ラブコメ開始の鐘が鳴る
前話で前章終了。夏休み編。
僕は今、何を言ったのか。
すきだ。
隙だ。
数寄だ。
好き、だ?
あわわ……。あわわわわ。
告白。告白、したのか? 僕は今、藍に告白をした、のか?
我ながら、自分と言う男は達観した男だと思っていた。それこそ、その辺の高校生よりかは、十年分の人生経験、と言うアドバンテージがあるから、そうであると思っていた。
しかし、浮かされた。
優しい言葉をかけてくれる藍に。
傷心の気持ちを慰めてくれる藍に。
浮かされた。
その気持ち、そのままに。
そのままに僕は、言ってしまった。
間違ったことは言っていない。
彼女に抱いたこの想い。
十年前抱いた時と、変わらない想い。
この気持ちに偽りは一切なかった。
……でも。
でも、早すぎやしないだろうか。
かつての藍は、僕の好意を了承してくれるまで三年かかった。
それも、高校の卒業間近。それまで一度も告げていなかった想いを告げ、帰ってきた答えは……。
『まあ、いいんじゃない?』
いいんじゃないって!
それ、男子キープする女子が使うやつ!
当時の僕はそれでも大喜びだった。あの藍とお付き合い出来る。それだけで良かった。お付き合い出来れば、その後はなんとかなるだろうとも思っていたし、事実結婚まで出来たのだからその所感は恐らく正しかった。
だから、かつてのあの返答は、僕としたら上出来な結果。
でもそれ、言ってしまえば高校三年間の集大成だったんだよな。
集大成の返答が、『まあ、いいんじゃない?』。
三年友人関係を続けた結果が、お付き合いに値するけど、何かあればどうにかするぞ、の回答だったのだ。
……む、無謀にも程がある。
藍と出会ってまだ三か月。かつてに比べて、確かに急ピッチで信頼関係は築けていると思うが……それにしたって、早すぎる。無謀すぎる……!
藍は、ツンデレであるが物事ははっきり言う人だ。
僕が粗相を起こせば怒るし、僕が粗相を起こせば頬を抓るし、僕が粗相を起こせば冷ややかな視線を寄越す。
僕、粗相起こしすぎ。
まあとにかく、そんなわけで藍は物事にはっきり答える。もし嫌なことがあれば嫌と言い、嬉しいことがあれば別に、と言うのだ。
それが本当にはっきり言う人の言動かは僕にはわからないが、とにかく嫌なことにははっきり回答をお示しに成されるのだ。
……僕は、恐る恐る藍の顔色を窺った。
後悔の念は押し寄せているが、言ってしまったものはどうにもならない。これまでも、そして丁度さっきも、自分の行いが失敗だった時、取返しが付かなくなることを体感してきた。だから弁明も言葉を引っ込めることも、する気はなかった。
ただ、彼女がどんな胸中なのか。
それが、気になった。
……藍は、目を丸めていた。
「今、なんて?」
そして僕と視線がかち合ったことを契機に、そう尋ねてきた。
……誤魔化すなら今だ、と邪な感情が過ったが、裏切り行為みたいなことをしたくなかった。
ゴクリ、と生唾を飲みこんで、僕は意を決した。
「好きだ、と言った」
「誰が?」
「僕が」
「誰を?」
「……君を」
胸騒ぎみたいなむず痒さを感じていた。引き下がるわけにはいかないと、全てを告げた。でも、既に居た堪れない気持ちになっていた。
「君、じゃわからない」
わかってくれよ。
「あ……坂本さん」
「坂本さんなんて、この世にごまんといる」
告白したら怒られた。心折れそう……。
「坂本藍さん」
「下の名前だけで呼んでっ!」
ズイッ、と藍が、前のめりに僕を睨みつけてきた。
うおうっ、と僕は情けない悲鳴を漏らした。
「あ……藍」
「もう一回」
「藍」
「……ふんっ」
どうやら、お気に召さなかったようだ。
頬を染めてそっぽを向いた藍を見て、僕は限界を迎えた。心が折れた、と言っても過言ではなかった。
まさか、告白したら怒られるだなんて。
こんなの、やはり無謀だったんだ。前回は三年で『まあ、いいんじゃない?』だった僕に、たった数か月で藍を振り向かせるだなんて、無理だったんだ。
下の名前呼びを強要というパワハラまがいなことまでされたが、恐らくこれは友人関係から始めましょ、の意。
藍なりの、多少は信頼した僕に対する妥協案なんだろう。
まあ、結局僕の見解が正しいかはわからない。さっきも理解した通り、結局人の気持ちなんて言ってくれないとわからない。結論付けるには時期尚早なのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。
「あの、答えは別に今すぐに欲しいとかそう言うわけじゃないからっ」
「へ?」
言わないとわからない。
聞かないとわからない。
そんなことは重々承知だ。
……でも怒られて、ヘタレたの。
だって、藍怖いんだもん……。
「良いんだ。その、答えたくなった時、そう言えば、とそれくらいの気持ちで答えてくれればそれで良い。うわこいつキモって思って、振りたくなったら……振ればいいし、お試しでも付き合おうって思ったのならそれでも良い。
つまり、なんでも良い!」
我ながら、へっぴり腰過ぎるだろ、僕。
そろそろ、藍の家が見えてくる十字路に差し掛かる。しめた、と僕は思った。
「そろそろ君の家、見えるね!」
「え。え。え……?」
「もう悪漢とかから襲われる心配もない! 大丈夫! じゃあ、気を付けて帰って! 返事は本当にすぐじゃなくても良いから!」
「え……」
「じゃあ!」
「え?」
さっきから彼女、え、としか言っていないが、ここで突っ込んだらなんだか駄目な気がする。
僕は藍に背を向けて、赤い顔。高鳴る心臓。多量に背中に掻く冷や汗。
全てから逃げ出すように、走ってその場を立ち去った。
言ってしまった。
やってしまった。
びびってしまった。
本当、何がその辺の高校生に比べて達観している、だよ。
想い人に好意を告げただけで逃げ出すだなんて、その辺の高校生より意気地なしで臆病者じゃないか。
メールの出し逃げなんて、上司に怒られるやつだ。質問が返ってきたら、数時間話が止まるだろ、と。それとこれも、ほぼ同じことではないか。
また僕は一つ、失敗を犯してしまったらしい。
……でも走っていたからか、しばらくして爽快感にも似た喜びが胸を占め始めた。一つの胸のつっかえが取れたからか、はたまた本当に、走っているからなのか。
答えはわからない。
でも、わからなくても良いと、そう思った。
夜道を、僕は疾走し続けた。
ラブコメ開始の鐘、鳴ってる?
またランキングが落ちてきており、何卒、たくさんの評価、ブクマ、感想を宜しくお願いします。。。




