キャンプグッズ
仕事許せねえな
うぅむ、としばらく悩んでいると、満足した藍が僕の髪から手を離した。
「あ、もう髪乾いた?」
後ろを振り向いて尋ねると、藍は怪訝そうに首を傾げていた。
まるで、そんなのとっくだったよと言いたげだ。でもそうであれば、ずっと髪を撫でていた理由はなんだろう?
髪を二度撫で、乾いていることに気付いた。
「ありがとう」
「ん」
「さてと」
髪も乾いたのであれば早速あの暑い外に繰り出すとするか。
「外、行こうか」
「ん」
藍と二人で、外に出た。
相変わらず外は暑くて、僕は先ほどまでの辛さを思い出し、露骨に顔を歪めていた。
「ん」
そんな僕の頭に、藍は帽子を被せた。
「そんなの、どこで?」
「あなたの部屋」
……ほう。
「勘違いしないで。さっきあなたの部屋に寄った時、偶然見つけただけだから」
「いや、別に何も聞いてはない」
「暑いだろうから、熱中症対策になるだろうと思っただけ。本当に、それだけだから」
「……あ、うん」
捲し立てて言われて、なんだかこれは深く突っ込んではいけないのだな、と僕は悟った。
そのまま目深に帽子を被って、僕は庭の方へと歩いた。
芝生の上に、並べられたキャンプグッズが置かれていた。先ほど僕が苦心して広げた数々の品であった。
「……一個ずつ、確認する?」
「ん」
藍が頷いたので、僕は端のキャンプグッズから状態を確認することにした。
最初は、テント。
骨組みが破損していたりと言ったことはなさそうだし、二人で入るにも申し分ない大きさだろう。
……そう言えばかつては、家族三人で一緒にこのテントで一夜を明かしたこともあった。であれば、サイズは尚更問題はないだろう。
「……テント、一つなんだ」
藍が呟いた。
「え、そうだよ?」
「……ふうん」
ん?
と首を傾げて、今更悟った。狭いテントの中、恋仲でもない男女が一夜を明かす、とは確かに望ましい状況ではないかもしれない。
しかし、生憎もう一つテントを買う金は持ち合わせていない。両親に頼むのも考えたが、多分藍は申し訳ないと断ることだろう。
「変なことはしない」
「別に」
何が、別に、なのだろう。
邪な感情が浮かんでは消えていった。
「……まあ、テントは大丈夫そうだ。……次に、おっ」
次に置かれていたのは、大きめの鞄だった。どうやら備品はここに収められているようだ。最初に手に取ったのは……。
「十徳ナイフ」
「そうだね。刃こぼれとかも大丈夫そうだ」
「そもそも、そこまで使うかな」
「まあ、あるに越したことはないだろう」
「ん」
鞄の中の他の備品も確認して、食器類は事前にもう一度洗っておこうと心に留めた。
そして、次の品へ。寝袋が三つ並べられていた。
「どうして三つも?」
藍は聞いてきた。
確かに、僕達は二人で行くわけだから三つも寝袋は要らない。
「ごめん。とにかく倉庫から出そうと思って、ちゃんと確認してなかった。庭に広げて気付いたけど、後で片せばいいやって放っておいた」
「別に謝る必要はない。……一個は子供用?」
一回り小さい寝袋を指さして、藍は言った。
「そうだね。小さい頃、家族三人でキャンプに行ったこともあったから、その時に使ったんだ」
「ふうん。こんなちっちゃいのに、入ったんだ」
「そりゃあ、小さい頃は小さかったし」
何を当たり前のことを。
そんなことで物珍しそうな顔をされても、驚き以外の感想はやってこない。
「ふうん」
「……何がそんなに物珍しいの?」
「別に」
別に、か。
であれば、これ以上その理由を聞けることはないのだろう。
藍は屈んで、子供用の寝袋と僕を見比べていた。何が彼女の琴線に触れたのか、僕はイマイチ理解出来なかった。
しばらく藍はそうしていたが、最終的には満足そうに立ち上がった。
「もういいの?」
「ん」
藍はクールに頷いた。
「あんたにも、小さい頃があったんだ」
「……君にもあっただろう」
と言うか、全人類小さい頃はあっただろう。何を当然なことを。
「ちっちゃい頃のあんた、見てみたかった」
「なんでまた」
「別に」
「それは別にでは通じないのではないだろうか」
「……ふんっ」
拗ねたな。
……まあ。
藍に、かつての僕を知りたいと言われたことは正直、悪い気はしなかった。僕だって、彼女にもっと僕を知って欲しい気持ちもあった。でなければ、好きになんてならないだろうから。
……でも、そうして思うのは最近のいつも通りの悩み。
本当に、悩みが尽きない男だな、僕は。
「……まあ、今度のキャンプは互いのことをもっと知る良い機会になるね」
ともかく、このまま彼女を拗ねさせておくのも後が怖い。僕はそれっぽいことを言ってお茶を濁すことにした。
「……ん」
短い言葉で、多少は藍の気持ちも晴れたことを僕は察した。
安堵のため息を吐きつつ、僕は再びキャンプグッズの確認作業に戻った。しばらくその作業に勤しみ、終わったところで心苦しかったが再びそれらを倉庫に戻した。
それらが終わること、僕はすっかり再び、汗を掻いていたのだった。