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悲しそうな人

 森下先輩との依頼の確認も終えて、ようやく一学期最終日の帰宅の時間がやってきた。夕暮れ広がる空の下、僕はいつも通り藍に誘われ、彼女と一緒に帰ることになった。


「一緒に、帰ろ」


「うん」


 先日よりも恥じらいが少なくなって誘うようになった藍に対して、僕は笑顔でそれを了承した。

 廊下。玄関。校門までの道。


 いつもより人気が少ないのは、今日が一学期最終日だからだろうか。もしかしたら、部活をいつもより早くに切り上げて、一足早くにどこかへ遊びに行く、なんてこともあるかもしれない。


「それにしても、面倒事になったものだ」


 道中、いつも通り言葉少なく歩いていた僕達だったが、少し呆れたようにそう言ったのは僕だった。


「ん」


 ん、だけしか藍は言わなかった。それは少し意外だった。


「今日は、たくさん君の可愛らしい声を聞けた」


 それは、半分皮肉。半分喜びからの言葉。

 いつになく、今日の藍は積極的に話していた。部活中の藍があんなに……まあ、好戦的な言葉が多かったが、とにかくあんなに話に参加するだなんて、意外だった。


「何言ってんの」


 そう言って、藍はそっぽを向いた。

 僕は苦笑しながら、藍の方を眺めていた。夕日のせいか、藍の顔は赤くなっているように見えた。


「坂本さんは……」


「藍」


「藍は、森下先輩と会ったことあるの?」


 これは失敬。本当、いつもふとした時は藍、と言葉に出そうになっていたのに。名前を呼んでと言われた頃からそれが出てこなくなった。人って本当に不思議である。


「別に」


 藍は僕の質問に、そう答えた。

 今までの藍なら、きっと言葉の通り会ったことなんてない、と言いたかったのかもしれない。


 ただ、今の藍だとまるで、深掘りなんてするんじゃない、と。


 そう、言っているように聞こえた。


 別に、藍に嫌な思いをして欲しいわけではない。僕は納得したわけではないものの、この場は引くことにした。


「……それより、さ」


「ん?」


 唐突に、藍は立ち止まった。

 立ち止まった藍の方を見ると、丁度生温い風が僕達の真横を吹き抜けた。その陰鬱な気分にさせる風に少し目を細めつつ、風に髪を靡かせる藍を、眺めた。


 藍は、少し不機嫌そうに顔を歪めていた。

 これから僕を咎めますよ、と顔に書かれていた。藍は、一つ息を吸った。


「キャンプの日って、いつ?」


 前後の話の流れを無視した質問だった。


「……話してなかったっけ?」


 ただ僕が、藍を咎める言葉をかけるわけがなかった。両親に一泊の了承をする、だなんて重荷を背負わせておいて、まさかそこを話してないだなんて、申し訳ない気持ちに駆られていた。


「再来週の火曜日、水曜日、だね」


「……と言うことは、夏休みが終わる三週間前、だよね」


「そうだね」


 なんで、わざわざそんな言い方に変えたのだろう。

 その日に親の許可を取れば良いよね、とそれで話は終わりだと僕は思っていた。


「ダイジョブ、なの?」


「何が?」


「ロケ地の申請」


「ん?」


 言葉少なく不安げに瞳を揺らす藍に、僕は首を傾げていた。


 ロケ地の申請。

 それはつまり、さっき森下先輩に押し通された依頼事項。夏休みが終わる二週間前までにロケ地の管理者からの承認を取る、と言う依頼事項だ。


「……あ」


 そうか。

 キャンプに行く日とロケ地申請までの作業。丁度それらは、バッティングすることになっているのか。


 間抜けな声を出して、思わず藍を見た。


 藍は、露骨に渋い顔で僕を見ていた。少しだけ寂しそうにも見えた。そんな藍の顔を、僕が見たいと思うはずもなく、僕はどうにか藍に立ち直って欲しいと慌てた。


「だ、大丈夫だよ。それまでに終わらせれば良いだけだ」


「終わらせられるの?」


 寂しそうに、藍は尋ねてきた。


「うぐ……」

 

 正直、あまり自信はない。

 何せ、管理者には一度だけでなく二度も、映画のロケ地に廃墟を使用することを躊躇われているのだ。手土産一つさえない依頼だったとはいえ、二度断られたと言うことは、三度目は今まで以上に一方的に拒絶されてもおかしくないのだ。

 だからこそ、難しいと思っているからこそ、さっき僕が成功は保証出来ないとまで、森下先輩に言ったのだ。


「……な」


「な?」


「なんとか、するさ」


 苦し紛れの言葉に、藍は気落ちしたように俯いた。


「だ、大丈夫だって」


 僕は再び、藍を励ますかのように言葉を続けた。


「大丈夫。これまでだって、そうだったんだから」


「……本当?」


 上目遣いに僕を覗く藍に、少しだけ変な気持ちになった。今の藍は、まるであやされる子供のように見えた。


「本当さ」


「……信じていいの?」


「勿論」


「……じゃあ」


 スッと、藍は小指を立てて僕の前に差し出した。


「ん?」


 間抜けに、僕は目を丸くして小首を傾げた。


「指切り」


「……えぇと」


 指切り。

 そうであれば、彼女の小指を握るべき、なのだろう。


 僕は。

 僕も、小指を差し出し、藍の小指に絡ませて、彼女の手の温もりが手に馴染んできた頃、藍は手を振りだした。


「指切りげんまん。嘘ついた……り、裏切ったり、他の女に目を奪われたりしたら……」


「え? え? え?」


 なんだなんだ。

 ローカルルールか?


 大富豪だけでなく、指切りもローカルルールがあったのか。随分と嫉妬深いローカルルールだ。怖い。


「……針、一本だけ飲ます」


「……千本じゃなくて良いの?」


「だって、痛いでしょ?」


 一本でも痛いよ。

 突っ込もうとする間もなく、藍の小指は僕の小指からするりと抜けて、再び藍は歩き出した。


 ……また、藍の新たな一面を見れた気がした。

 かつての、タイムスリップ前までなら見ることも出来なかったであろうその素顔。


 僕は、少しだけ微笑んで、藍の隣を歩き出した。

イチャイチャして、こいつらなんなんだ。結婚しろよ。してたわ。

日間ジャンル別ランキング十位を割り、やはり順位安定させるのは難しいなと実感する今日この頃。

何卒、たくさんの評価、ブクマ、感想宜しくお願いします!!!

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