公私混同
授業に身を投じながら、頭の片隅で藍をいつ遊びに誘おうか、とそんなことを考えていた。授業に真面目に参加しないだなんてあり得ないと思いつつ、まあ他の人だってそんなものだろ、と自分を内心正当化していた。
しかし、他人がやっているから自分がやって良い、とは、中々クズメンムーブである。他人が信号無視をしていたら、自分も信号無視して良いのか。他人が殺人をしていたら、自分も殺人をして良いのか。
あることないこと、全て他人がしているから、と言い訳するのはあまりにも愚かである。それなら人は、悪事を犯罪、として法律、憲法を定めてこなかった。
まあその憲法を考える人間が、まずは自分の損得勘定の上それを定めている現状は疑問符しかないが、それを考え行き着く先は、人間文化の歪さ。陰険さ。つまり、深く考えれば考える程ドツボにハマる。だから、これ以上の無駄思考は止めよう。
とにかく、いつ藍を遊びに誘うか。
まずはそれを考えるのが先決だ。授業は二の次。だって皆もサボっているし。
……と、考え出したは良いものの、僕はすぐに藍とのお話の時間を行き当たったのだった。
僕ら、休み時間の度に勉強会をしているのだ。今回の期末テスト、目覚ましい点数を取った藍だが、テスト後も変わらず僕の隣に来て、休み時間の度に勉強会を行うことを止めずにいた。
最早僕の点数を超えたんだし、続けなくても良いのでは、と僕はいつか尋ねたことがあった。
『別に』
藍はそう言った。つまり、今度はあたしがあんたに勉強教える番だよ、とそう言うことだろう。いやはや優しいお人である。
だから、僕達はそれからも勉強会を継続している。そして、つまりはこの授業終わりの休み時間、恐らく藍は僕の隣に来ることだろう。
なんだ、考える必要さえ皆無だったじゃないか。
無駄な時間を過ごした。安心して、僕はそれから授業に集中しだすのだった。
そうして、授業も順調に終わって、休み時間。
「青山」
「ん、やろうか」
いつも通り、藍が僕の隣までやってきた。そして始める勉強会。
「ねえ」
「ん?」
「勉強会始まる前に、ちょっといい?」
「駄目」
「え」
まさかの拒否。
……そう言えば僕、今となれば昨日の話も忘れて遊びに誘うことで頭がいっぱいになっていたのだが、告白したのだった。
え。
と言うことはつまり、この拒否された意味って、直結してそう言う意味?
「勘違いしないで」
ツンデレみたいなことを、藍は言い出した。
「ただ……今は、勉強会の時間でしょってだけ」
「……つまり?」
「そう言うのは、昼休み」
「……ん」
公私混同しない人だ。
しかし、どうしよう。
僕としたら、まだまだ藍からの回答は保留にしてもらって、何ら差支えはない。ただ僕がしたいのは、藍と遊びたい。それだけだったのだ。
遊んで、交友を深めて、信頼してもらって。
そうして、満を持して選んでもらえれば、それで良い。
藍は、勿体ぶったことをした。
でも、彼女はしっかり者だから、勿体ぶった上で振る、だなんて選択肢も容易に取れるだろう。
……やはり告白の回答は、聞きたくない。
「青山」
「ん?」
「授業中も後ろから見て思ってたけど、余計なことは考えない」
「う……」
痛いところを突かれた。
確かに今も、授業中も。誰かのことを考えるあまりまったく集中は出来ずにいた。
「良く見ているね、僕のこと」
苦笑交じりに言った。いやはや、本当に藍には頭が上がらない。今に始まったことではない。ずっと前から、ずっとそうだった。
「……別に」
カアッと藍の顔が赤くなった。僕はどうしてそんな反応をしているのかわからず、首を傾げていた。
それからはなんとか辛うじて勉強会、授業共に集中して送ることが出来た。こうして他人に自分の非を言い当てられると、意識して変えようとするのだから、人間とは簡単なものである。
昼休み。
一先ず、微かに溜まった疲労を発散するように背筋を伸ばした。
「行こ」
丁度その時、背後から声をかけられたので、僕はそちらを振り返った。
そこにいたのは、藍だった。
「あ、うん」
座席から立ち上がって、鞄から弁当箱を取って、僕は藍に続いて廊下に出た。
いつかと同様、僕達は最近、昼ご飯を非常階段で一緒に取るようになった。最初は、一緒に廊下に出る度に教室が静寂に包まれたものだが、最近ではそんなこともあまりなくなった。
ただ、少し嫌なのはこの時期の非常階段は暑い、ということだった。さっさと日陰に入っても、ジメっとした高湿気な外は不快感極まりない。
本当に、隣に藍がいないのであれば耐えることさえ出来ないくらいだ。
少し歩いて、目的地である非常階段に辿り着いた。
少し建付けの悪くなった扉を開けると、ギィギィと不快な音と共に、ムワッとした熱気が襲ってきた。
「暑い……」
「我慢」
「うん」
日陰に入り、僕達は昼ご飯を食すことにした。
さて。
藍にさっき指摘されたことを思い出した。藍は言った。公私混同はいけない。そう言う話をするなら、昼休みに、と。
言葉少なかったが、つまり彼女が言いたかったのはそういうこと。
そして、今はその昼休み。その話をするタイミングだ。
「ねえ、坂本さん」
「藍」
「……ん?」
「あたしの名前は、藍」
「うん、知ってる」
ピクッと、藍の体が揺れた。
途端、眉間に皺を寄せた藍が、こちらに身を乗り出してきた。
「……昨日も言った」
「何を」
「名前で呼んで」
……ああ。
あった。あったね、そんなこと。
「藍」
「ん」
不承不承気味に、藍は元の姿勢に戻った。視線は、決して僕の方に向けることはなかった。外が暑いからか、少し頬は赤くなっているような気がした。
それからは、互いに無言。
弁当を摘まむことさえなかった。
ただ、なんだか圧を感じた。
藍から発せられる圧は、あたしからは言えないから、言ってくれ、と言っているような気がした。
「ねえ、藍」
「ん」
……で、あれば。
僕から言うべきなのだろう。
「夏休み、一緒にどこかで遊ばない?」
「ん。……ん?」
藍は、怪訝そうに僕の顔を見た。
あれ、僕また何かやっちゃいました?
助けて!
なかなかポイントが伸びなくて困ってるの!
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