イチャイチャさせたい(願望)
作者の願望強めなタイトルになってしまった。なお、そうならない模様。
翌日、僕の願い出により天文部一年軍団は集められ、森下さん達のクラスの映画撮影の作業の手伝いを開始したのだった。
「貴重な夏休みを、ごめんね」
一年生三人に、僕は謝罪の言葉を口にした。
「いいよ、映画撮影の手伝いなんて楽しそうだ」
そう言ってくれたのは、宮本君。
「そうそう、むしろ宮本君は、江頭先輩と一緒にいれる時間が出来て良かったんじゃない?」
そう宮本君を茶化したのは、優子さん。
喧しい、だの、えいややいや、と二人は楽しそうにいじられいじりあっていた。その様子に、微かに安心感を覚えるのは無言である人がどういう態度を取るのか、気が気でなかったのが理由だった。
「……あの、藍?」
誰にも聞こえないように、一人黙々と作業をする藍に、僕は近寄った。
藍は、何も言わずに小道具の準備に取り掛かっていた。
森下さん達のクラスはホラー映画を撮る予定とのことで、用意していたのは誰かの右腕。わざわざ粘土で型を取って成形して作ったものらしく、少し日焼けした肌色を塗ればまさしく人の右腕だった。
藍はその腕の切断部に、赤色を丁寧に着色していた。どうやらそれは、血らしい。
人の手が落ちる映画だなんて、まごうことなきサスペンスホラー映画だ。
学生のする映画だなんて、どこまでのクオリティになるのかと不安だったのだが、意外としっかりと準備をしているようだ。
まあ、そうでなければ作業の遅延も生じない、か。
長々と考察していたのだが、藍からの返事は中々返ってこなかった。
昨晩、藍達を今日学校に呼び寄せるにあたり、今日の用事は筒がなく話していた。その時の藍の反応は、意外と落ち着いていた。
しかし、一夜が明けてムカムカしてきていたのか、今朝は一緒に登校したものの、藍は一切僕に話しかけてはくれなかった。
藍は、今どんなことを考えているのだろう。最悪の想定ばかり、僕の脳内に浮かんでは消えていった。
「……何よ」
もう諦めて立ち去ってしまおうかと思ったタイミングで、藍がようやく声を発してくれた。
……少し恐れながら、僕は藍の隣に腰を下ろした。
「ごめんね」
そして、謝罪した。
「何が」
「このクラスの手伝いは、君には関係のないことだ」
「それはあんたもそうだ」
それもそうだ。が、藍を巻き込んだのは僕だ。
「別に、良い」
藍は、ぶつくさと続けた。
「宿題も終わって、やることもなかったし。良い気晴らしよ」
……そう、言ってくれるのであれば。
何故今朝から、そう言ってくれなかったのだろうか。
今朝は、そう思っていなかったからではないのか。
今でも、自分にそう言い聞かせようとしているだけではないのか。
「……ごめん」
僕は再び、謝罪した。
「だから良いって」
藍は少し鬱陶しそうに言った。
「それより、今の進捗はどうなの?」
「……微妙」
「そう」
藍が進捗を確認した理由に、勿論心当たりはあった。
来週に迫ったキャンプ。
果たしてこのクラスの活動に協力していて、それを予定通り実施することが出来るのか。
藍は、僕同様そこが気になっていたのだろう。
「じゃあ、何とかなるように終わらせないとね」
「そうだね」
藍にそう言ってもらえるのは、素直に心強かった。
そして、少しだけ心も救われた気がするのは、気のせいなのだろうか。
「作業、進めましょ」
「うん」
僕は藍の作業を手伝うことにした。
ただ昔から、僕は手先がそこまで器用な男ではなかった。絵の具のついた筆を握らせれば、まるでどっかの巨匠のような独自センスの絵を描いてしまうくらい、センスがないのだ。
「駄目。そこは血を滴らせるように描かないと」
「え、どう?」
藍に叱られて、僕は慌てた。
手先が不器用な自覚はあったが、こうして怒られる覚悟までは持ち合わせていなかった。
ドギマギして、筆を握る手が震えていた。
「もう」
その手を支えてくれたのは、藍だった。文句を言いながら掴まれた藍の手は、仄かに温かった。
「こうだってば」
「……うん」
手が触れあっただけで、僕は少しどうにかなってしまいそうな気分だった。
温もりを感じているだけで、幸せだった。
いつかは倦怠期なんて状況に陥ったこともあった。
でもそれは、僕達の会話が足りなかったことが理由だった。
その原因を理解してからは、言うことの大切さを理解してからは、溢れる藍への想いの歯止めが効かない。
でも僕達は失敗した。
その事実が、僕を羽交い絞めにして離さなかった。
このまま、藍への想いを抱き続けて良いのだろうか。
感情が、沈んでいく。
闇の。深淵の淵へと、沈んでいく。
「……ねえ」
「青山君っ」
藍が呟いた丁度その時、遠くから僕を呼ぶ声がして僕の意識は舞い戻った。
振り返った先では、件の森下さんが笑顔で手を振っていた。
藍の手の温もりが、途端僕の手から無くなった。
「男手が足りないの、手を貸して」
「……はい」
藍を一瞥すると、彼女は少し寂しそうに俯いて作業に戻っていた。
僕は、内心の整理が付かないまま、森下さんの方へと向かった。




