声をかける機会は
朝から良い物を見れた。しみじみと思いながら、夢を見ていた。どんな夢かと言えば、今や懐かしい十年前。ああいや、タイムスリップして時間が巻き戻っていることを加味したら、数日後? 後の話なのに懐かしいとは、最早僕以外に言いでもしたらついに頭まで狂ったか、と心配されそうなそんな頃合いの話だった。
夏休み。
寂しい寂しい、夏休み。
電車通学に憧れ、敢えて少し遠目のこの学校に通うことを決意した中学時代。それから、友人を育む学校生活は退屈はしない時間を過ごせた。
しかし、一年生の夏休みは新たに出来た友人との交友の時間はまるでなかった。確か、丁度定期券の期限が切れたから、わざわざ学校傍まで赴くのが面倒だと思ったのが発端だったような、そうでないような。
そんなわけで高校一年の僕の夏休みは、ほぼ部屋に篭りっぱなしの時間となってしまった。幸い、僕はマイペースな男だからそれを嫌だと思ったことはなかったが、そりゃあたまには友人と遊びたいと思うもので、昼のワイドショーを見て、冷やし中華をすすりながら、なんと空虚で不毛な時間を過ごしているんだろうとふと思ったことがあった。
まあ結局、その夏休みはそのまま、大した楽しみもなく、時たま中学の友達とアミューズメント施設に行って汗を流す、程度のことしかしなかったのだが、大人になったある日、なんだか勿体ないことをしたな、と思ったのだった。
せめて、あの時間を藍と過ごせていたら、もっとたくさん地元での思い出を作れたかもしれない。その後藍とはたくさんの思い出を作れたか、高校生活というただ一度の期間で特別な思い出を作れなかったのは僕の数多い後悔の一つだった。
だから、あの日の寂しい自室での夏休みを夢に見たのだろう。
言うなればこの夢は、僕の今後を決めるターニングポイント。
藍に告白し、回答を保留にし、それでもさっきまで思っていたように一定の距離は保ちたいと思ったからこその、決意を固めるための夢だったのだろう。
「おい、起きろ。青山」
「はにゃ?」
そんな意味深な夢からの帰還は、我らが須藤先生が僕の肩をゆすったことで覚めさせられた。重い瞼を擦りながら、ぼやける視界を目を凝らして確認していた。
「湿気た顔」
「寝起きだからって許されないこともあるぞ」
須藤先生の顔、声に意識が覚醒した。何やら今、僕は須藤先生に酷いことを言ってしまったらしい。
「ごめんなさい……」
「……まあ、良いから。よだれは拭けよ」
言われて、口元が冷たいことに気付いた。
カーっと顔が熱くなった。さしずめ、お湯が沸く直前のブクブク言っているケトルの気分だった。
ポケットからハンカチを出して、慌てながら口元を拭った。
それから須藤先生のわざとらしいため息の後、ショートホームルームは始まった。
始まった、は良いものの、僕の記憶は混濁していた。
夢を見ていた前の記憶は、どうも曖昧で、藍の愛おしい寝顔を見ていたこと以外は覚えていなかった。
……ああ、そうだ。
あの藍の寝顔をしばらく僕は見ていたのだ。どれくらいだったか、確か、十分くらい。人って興味のあることには長時間集中出来る、と言うが、それは本当なんだなあ、と思った頃。
なんだか僕まで眠くなってきたのだ。
気苦労。寝不足。
……熟睡出来る条件は、皮肉にも揃っていた。
そのまま、僕は眠った。大口を開けて。
……恥ずかしいところを見られた。
穴があったら入りたい。そんなことを思いながら、そう言えば藍は、と思って後ろを振り返った。
藍は、無言で僕を睨んでいた。
その目には、シャキッとしろ、と言うメッセージが込められている気がした。ただ生憎、今回はこちらも彼女の痴態……? を拝んでしまったのだ。これで戦況はイーブン。フハハハハ。
……くだらないことを考えてしまった。本当に、とてもとてもくだらない。
そろそろ授業に向けて、集中をしていこう。真っ先に取り組んだことは、須藤先生の話をキチンと聞く、と言う小学生が注意されるようなこと。ただ残念ながら、その小学生が注意されるようなことを未だ注意されているようなこのクラスでもチラホラいることを僕は知っている。少しは我慢、と言うものを覚えた方が良いと心から注意してやりたかった。
……が、大口開けて寝ている僕が言っても逆効果、か。
「……と言うわけで、来週には夏休みだからな。夏休みに入れるように、残りの一学期の授業も頑張ること」
先生の言葉に、間の抜けたクラスメイト達の返事。返事をするだけマシなのか。間の抜けた返事をするだけ、将来が心配なのか。
所詮、気の持ちようだな、人の評価なんて。少なくとも上から目線であーだこーだ言う資格はないのだろう。しかし、人の些細な失敗を揚げ足取って批判する心狭い人もいるのだから、この世界は救えない。
また話が逸れたが……そろそろ、夏休みか。
そう言えば、さっきまで夏休みのことで夢を見ていた気がする。詳しい内容はイマイチ覚えていない。夢って、どうして詳細を覚えておくことが出来ないのだろう。
うーん、とどんな夢だったのかを考えると、まあ楽しかったなあ、くらいのしょうもない夢だったんだろうと結論付いた。
……ただ、そう言えば僕、朝家から出る前に、母に藍とどっかに行くかも、みたいな嘘をついた気がする。
嗚呼、糞。
あの人、今日帰宅後には根掘り葉掘り日取りとか場所とか、そう言うの聞いてくるだろうなあ。家にいる人だから、質問責めから逃亡することも叶わないだろうし……もし嘘だとバレたら、後が怖そうだ。
……良し、藍を誘おう。
か、勘違いしないで欲しい。
僕は別に、藍に好意があるから藍を誘うだけなのだ。告白し、回答の保留を望んだ身であるものの、これから距離を置くことを望んでいるわけではないのだ。
だから、藍を誘うのは好意からの行動で……べ、別に母が怖いわけじゃないんだからねっ。
……ふう。
まあ、とにかくだ。
藍を、夏休みに遊びに誘うとして。
いつ、それを藍に相談出来るだろうか。
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