固執される理由
「君がいるからよ、青山君」
しばらくして、森下先輩は言った。
「そうですか」
それなら仕方ない。だって、僕の力が必要だってことだもんな。それなら仕方ないなー。
ドンッ。
「いて」
藍に肘鉄された。
「鼻の下伸ばすな」
「伸ばしてないやい」
文句を言うも、藍は即知らんぷりだった。
……まあ、多少? ほんの少々? そうだったかもしれないことは認める。以後、気を付けます。
「えっと、森下さん?」
戸惑い気味に、江頭先輩は続けた。
「その……青山君がいるからって、どういうこと?」
「まあ、半分冗談なんだけどね」
森下先輩は微笑んで、続けた。
「ほら、この一学期中にあったじゃない。一年のあるクラスの学級委員が、クラス活動である横断歩道の設置のために、矢沢先生を論破して教頭先生校長先生を引っ張り出して、顎で使って、公安委員会から承認もらったって話」
「あー、おっちょこちょい青山」
それは蔑称だぞ、宮本君。以後控えて頂きたい。
檀上の卓に頭を打ちつけた時のことを思い出して、僕は宮本君を睨みつけた。
「と言うか、なんでそんな悪評めいて伝えられているんですか?」
「だいぶ誇張して言っただけ。安心して」
「いや出来るか」
突っ込むと、森下先輩のせいで沈んでいた物理室に笑顔が漏れた。
笑っていないのは、藍と僕だけ。藍はまあ、平常運転。僕は森下先輩の言うことが冗談には聞こえず、内心少し焦っていた。
「で、それがどうしたんですか?」
「つまりはそれが理由よ。青山君、引いては横断歩道の設置に向けて検討、準備を重ねたクラスメイトがたくさんいる天文部は、恐らく今一番、目上の人との交渉事に長けている部活動よ」
「いやー、別に俺達は何もしていないしな」
少し照れながら、頭を掻いて優子さんを見つめたのは宮本君だった。
「そうだね。まあ確かに準備は頑張ったけどさ。でも、そう言われるのは少し嬉しいかも」
次いで、優子さん。
二人は見つめ合った後、嬉しそうに微笑み合っていた。なんだかさっきまでの森下先輩への警戒を、おだてられてすっかり解いたらしかった。
「でもまあ、確かに青山に頼ろうって言うのは納得だなあ」
納得げに、宮本君は言った。
そう言えば彼は、僕のことを結構買ってくれていた。
なんだっけ、えぇと……そう。
今一番勢いのある一年生。宮本君曰く、僕はそんな若手芸人みたいな煽り文が似合う男らしい。
「そう言うこと。今も話してみて思ったけど……君は随分物怖じしない性格をしている」
そりゃあ、たかだか一つ上の先輩と話す程度で物怖じも何もないだろう。
「だからこそ、あの矢沢先生相手にも物怖じせずに文句を言えて、そうして自分の意思を通すのにはどうすれば良いかわかっているから、教頭先生校長先生相手にもなんだって言える」
……そこまで手放しで褒められるのは、背中がむず痒い。
「だから、今会話して一層思ったよ。君に手伝って欲しいって。他でもない君に手伝ってもらえれば、百人力だろうって」
「……そうですか」
僕は、少し考えた。
今森下先輩は、随分と僕のことをおだてている。背中がむず痒くなるくらい、手放しに褒めてくる。
……なんだか裏がある気がしてしょうがない。
それこそ、彼女の言葉を借りるなら。
今、森下先輩と会話をしたから、より一層そう思った。
でも、断る選択肢はない。乗るしかないのだ。この見え見えのトラップに。
「……一つだけ」
「何かな?」
「その、つまりは先輩は、僕に映画のロケ地の承認作業を手伝って欲しい、とそれで合っていますよね?」
「天文部全員で手伝ってくれても構わない」
「いえ、プラネタリウム製作のことも考えて、人手はあまり割きたくない。先輩達のクラスの出し物を手伝うのは僕だけで十分です」
こっそり江頭先輩を解放しろ、と言う意味で言ったが、通った。一先ずこれで、江頭先輩は天文部の作業に戻れる。
「そう? まあ、君が言うならそれで良いわよ」
「ありがとうございます。そしたら、もう一つ」
「何?」
「先輩は随分、僕のことを手放しに褒めますが……はっきり言って過大評価です」
「そんなことはない」
「あります。そうやって手放しに褒められても、手伝うことは出来ても、成功は保証出来ません」
「……なるほどね」
豚もおだてりゃ木に登る。そんな言葉もあるが、僕はどこまでおだてられても、成功を保証することは出来やしない。
つまり、協力は惜しまないが最後にケツ拭きをするのはそっちだ、と明言したわけだ。
「わかった。それでも構いません」
「……本当に?」
「勿論。あたしは別に君を取って食おうと思ったわけじゃない」
「……どうだか」
吐き捨てるように、藍は言った。
……なんだか藍、森下先輩に対して随分と敵対心を持っていないか? いや、優子さんにも同様か? うぅむ、彼女のことは中々わからない。もっとわかりたいとは思っているんだけど。
「まあとにかく、手伝うことは構いませんよ」
「そう、ありがとう」
微笑んだ森下先輩に、一先ず最低限の意思は通せたかな、と僕はため息を吐いた。
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