テーマ
「ねえ、青山?」
「ん?」
「なんだか本題から遠ざかってない? 大丈夫?」
心配そうに、藍は僕の顔を見ていた。
ロングホームルームでやることを決めましょう。中々決まらないから、どういうテーマで話すか決めましょう。
来週のロングホームルームでは、何をやるかを定めておく必要がある。藍にしたら僕の考えは、遠回りしているように聞こえたのかもしれない。
「ちっちっちっ。遠きに行くは必ず近きよりす、だよ。坂本さん」
僕は場を茶化すように指を振りながら、そう言った。
「その言葉好きよね、本当に……」
藍は目を細めて、面倒そうに呟いた。
確かに僕は、これまで藍に何度か似たようなことを言ったことがあった。覚えていてくれたとは、嬉しい限りだ。
「で?」
「うん。まあその言葉通りなんだけどさ。物事を解決するのに、順序通り進めようってだけだよ」
「順序通り、ね。一旦テーマから決めることが、順序通りになるの?」
「なる。間違いない」
こういう時は、相手を不安がらせるような態度を示してはいけない。自信満々に即答すると、藍は怪訝そうに僕の顔色を窺った。
「その心は?」
「今の現状は、頭で浮かんだ案が議論に値するのか。そう考えると手控えてしまうような内容ばかりっていう現状だろう?」
「そうね」
「だけど、本当にそうかな? 本当に浮かんだ案、全てが議論に値しないのかな? 曖昧な線引きのまま案を考えていて、気付けばそんなことは一切ないのに論ずるに値しないと断じていた案がないと、本当に言えるかな?」
「……なるほどね」
明確な基準がなく評価をする。
そのことで気付けばどんな案も却下している結果になっていないか。
「正直に言って、僕はそうなっているところがあった」
「……あたしも。言われてみればそうだった」
不承不承気味に、藍は同調した。
「最初に浮かんだ一つ目。それを脳内で否定したら、なんだか浮かんだ案全てがどうにも気に入らない部分が出来て……気付けばそうなってた」
「だろう。だから、まずはテーマ。もとい基準を決めよう。そうすることで、棄却していた案が使えるかも、という結果になるかもしれない」
「わかった」
「うん。それに、テーマを決めることは後々周囲を同調させやすくもなるだろうからね」
「と、言うと?」
「来週のロングホームルームで、僕達が突然これをやりたいと思います、と言っても、普通なんでだよ、と思うだろう?」
「……まあ」
「だから、どうしてそれをしようと思ったのか。それを説明しやすくなるテーマは決めておいた方が良い。
テーマが決まっていると、こう言えるわけだ。
僕達は事前に話し合って、〇をやりたいと考えています。その理由は、一学期のロングホームルームはこのテーマの元やっていきたいと考えているからです。
ぶしつけに何かをやりたい、と言うより、それをしたいと考えるに至った理由があった方が、説明もしやすければ、相手だってなるほどね、と納得しやすいわけだ」
「……意外と、色々と考えているのね」
「まあ、ね」
意外と、は余計なような、そうでないような。
そもそもそこまで考えが及ぶのなら、最初からそう言えよ、と藍からしたら言いたいかもしれない。
その辺、最初真面目に考えていなかったことは僕の反省材料だろう。
ただ、議題に対する進め方を学べた社会人時代の経験が活きた気がする。
会社はとにもかくにも、利益、利益、利益。利益を求める会社は、とにかく必要以上の時間を省こうと、こういう議題の押し通し方、というか、そういう処世術だって教えてくれた。
辛いことも多い仕事だったが、こういう形で活きたのなら多少は感謝もしないといけないだろう。
「で、具体的にテーマはどうするの?」
しばらくして、気を取り直した藍が尋ねてきた。
「そうだね。本題に入る前のバックボーンみたいな色合いが強いし、適当に決めてしまおう」
「適当に?」
「うん。……例えば、そうだな。地域に貢献する、とか?」
なんとなく、ここが高校であることを鑑みれば、その辺がロングホームルームに求められる行いな気がしていた。
「地域に貢献する、ね。本当にざっくりしてる」
「テーマで奇を衒うと、余計混乱するしね。わかりやすいテーマの方が話しやすい。で、だ。テーマが決まったおかげでなんとなく、却下していた案が使えそうだと思わない?
例えば僕だと、ボランティア活動だね」
元より却下していた理由は、梅雨となる季節に課外活動をしたくなかったから、だ。エヘヘ。
とりあえずさっさと一案出した僕に反して、藍は俯き悩み耽ってしまっていた。
これだとテーマを決めた意味がないな、とぼんやり思った。
しかし、個人的にはこの判断が正しかった気がしていた。おかげでいくつか、案が浮かんできていた。
「ボランティア活動、美化活動、老人ホームへの訪問。色々あるね」
「……そうね」
「何か、坂本さんは浮かばないの?」
「え?」
藍と視線がぶつかった。
少し戸惑っている藍を見ていたら、僕はいつしか微笑んでいた。
「これはクラスのロングホームルームのやること決め、だからさ」
そう言うと、藍はさっさと視線を外した。
僕は挫けず、続けた。
「だから、君の意見も聞きたい」
「あたしの?」
「うん」
しばらく無言の時間が流れた。
「……ねえ、青山?」
口を開いたのは、藍だった。
「地域の貢献ってさ。結構枠組みとして、大きいよね」
「そうだね。だからこそ、それをテーマにしたんだから」
「そっか」
クスリ、と藍は微笑んだ。
いつもしかめっ面をしている彼女の微笑みは、とても珍しかった。十年来の付き合いの僕だって、彼女のそんな顔を見たの、数少ないのだ。
「ねえ、た……青山?」
「うん?」
「ロングホームルームのやること、こんなのはどうかな?」
僕は藍の提案を一言一句聞き逃さないよう、耳を澄ました。