同じ境遇
翌日のことだった。
今日も今日とて、夏休み二日目なのに学校に行く予定に僕はなっていた。内容は相変わらずのプラネタリウム製作のための作業書。
昨日はあの後、邪魔が入って進捗が芳しくなかった。
だから、予定通りに進めるためにも今日も集まりましょう、と相成ったのだ。
学校に行く日と同じ時間に起きて、いつも通りの時間に学校に行くのもしょうがないので、僕は家でのんびり朝のニュースを見ているのだった。
母は、そろそろ出掛けて行く。
ピンポーン。
そんな時間に来客はやってきた。まったく昨日と、同じ時刻だった。
「あらぁ、二日続けてね」
母の声的に察した。
どうやら今日も、藍が来たようだった。
僕はリビングを出て、玄関へ向かった。
「おはよう」
「……うん」
恥ずかしそうに、藍はもじもじとしていた。
どうしたと言うのだろうか。
「じゃあ、行ってきます」
「はい、いってらっしゃい。藍ちゃんもね」
「……はい」
僕達は家を出た。相変わらず暑い外。本当、夏と言う季節が嫌いになりそうだ。
それにしても、今日の藍はなんだかずっともじもじしている。まるで何かを恥ずかしがっているように見える。
「ねえ、藍」
「……ん」
「藍ってさ。やっぱり森下さんと交流あるの?」
昨日は確か、藍必殺の別に、でお茶を濁された。
「……なんであの人の話するの?」
どうやらご機嫌を損ねてしまったらしい。
なんと言うべきか。
「……別に?」
そこまで深い意味はない。ただ、なんだか不機嫌な彼女を見ているのは、飛び火しそうで怖いだけだ。
「じゃあいいじゃん」
プリプリと怒って、藍は先を歩いて行った。
しかし彼女は、少しそうして怒って先を歩いて、すぐに思い出したように僕の隣に戻ってきた。
「……ね、ねえ、青山?」
「何?」
藍は返事はせず、僕に左手を差し出してきた。
僕は首を傾げていた。
「手」
「手?」
「……繋ご」
ああ、なるほど。
……言ってくれないと、本当に僕はわからない男だな。アハハ……。
「うん」
微笑んで、僕は藍の誘いを快諾した。
藍の手を握ると、彼女は面白いものでも見つけたように握った手をふにふにと握り直していた。
少しだけ、くすぐったかった。
「ふふ」
ただ、藍は上機嫌らしい。ならば、万事オッケー。
そうして、藍と手を繋いで電車に乗り、学校傍までは隣同士に歩いた。途中、駅の改札で手を繋いだままどう出るか、と藍は四苦八苦していたが、何も考えずに僕が手を離したら一瞬不機嫌になった。
それでも、もう一度握ったら機嫌を良くしてくれたので、セーフ。
学校傍まで来たら、これ以上は人目もあるからね、と手を離した。藍は、少し名残惜しそうにしているように見えた。
ただ、一緒に部室まで歩いたのは言うまでもない。
「おはようございます」
部室の扉を開けて、挨拶をした。
部室にいたのは、江頭先輩だけだった。
江頭先輩は、僕達に気付いた途端にとても嬉しそうに微笑んでいた。
「青山君!」
そして、そのまま僕へと向けて、微笑みかけて手を握ってきた。
藍の方から冷たい視線を感じたが、これは僕も予想外だったのだから咎めないで欲しい限りである。
「は、はい?」
「ありがとう。本当に、ありがとう」
「……何がです?」
身に覚えはないが、褒められた。
褒められること自体は、悪い気はしなかった。
ただ、本当に一切身に覚えがないから。
僕は、非常に微妙な顔をしていたように思えた。
「……もう。何驚いたような顔しているんだい?」
そりゃあ、驚いているからですが。
言葉が喉の奥から出ることはなく、僕はしどろもどろしていた。
「森下さんから聞いたよ」
「……ああ」
とりあえず、管理者への提案を一つは出せたことでのお礼、か。
ただ、それくらいのことでそんなに褒めてくれなくても良いのに。だって、まだ実際そのロケ地が使えるかはわからないのだから。
「別に、お礼だなんて」
「それ、ちょっと藍ちゃんっぽい」
気付けば、江頭先輩は藍のこと、藍ちゃんと呼ぶくらいには親しみを持っていてくれたのか。それが嬉しいと思いつつ、藍の冷たい視線がやはり痛かった。
「でも、お礼を言うのは当然だろう?」
「いや、そんなことないでしょ」
まだまだ問題は山積みだ。
管理者に対して、まずは一回当たってみるとして、果たして許可をもらえるか。昨日の案だけでは不安なのは、変わらない。
「そんなことない。森下さんだって、君のこと褒めていた」
「それは、そうですか……」
「うん。本当に……本当に、ありがとう」
お礼を言って、江頭先輩はようやく僕から手を離した。
「まさか、もう管理者から許可を取ってくれただなんて」
そして、江頭先輩は予想だにしない言葉を放ったのだった。
……許可を、取った?
僕の知る限り、それはまだ先の話だ。
「それ、誰から聞きました?」
我ながら、この時は驚きを隠せていなかった。
江頭先輩の肩を掴み、驚愕を隠さぬ素振りで、僕はそう問い質していた。
「も、森下さんだけど……」
なんだ、それ。
……なんだよ、それっ!
僕は天文部を飛び出していた。
逃げ道を塞がれたのだと思っていた。
だから、頭に血が昇っていた。
まだ完了していないことを完了したと、誤報されたと思ったのだ。もしそうされたのならば、要求されることは、必ず期限までにロケ地の許可取りを成功させなければならなくなるのだ。
そんなの、当初の約束から乖離した話だ。
当初の話だと、僕には失敗だって許されていた。
でも、これでは失敗の道はなくなるのだ。
そんなの、許せるはずがないではないか。
だから僕は廊下を走り、森下先輩のいる教室に赴いたのだ。
「お、おはよう」
森下先輩は、軽薄な挨拶を僕にお見舞いした。教室には、他にはまだ誰もいなかった。
「ちょっと、先輩! 聞いてないですよ!」
「何が?」
「江頭先輩に、ホラを吹き込んだでしょ? 逃げ道、勝手に塞いできてるじゃないか!」
「……ああ」
森下先輩は、思い至ったように手を叩いた。
「うん。昨日電話で、管理者からは廃墟の貸し出しの許可はもらったよ」
「……え」
……許可を、もらった?
「直接お会いして、と言ってもみたけど、随分と気分を良くしてくれてさ。この電話だけで大丈夫だよって」
そんな、簡単に?
頭が痛くなりそうだった。
意味がわからない。
そうだ。
意味がわからない。
「あなた一人の交渉で、どうにかなったって言うんですか?」
「うん。そうだよ」
あっけらかんと、森下先輩は言った。
「あ、でも勿論。プラネタリウム製作の方も協力するから。安心して」
「そうじゃないです。だったらなんで天文部に協力を仰いだんだ」
熱くなる気持ちを押さえながら、それでも語気を強めて僕は尋ねた。
「あんな脅し文句まで使って、意味がわからない。だったら最初から、まずは自分で一回当たってみたらよかったじゃないか。そうしたら無駄な仕事も増やさずに済んだ」
……思えば、この人は初めから、僕が言う問題点も。ずっと見抜いたように微笑んでいた。もしかして、本当に最初から全てを見抜いていた?
見抜いていた上で、一人でもなんとかなると思った上で、敢えて僕達に協力を仰いだ?
意味がわからない。本当に、意味がわからない。
「もう、青山君。言ったでしょ?」
一通り、僕の話を聞いて、森下先輩は呆れた様子だった。
「天文部を頼った理由。それは君がいたから、よ」
……それは、最初に。
脅し文句を使われ、森下先輩に手伝うことを半分強制され、そうしてそれでも、どうして天文部を頼るのかわからなかった僕がそれを聞いた時、森下先輩が答えた理由だった。
背筋が、ゾクリと冷たくなった。
「……どういう意味ですか?」
「確証が欲しかったの。疑り深い性格でね」
「……何の?」
「……横断歩道の設置の件。プラネタリウム製作のための色々な動き。それらを聞いた時、思ったの。前、の青山君とは全然違うなって」
……前、の?
僕と森下先輩は、中学も小学校も一緒ではなかっただろう。
じゃあ、森下先輩が今言った、前、とは?
「だから、確証が欲しかったの。実際に見てみて、ね」
口内が急激に乾いていった。
生唾を飲みこんだ時、ゴクリ、と喉が鳴った。
「あたしと同じく、タイムスリップしているんじゃないかって。それを見極めるためにね」
なんでラスボスみたいな雰囲気醸し出してるの?
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