真逆な人
物理室に藍と辿り着き、しばらく他の部員達との会話を楽しみ、それから僕はしばらく最近日常になりつつあったプラネタリウム製作の作業書の作成をした。
昨日こそ邪魔が入ったものの、作業は順調に進んでいた。恐らく、ロケ地の承認作業とほぼ同じくらいにして、こちらも作成が完了するだろう。そうしたら、後は見積を作るだけ。恐らく夏休み中に予定通り作業を完遂することが出来るだろう。
「じゃあ、そろそろ行ってきます」
「いってらっしゃい」
そろそろ、森下先輩と約束した時間。
僕は、物理室を後にしようとしていた。
「……青山君」
「はい?」
物理室を出る間際、僕は江頭先輩に呼ばれた。
「……ごめんな。なんだか巻き込んでしまって」
森下先輩を部室に呼び込んだのは、他でもない江頭先輩。なるほど。責任を感じるのも無理はない。
「大丈夫です。さっさと話を終わらせて戻ってきますよ」
「……その」
「はい?」
「森下も、悪気があってあんな脅し文句を使ったわけじゃないんだ」
……藍の言葉を借りるなら、元々は森下先輩は、利益があるように見せかけて、僕達を協力する方向に誘導するつもりだったのだから。まあ、脅し文句を使ったこと自体は悪気はなかっただろう。
あるとしたら、文化祭を成功させたい、と言う強い気持ちくらいではなかろうか。
人に酷いやり方を強いることは、性格がひん曲がってでもいない限り、早々出来ることではない。
森下先輩としたら、文化祭の映画を必ず成功させなければならない責任感でもあったのだろう。何せ、彼女は生徒会会計。一般の生徒の上に立つ、模範生。
……そりゃあ、時には自分の思惑通り話を進めるために盤外戦術も用いる、か。
まあ、正攻法で攻めろよ、と言いたい気持ちもあるが、脅されたと言え自分達の利益のために森下先輩の話に乗っかった時点で僕達も同罪、か。
……好意的解釈をすれば、まあこんなものか。
「わかってます。それに、僕達だってこれに乗ればプラネタリウム製作に向けてこれほど後押しになることはない。だからこそ乗っかった」
結局は、利益があると思ったから森下先輩の話に乗っかったのだ。
……なんとなく、森下先輩に乗っかれば何とかしてくれそうなカリスマ性みたいなものを、彼女は持っているように思えた。
「まあ、あんまり面倒そうなら逃げ帰ってきます。あくまで僕は、言った通り、メリットがあるから乗っただけ。こちらの作業に支障をきたすなら、穏便に逃げてきます」
あとは、それも通じると思ったからこそ、受け入れたのだ。駆け引きした感じ、全てを受け入れろの矢沢先生とは、あの人はきっと違う。
「……じゃあ、そろそろ」
「うん。頼むよ」
物理室を、僕は後にした。
……それにしても、不思議な人である。あの森下先輩と言う人は。
藍にあそこまで嫌われ。
江頭先輩にフォローしてもらえる程度に好かれ。
そして、時には初対面の人にも脅し文句を使える。
女王様気取り。
まあ、確かに。僕達のことを下に見ているからこそ、交渉が難航すれば強気に言えるわけか。
いや違う。
さっきも言った通り、彼女には彼女なりに今回の文化祭の出し物を成功させる責任感があるんだろう。
それは、まるで大人が社会人になった時、金を得るために仕事をすること。責任をもって仕事に励むことに似ている気がする。
僕とやり方が、似ている気がする。
……考えすぎだろうか。
「こんにちは」
「おっ、来たわね」
森下先輩との待ち合わせ場所だった、彼女の教室。
教室では、映画の撮影のためか、複数人の先輩のクラスメイトが作業に勤しんでいた。多分、小道具班だろうか。
「ご苦労様。悪いわね、天文部の方も忙しいのに」
「えぇ、そうなんです。プラネタリウム製作の方も中々大変で」
順調だったが、ホラを吹いた。後々の逃げ道の伏線にでもなれば、と思っていた。
「あれ、江頭さんは順調って言ってたけど?」
筒抜けやんけ。
「まあ、何分初めてやることですから。認識に齟齬があっても不思議ではない」
「君がいて、それはないでしょ」
アハハ、と森下先輩は笑った。買い被られたものである。
「先輩、雑談する時間も勿体ない。本題に入りましょう」
「えぇ、あたしは君と話す時間、好きよ?」
……え、なんで頬を赤らめて言っているの?
「でも僕も出来れば、もう少し天文部の作業を手伝いたいんです」
「えぇ、じゃああたしも、天文部に入ろうかなあ」
「……それは」
口ごもった。
まあ、部として認可される五人、という人員はいるとは言え、もっと集まるなら人手を増やすことに越したことはないのだろう。
ただ、口ごもった。
……なんとなく。
苦手だ、この人。
藍とは真逆。好意的な気持ちをこうまではっきり言える人に、僕は免疫がないらしい。
「冗談じゃないよ?」
念押しすな。
「わかりました。それは江頭先輩と相談してください。とにかく、本題に入りましょう」
「フフ。わかった。じゃあ快諾してもらっておくね」
森下先輩は一度微笑んで、教室を出ようと指で促してきた。
教室を出る時、僅かな会話ながら周囲の視線を集めていたことに、僕は気が付いた。
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