれていく奇病にかかってるわ

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