頼み事
……まあ、なんだ。
これだけ淡々と、思ったことを語ったわけだが、正直これだけの条件で管理者が納得するのか、は自信はなかった。
結局、僕は管理者当人と廃墟の貸し出しについて交渉したわけではないから、管理者が本当に若者の不良行為に頭を抱えているのかはわかっていないためだ。
ともあれ、地図を見て廃墟のある環境を把握して、かつこれまでの情報を得た限りで話せることは、これくらい。
あとは、直接管理者と話してみての、出たとこ勝負になるだろう。
「さすがね、青山君」
森下先輩は、手放しに僕の提案を褒めてくれた。ただ彼女の笑顔を見ていると、むず痒さを覚えると同時に内心が見透かされているような気がするのは、何故だろうか。
……まあ、良いか。
最低限、廃墟の貸し出し許可へ向けての提案は出来たのもまた事実。
自分から不安だ、などとこの場で語り、深堀させられる時間を生みたくはなかった。何度も言うが、彼女に協力をしようと思ったきっかけは、天文部のプラネタリウム製作のためなのだ。
だから、この話はこれでおしまい。
……あとは。
「森下先輩、廃墟の管理者の方とお話しする場のアポ取り、してもらっていいですか?」
「そうね。先日、別の子が交渉に当たった時はアポなしだったみたいだから、今度はキチンと日取りしておいた方が良いわね」
森下先輩は、納得げに微笑んでいた。
「勿論。青山君も一緒に来てくれるんだよね?」
「はい。さっさと終わらせましょう」
「やった。じゃあデートだね」
いや違うだろ。
僕は抗議の意味で、目を細めた。
ただ森下先輩はあまり気にしている様子ではなかった。
「何着て行こうかな。今から迷うよ」
「そうですか、存分に迷ってください」
なんだか演技臭いんだよな、森下先輩の発言は。
それでもここまで好意的なセリフを吐かれると、ときめく気持ちがないわけでもない。まあ、藍にされることがなかった対応だから、やはり免疫がないのだろう。
ただそんな演技臭いセリフだから、僕もおざなりな言葉を吐いてしまうのだ。
でも、あんまりおざなりな発言をするのも失礼な気もしてきていた。一応、好意的に思っていなければこうは言わないはずだから。まあ、言った傍からなのだが。
「ねえ、青山君?」
「何でしょう」
「青山君は、女の子の着てくる服、どんなのが好むなの?」
「……好みを答えられるほど、その話題に僕は明るくないです」
「へえ。……藍ちゃんは、大人っぽいのが似合いそうだよね」
……なんでそこで、藍の名前が出てくるのだ。
恨めし気に森下先輩を睨むと、彼女は心底楽しそうに微笑んでいた。
「じゃあ、当日は楽しみにしててね」
「……うぁい」
否定しようか無礼を重ねないために肯定しようか。
寸前まで悩んだ末、出てきた言葉はなんとも曖昧な返事であった。
……そうだ。
「先輩、管理者へのアポ取り、再来週の火、水は止めてください」
「どうして?」
……藍と、キャンプに行くから。
素直に言いかけて、なんだか言ったら面倒事になる気がしたので口をつぐんだ。
「……管理者さんとの交渉に失敗したら、そこからだと巻き返せない」
「なるほど。わかった」
……上手く誤魔化せただろうか。
「……ところで」
森下先輩は、またまた微笑んでいた。
「その再来週の火、水で。藍ちゃんとどこに行くの?」
いや、何故わかる。
背筋が凍った。勘が鋭いにもほどがあるだろ。
「……別に」
「それ、藍ちゃんっぽい」
今までのお淑やかな笑顔と違い、今度はケラケラ笑い出した。なるほど、僕は今、弄られているのか。
「別に、藍と一緒にどこか行くわけじゃないですよ」
「坂本さん、じゃないんだね」
墓穴を掘った……。
「と、とにかく。そう言うわけでそう願い出たわけじゃないんですよ。ただ先輩達のクラスの映画製作のためを思って、そう願い出ただけです!」
「……ふふ。まあわかったよ」
本当か?
すごい不安。
「まあ、交渉材料も出てて後回しにするのも時間が勿体ないのは事実だもんね。わかった。後で管理者に電話してみて、一番直近で用事がない日に対談の申し出をしてみるよ」
「お願いします」
「それじゃあ……あたしも天文部、遊びに行こうかな」
「勘弁してください……」
この人の手のひらの上で遊ばれて、今日はホトホト疲れた。出来れば御免被りたい限りであったが……言葉通り、森下先輩は僕の後に続いて天文部へと遊びに来たのだった。
教室を横切る時、彼女はクラスメイトに向けて一言二言声をかけていたが、その様子を見ているだけでもクラス内で彼女が信頼されている様子はうかがい知れるのだった。
そして、天文部へ来て、楽しそうに皆と雑談して、藍がとても不機嫌そうに森下先輩を睨んでいて。
やはりあの二人、何やら確執があるらしいなあ、と僕はぼんやり考えていた。




