自信のない男
眉間に皺を寄せる藍が、少しだけ怖かった。
何とか、当初の目的であった夏休みに遊びに誘うことは達することが出来た。しかし、この反応は一体どうしたものか。
まるで、昨日の一件を聞かないの、と言いたげに、藍は僕を睨んでいた。
そりゃあ、僕としてもさっさと藍に想いを尋ねたい気持ちがないわけではない。ただ……このまま負け戦に挑む程、僕は積極的な人間ではない。もう少し段階を踏んでから、石橋を叩いて叩いて、いっそ叩きすぎて落とすぐらい慎重に進んでいきたいのだ。いや、落とすのかよ。
とにかくそんなわけで、僕は不満そうな藍に苦笑だけ見せて、藍の言葉を待つことにした。それにしても、もし遊びの誘いくらいのことも断られたら、と思ったらとても怖い。今更ながらあり得ない話でもない。藍なら、俄然そう思ってしまった。
「……ねえ、青山」
「ん?」
「あんたって、本当に馬鹿よね」
藍が僕をなじったのは、僕が遊び一つ誘うだけで緊張を見せているからなのか。はたまた……それ以外の理由なのか。
わからない。
藍が好きだからこそ、わからない。
「……ごめん」
「ううん」
こうして悩む時点で、僕が馬鹿なのは覆しようのない事実。
「馬鹿は、あたしもか」
藍はそう呟いた。
そんなことはない、と言おうとして、藍が僕の方を見つめたから、僕は黙った。
「……いいよ」
「いいの?」
この了承は、遊びの誘いに対する了承、と言うことで良いのだろうか。
「ん」
「本当に?」
「しつっこい!」
藍は怒声を張り上げた。こうして藍に叱られるのは、随分と……いや、別に久しくもない。
「いいよ。遊ぼ。……あたしも、その……あんたと遊びたい」
「……おおっ」
思わず感嘆の声が漏れた。
まさか、藍がそんな嬉しいことを言ってくれるだなんて。先日、彼女なりの後悔の末、言うことを決意したような彼女の姿を拝みはしたが、こうして素直なことを言われるとまだむず痒さがあった。
「何、その驚いた声」
「……何でもないよ」
「むぅ……」
まあ、勿論何でもないことはない。
でも、そう言わないと一層怒られそうだから、僕はそう言った。ただ誤魔化しはしても、結局睨まれることは変わらなかった。
「……で、どこ行くのよ」
どうやら興味も失せたらしく、藍はそう尋ねてきた。
どこへ行くのか、か。
「どっか行きたい場所ある?」
僕は尋ねた。
「誘ったのはそっちだ」
「そうだね」
恨み節から、誘った癖に行き場所も考えてなかったのかと言われている気分だった。と言うか、完全にそう言われている。
「うぅん。ごめん。考えてなかった」
「……別に」
藍はそっぽを向いた。別に、何だろう。いつもの調子なら、責めているわけではないとか、そんな感じだろうか。
「坂本さん」
「藍」
「……藍、君の行きたい場所、教えてよ。どうせなら、君の喜ぶ顔が見たいんだ」
この前まで、意識せず名前が出そうになって苗字を呼んでいたのに。すっかりと藍を苗字呼びすることにも慣れたらしかった。
そんなことはともかく、僕は藍に行き場所を決めて欲しいと提案した。理由は語った通りだった。
「別に、どこでも良い」
「そんなこと言わずにさ」
「本当にどこでも良いの。……あんたと一緒なら」
「ん、なんか言った?」
「なんでもない」
「そう?」
まあ、なんでもないならなんでもないのだろう。何せ、藍がそう言っているんだし。
「じゃあ、今週中に決めようか。そんなに切羽詰まって決めることでもないし」
「ん」
「うん。いやあ、今からすごい楽しみだよ」
「ん」
「坂本さん」
「藍」
「藍、夏休み空いている日、教えてよ」
「……後でね。今すぐには、なんとも」
「わかった」
最初は、少し怪訝な顔もされたが。
何とか、藍との夏休みの予定も確保出来た。我ながら、良くやったと思った。好いた人を誘う事って、結構気苦労するものだな。
……前の高校生活でも、確かそうだった。
藍の冷ややかな態度を見ながら、遊びに誘うさえ躊躇いそうになりつつ、気持ちの赴くままにと何度も遊びに誘った。
思えば前から、ビビって藍を遊びに誘う割に、藍にそれを断られたことは一度もなかったな。
いつも一人でいて、選民思想な少女だったが。
藍も藍なりに、多分友人が欲しかったのだろう。僕は体よく交友出来る都合の良い人間だったと、そんなところだろうか。
だから、今も昔も誘いを断らないのかもしれない。
都合の良い存在、か。
仮にもし、藍にそう思われていたとして、内心はそれでも良い、と思うのだから不思議である。こっぴどく拒絶されるよりは、断然マシだった。
「青山」
「ん?」
「……あんたって、結構自己評価低いよね」
そうだろうか?
「自己評価が低かったら、横断歩道の件とかもっと手控えそうなものだけど」
「それは、やったことがあったからやり方を知っていたんでしょ」
まあ、確かに。
あれより辛い交渉事を何度も経験したからこそ、臆することがなかったことは、あるかもしれない。
「どうでも良いんだけど。もう少し自信を持ってよ」
「……何に?」
「ふんっ」
そっぽを向いて、藍は一人非常階段を後にした。
何に自信を持てと、藍は言いたかったのか。言わなかったことを考えると、それは自分で考えろと言っているのだろう。
うぅん、と一度唸って、僕は汗が滲み始めたことから、非常階段を後にした。
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