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お悩み事

一日サボりました!

ごめん!

 赤裸々な告白の後、森下先輩……改め、森下さんは本当に天文部へと入部してきた。一応、僕には自身のタイムスリップした経緯を話してくれたが、当然他の部員達にそれを語ることを、彼女はしなかった。

 だから、僕と森下さんの距離感は大幅に変化した、とは周囲から当然、見えるはずもなかった。


「ねえ、どうでも良いんだけどさ」


 と、普通なら思うようなはずだが……目ざとい人が、約一名。


「あんた、最近鼻の下伸ばしすぎじゃない」


 あんた、とは僕のこと。

 藍は、いつもは僕のことを青山、か……将来的にも武と呼んだ。しかし度々、内心に溜まった怒りを放出したがっている時、藍は僕のことをとても他人行儀な呼び方をする。

 あんた、と呼ばれるのは、正直とても辛い。

 愛した彼女に、そんな他人みたいな言われ方したくなかったし、何より用は、それ怒る前兆だから。

 だから、嫌だった。


「別に、そんなことないよ」


「はっ」


 藍は僕の言葉を笑って見せた。


「そうやって、皆に良いカッコしちゃってさ」


 最早僕達の口喧嘩など聞き飽きた部員達は、話にも介入せず作業に没頭していた。六人目の部員の参入のおかげで、プラネタリウム製作のための作業はますます順調さを増していっていた。このまま行けば、夏休みも半分くらいは自由に遊べそうだった。

 だからこそ、遊ぶ時間を増やすべきにも部員達は汗水垂らして作業に没頭していたところもあるはず。


 だから、今僕達の口論を楽しそうに聞く耳立てている森下さんは、そこまで夏休みを遊ぶことに執着はしていないのだろう。


「別に、嫌われるよりはマシではないだろうか?」


 森下さんの視線をチラチラ感じながら、どこかの誰かの冷たい態度を鑑みて、そう言った。

 どっかの誰か、もとい藍は、顔を真っ赤にさせていた。怒っているようだ。


「別に、あたしだけに良いカッコ見せれば良いじゃない!」


 怒声。

 部室に響く怒声に、驚いた様子の他部員。森下さんは笑いを堪えるのに必死なようだった。


 僕はと言えば、藍の言葉を糞真面目に反芻していた。

 反芻して、何と答えるべきかと逡巡した。


 ……まあ。


「まあ、それも悪くないよね。うん」


「いいんだ」


 優子さんに突っ込まれた。

 まあ、基本的に他人の顔色を窺うたちでもないし、正直、他人に良い恰好を出来ていた自覚もない。であれば、せめて藍にくらい良い恰好を見せたいものだ。


「……ふうん」


 藍は、品定めするように僕を見た後、納得げに唸った。


「まあ、別に良いんだけど」


「そうなの?」


「……別に。あんたのことなんて……」


 言う途中で、藍は言葉をつぐんだ。


「……後で、付き合って」


「え、何に?」


「いいから」


 ……まあ。


「いいなら、良いよ」


「……ふんっ」


 藍は、怒った様子で自分の持ち場……僕の隣での作業を再開した。


 と言うか、今更僕、一体誰に向けて鼻の下伸ばしていると思われたのだろう。自覚がないからわからない。

 今から聞いたら……怒られそうだ。


 後で、付き合ってか。


 その時にでも、尋ねれば良いか。


 もうまもなく、この作業も終わり、文化祭へ向けての準備も一区切りが着く。


 思えば、唐突な部への勧誘から始まり、色々なことを体験してきた。プラネタリウム製作のために色々策を練り、生徒会メンバーの一人と協力関係になり、そしてまさか、その協力関係になった人が僕と同じようなタイムスリップをしてきた人だったなんて。


 当時は思いもしなかった。

 

 当時は、そう……。

 前の。

 タイムスリップ前の、高校生活と。


 同じような高校生活になるだろうと、思っていたんだ。


 しかし、あの時の高校生活に比べて、随分と違う楽しい生活を送っている気がする。


 色々、変わってきている気がする。


 ただ、変わらないこともある。


 隣に、藍がいることだ。


 藍との関係だけは、前も今も、変わらず築かれていっている。


『でも、後悔したからタイムスリップしたんでしょ?』


 ……でも、このままで良いのだろうか。


 僕達はこのままで……同じ失敗を繰り返さないのだろうか。


 ただ、どうすれば同じ失敗を繰り返さないのか。それも、わからないのが現状だ。


「どうしたものか」


 僕は頭を掻いた。


「……あんたでも、困ることあるんだ」


 藍に言われた。誰のせいだ。


「勿論、むしろ悩んでばかりだ」


「……そう」


「そうだよ」


 本当に。


 悩んでばかりだ、僕は。

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