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恥ずかしい

 よく朝、いつもの時間に目を覚ましたが、少しだけ気だるさが残った。はっきり言って、寝不足だった。

 気だるく要領を得ない頭を回し、昨日何かあったっけかと記憶を漁った。


 そうして思い出したのは、藍への告白。そして逃亡。


 思い出すや否や、僕は大きなため息を一つ吐いた。

 問題ごとの先送り。うやむやなまま経った一日で、僕はすっかり悩みごとを一つ増やしてしまったらしい。

 だからこそ、答えを聞いてから帰るべきであったのだが……あのまま怒っている藍と相対するのは、負け戦だっただろうし正しいと正当化しておこう。そうしないと身がもたない。


 制服に着替え自室を出て、一階のリビングへと向かった。

 父と母は、既に起きていた。


「おはよう」


「おう」


「おはよー」


 二人して朝のニュースをのんびり見ていた。仲睦まじいようで、微笑ましい限りである。


「武、あんた朝ごはんどうするの?」


「パン一枚頂けるかしら」


「はいはい」


「ありがとうございます」


 お礼を言い、父の対面の席に腰を下ろした。


「今日、早いね」


 たまには父と世間話に興じるか、と僕は思った。


「おう」


「もうそろそろ出るの?」


「おう」


「今日も残業?」


「おう」


 この父、息子の言葉への返事、おう、しかないよ。持っている新聞から興味は逸らさないし、酷い人である。


「残業残業って、たまには家族貢献しようとか思わんのか」


 こうなると、仕事ばかりに興味を示し家庭を顧みなかった夫に対する不満も分かる、と言うものである。つまりそう、藍がかつて僕に抱いていた気持ちもわかる、と言うものである。


「お前も将来、きっと似たようになるぞー。何せ、俺の血が流れているから」


 僕は何も言えなかった。

 事実そうなった過去があるし。


 露骨に父から目を逸らすと、父は不思議そうに首を傾げていた。

 言う通り過ぎて返す言葉がなかった、とは当然言えなかった。


「じゃあ、そろそろ行ってくるわ」


 父が立ち上がった。


「いってらっしゃい」


 父をキッチンから見送る母。


「気を付けて」


 僕も、稼ぎ頭であり大黒柱である父を労う言葉をかけた。

 さっきは冗談交じりにあんなこと言ったが、勿論本心からではないのである。いつかも言ったが、僕はこれで僕を一人前に育ててくれた両親のこと、尊敬しているのだ。

 

 父は家を出て行った。


「はい。パン」


 丁度その頃、母はトースターから焼けたパンを僕に差し出した。


「ありがとうございます」


「いいえ」


 母は、さっきまで父が座っていた席に腰を下ろした。そこからが一番、よくテレビが見えるのだ。


「で、藍ちゃんとはどうなの?」


「ぶふぉおっ!」


 食べかけのパンを、僕は吐き出した。


「え、汚い」


「失礼しました」


「良いけど、自分で片してよ」


「はい……」


 ゴミ箱を取ってきて、僕は咀嚼途中のパンをそこに捨てて行った。


「で、藍ちゃんと何があったの?」


「何もない」


「いやそれは無理がある」


 全てはゴミ箱に収められた吐瀉物が告げていると、母は言いたげだった。

 まあ、そうだよな。

 母の言いたいことは良くわかる。動揺している証拠である吐瀉物撒き散らしておいて、そんな嘘が通じるはずもない。


「まあ、いいじゃないか」


「良くない。将来のお嫁さんと息子の動向を事前に仕入れたいと思うのは当然でしょ」


「なんでだよ」


「引き出物の準備とか、色々あるのよ」


 気が早い。

 やりすぎなくらいな事前準備を好む僕だが、それはいくらなんでも気が早すぎる。


「で、何があったの?」


 他愛ないことを考えていると、母は食い気味に再び尋ねてきた。

 これは……何かを答えないと、家を出させてもらえる雰囲気ではない。学校サボれるのであればそれはそれで良いのだが、まあ適当にでっちあげるのが吉、か。


「……そろそろ夏休み、だろう?」


「そうねえ。来週からだっけ?」


「うん。……で、どこか一緒に行かないか、と」


「うっひょー。良いじゃない良いじゃない」


 火事場に集う野次馬か?


「も、勿論部活仲間の皆で、だけどね」


「そこは二人で行きなさいよ! 何考えてるのよ!」


 お、怒られた。


「……まったく。しっかりしてよね。藍ちゃんと結婚したくないの?」


 それにしてもこの母、人の恋路をかき乱しすぎである。

 僕相手だから良いものの、もっと別の人であれば嫌われてもおかしくないぞ。あ、人見て言っているから問題ないのか。

 頭良いな、この母は。まったく食えない人である。


「……向こうの気持ちもあることだろうに」


「へえ、自分の気持ちは固まっているって?」


「……言葉の裏を読むな、恥ずかしいだろ」


「いや否定しないんかい」


 母は、少し驚いた風にしていた。

 そう言えば中学の僕は、反抗期真っ盛りで母とも碌に口を聞かなかった記憶がある。今は高校一年。つい先日、中学を卒業して高校生になった僕がここまで母に自我を表現することは、母としても驚きで一杯だったろう。

 とは言え、誘導尋問は辞めてくれ。


「じゃあ、僕もそろそろ行くから」


「うん。気を付けて。いってらっしゃい」


 ようやく、母は僕を解放する気になったらしい。

 ただ見事に恥を掻かされ、起きた時から一層気だるい気持ちを増しさせつつ、僕は家を後にした。

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