脅し文句
「わ……先輩」
藍は森下先輩を睨みつけていた。
「何?」
「嫌です」
「……えぇと」
「相談乗るの、嫌だと言ってます」
即決速断。
藍のあんまりな態度に、驚いたのは江頭先輩含めて天文部員三名。
僕はと言えば、なんともストレートな物言いに苦笑していた。
まあ、どうして藍がそんなことを言い出したのか、はわかっていた。
「森下先輩、僕も同じ気持ちです」
僕は藍の意見に乗った。
「どうして?」
「正直に言って、天文部のプラネタリウム製作も佳境を迎えている状況を鑑みて、その話に乗っかるメリットが僕達にはない」
頷いたのは、藍だけ。
とは言え、皆同じ気持ちであることは否めない。そうでなきゃ、さっき江頭先輩が中々現れないことで消沈したりもしないはずなのだ。
……とは言え、だ。
「でもさ、二人共。もっとオブラートに包んだり出来ないの?」
「他にどんな言い方があるの」
優子さんに噛み付いた藍。優子さんは平和的解決を望んだのだろう。まあ、藍の言い方もあんまりだと思う。少し不機嫌そうなのは気のせいか。さっきまではそんなこと……あったようななかったような。
優子さんは、少し面白くなさそうに藍を睨んでいた。
「でもさ、曖昧に言って認識の齟齬を生んでもいけないだろ? こういう事は、はっきり言うべきだ」
僕は二人の仲を取り持つように言った。途端、二人から睨みつけられた。まあ、敵対者が僕に変わったのであればそれでも良い。
「それに、僕……と坂本さんは、何も手伝わない、と言っているわけじゃない」
再び、藍に睨まれた。何故?
「え、そうなの?」
「うん。僕が言ったことは、あくまでメリットがないから嫌だ、と言っただけ。だってそうでしょ。人は損得勘定で生きている。メリットもないのに協力するだなんて、極度のお人好しくらいしかいないよ」
だからこそ、メリットさえあればその話にも乗る、と言うものだ。とにかく、今のただ手伝って、と言われた状況だと、とても天文部の作業の時間を割いてまで手伝おう、とは思えなかった。
「ウフフ」
微笑んだのは、森下先輩だった。
「ごめんなさい。なんとなく、そう言われるんじゃないかと思ってたの」
森下先輩は、そう言ってまた微笑みだした。
だったら、最初から言って欲しかった。何だか品定めされた気分。
「それで、あなた達が手伝うことでのメリット、だったわよね。正直、それは勿論浮かんでる」
「へえ、それは?」
「あたし、生徒会の会計なの」
遠回しの言い方だが、僕は森下先輩の言いたいことがなんとなくわかった。もしそうであるなら、これほど心強い話はない。
「つまり?」
そう尋ねたのは、宮本君だった。
「今度の文化祭の各部への申請額の取り決め、当然生徒会会計であるあたしも他人事ではない。むしろ、当事者、と言っても過言ではない」
森下先輩は、微笑みながら続けた。
「最大限、あなた達の申請額を満額に出来るよう、調整します」
うわ、裏取引だよ。いーけないんだ、いけないんだ。
それにしても、調整しますとは便利な言い草だ。
「ただ勿論、あなた達に有利に働けるような資料準備は怠らないでよ?」
「だったら、それメリットじゃないじゃない」
再び、噛み付く藍。
「どうして?」
「あたし達、端から満額取りに行けるような準備はしてる」
つまり、それだけの準備しているんだから、それがメリットには成り得ない、と言うわけだ。
「それをせずとも満額回収出来ると思ってんだから、そんなのメリットでもなんでもない」
「でも坂本さん、こうも思わない? あたしが一言駄目、と言えば、あなた達の満額回収、出来なくさせられるのよ?」
メリットが一瞬で脅し文句に変わった。物は言いようだな。
藍含めて天文部員四人は、森下先輩の唐突な脅しに驚いていた。
「……キチンと各部品の価格を精査した上で満額必要だって見積も作ってるもん」
藍は不満げに漏らした。
「だったら、あたしはこう言う。
そもそも、プラネタリウムをしなきゃいけないんですか?」
敢えて目を瞑っていたが、まあ大前提としてそれを聞かれると辛い。
押し黙った天文部員四名。
「ありますよ」
僕は無駄だとなんとなく悟りつつ、森下先輩に噛み付いた。
「へえ、どうして?」
「文化祭はあくまで高校生のやること。つまり授業の一環です。飲食店なんかよりもよっぽど、プラネタリウムで星座を知る方が学習になります。だから、プラネタリウムは必要なんです」
「プラネタリウム、確か自作するのよね。収容人数は? 強度計算は? その辺のデータを調べるか計算して、安全性はキチンと考慮しているの?」
「いえ、していないです」
「じゃあ、放映中に壊れないって保証してくれる? 壊れた場合はどう責任を取る?」
「責任は、顧問である須藤先生の教職免許でいかがでしょうか」
「先生から誓約書もらっているなら良いわよ。見せて?」
「はい。勿論、ないです」
「はい。駄目」
アハハ。こりゃ困った。お手上げだー。
「もし仮に、生徒会か文化祭実行委員会に天文部のことが嫌いな人がいたとして、そこまで言われたら多分、費用の捻出すら厳しくなるわよね。
あたしが提案しているのは、承認者側に身内がいるととても話が早くなる、と言うことよ。どう? 悪い話ではないと思うんだけど」
微笑む森下先輩に、皆が戸惑っていた。勿論、僕も含めて。
ここで森下先輩の願い出を断ることは、恐らく森下先輩自身が今彼女が語った天文部のことが嫌いな人になる、と言うことを意味しているのだろう。
……そこまで細かく確認されて、他の部と全然違うじゃないか、といざそうなれば吠えることは出来るかもしれない。
でもそれは、あくまで苦言であって状況の改善には繋がらない。
つまり、もし詳細を突っ込まれたら終わり。
森下先輩の相談事に乗らない選択肢は、既になかった。
「森下先輩、一つ質問です」
「どうぞ、青山君」
……あれ?
僕、彼女に名前を名乗ったっけ?
まあ、いいか。
「どうして、そんなに天文部に固執するんですか?」
僕の言葉に、確かにと言いたげなのは天文部員達。
「僕達はお悩み相談部ではないです。それに、五人中四人はまだひよっこの一年生。そこまで固執されるような立場では決してない」
そう言って、僕は森下先輩を見据えた。
彼女は、微笑みを崩さなかった。
「先輩、どうしてですか?」
森下先輩は、しばらく言葉を考えるように黙っていた。
助けて!
なかなかポイントが伸びなくて困ってるの!
何卒、たくさんの評価、ブクマ、感想を宜しくお願いします。。。




