表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/90

汗。懐かしいやり取り

10,000pt突破!

たくさんの評価、ブクマありがとうございました!

 日中の外の陽の光は、とても暑かった。

 ふう、とため息を吐きつつ、なるべく家の壁に沿って日陰を選びながら歩き、背中に大粒の汗が滲み始めた頃に家の裏手にある倉庫に辿り着いた。

 確か、僕が生まれた頃に作ったこの倉庫には、今ではご近所トラブルもあり滅多にしなくなったバーベキューセット等々、色々なガラクタ、もとい我が家の備品が保管されている。


 その倉庫の、砂利でも挟まっているのか進みの悪い扉をガタガタ鳴らしながら開くと、ムワッと熱気が僕を襲った。


「これは、藍を連れてこなくて正解だった」


 こんな不快な思い、僕だけが味わえば十分。

 良き選択をしたと思いながら、僕はここ数か月で一番の嫌な顔を作り、倉庫内に進入した。


 庭で喧しかったセミの鳴き声が、一応室内に入ったために多少静かに聞こえるようになった。

 しかし、外よりも高湿気の倉庫内。額に、汗が滲み始めた。


「さっさと出してしまおう」


 口に出して、僕は倉庫内を物色した。

 父が趣味用にと買ったキャンプセットは、いつ振りに使用されるかわからないためか倉庫の手前には置かれていなかった。

 倉庫内は、青山家の非几帳面さがそのまま体現されているようで、入れば万事オッケーと言いたげに入り口ギリギリまで物で埋め尽くされていた。更に、埃をかぶっているせいで、物を動かす度に僕の鼻はくすぐったさを覚える始末。


 くしゃみを我慢しながら、滴る汗の不快感を堪えながら。


 ……藍を連れてこなくて良かったともう一度思いつつ、今度もう少し涼しくなった頃に父と倉庫内を整理しようと思い至った。


「ふう」


 何とか、目当ての物を見つけて倉庫外に出ることが出来た。

 ここまでの所要時間、おおよそ二十分。

 高湿気高温度の倉庫内にそれだけいたせいで、上に着ていたTシャツはまるで水遊び後のように汗でぐっしょりしていた。


 右腕で額の汗を拭いつつ、さすがに我慢出来なくなって、僕は一度家に戻った。


「どう?」


 扉を開けると、藍が玄関で尋ねてきた。

 家の中にも物音、僕の足音は聞こえていたのか、随分と早い登場だった。


「うん。なんとか見つけた」


「凄い汗」


「そうだね。暑かった」


 こればかりは、誤魔化す言葉もなかった。僕は苦笑した。


「ん」


 そんな僕を尻目に、藍は手を差し伸べてきた。

 僕は藍が何をしたいのかわからず、首を傾げていた。


「Tシャツ脱いで、洗濯機に入れてくる」


「え」


 わざわざ、どうして?

 ……と言うか、いつの間に僕の家の脱衣所の場所を知ったのだろう。

 かつての妻だった藍ならともかく、この藍はそんなこと知るはずもない。


「ん」


 色々と困っていると、藍に催促され、僕は仕方なく上着を脱いで、藍に手渡した。


「シャワー浴びてきなよ」


「……脱衣所まで、着いてくるの?」


 困って、僕は尋ねた。


「もちろ……」


 言いかけた藍の顔が、途端に真っ赤に染まった。そして、汗でぐっしょりのTシャツを返品された。


「……着替え持ってくる」


 藍は方針を転換して、着替え係を買ってくれるようだった。


「ありがとう」


 僕はTシャツを持って、藍の隣を横切った。


「脱衣所の前に置いておいてくれればいいから」


「ん」


 簡素な返事の後、僕は脱衣所に入って、洗濯機に衣類を全てぶち込んだ。

 そして、洗濯機を回して……藍、下も持ってきてくれるかな、と不安に駆られた。さすがに、夫婦時代であれば衣類の忘れ物をした時も無遠慮に家の中を闊歩出来たが、今の藍にそれは出来ない。


「……なかったら、何とかしよう」


 後々の面倒事は、後々解決させよう。

 すぐ後回しにしようと思うところは、僕の悪癖であり改善点である。わかっているのに、それが解決される日は近くはないらしい。


 それから、シャワーを浴びて不快だった汗を流した。

 暑い中で浴びる熱いお湯であるのに、気持ちが良いのは不思議なことである。


「……武」


 藍の声が、脱衣所から聞こえた。


「ん?」


「着替え、置いておくから」


「脱衣所の外でも良かったのに」


「……良いから」


 まあ、良いのであれば良いか。


「わかった。ありがとう」

 

 お礼を言うと、藍はそそくさと脱衣所を後にしたようだった。扉が閉まる音が風呂場まで聞こえた後、洗濯機の音がゴーッゴーッと鳴り響いた。


 ……下の着替えはあるだろうか。


 まあ、良い。汗を流して確認しよう。


 ……それにしても今の、やり取り。


 脱衣所と風呂場の間の薄い扉一枚越しにした藍との簡素な会話。

 どうしてか、とても懐かしく感じた。

 懐かしい……と言っても、一応今の年代から見れば未来の話。勿論、それは僕と藍が結ばれた後の思い出。


 どうしてか、たった今の簡素な数秒の会話で、僕はそれを思い出すに至っていた。


 ……その理由は、わからなかった。

 髪に絡み泡立ったシャンプーがシャワーに洗い流されると、一緒に僕の頭から抜けるくらい、その感覚は微細で僅かなものだった。

なろうコン一次の結果発表明日ですね。何か突破してればいいなあ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い [気になる点] 可愛い [一言] 体調に気をつけて毎秒投稿してください!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ