後悔してもしょうがない
押し寄せたたくさんの後悔に、さっきまでの饒舌はどこへやら。僕はすっかりと静かになっていた。
「ちょっと、どうしたのさ。青山」
そんな僕の身を真っ先に案じたのは藍だった。
「……え」
「え、じゃない。顔色悪い」
「……大丈夫」
「でも」
「大丈夫さ」
少し語気を強めて言って、再び僕は反省した。同じ轍は踏まない。あんな反省を、こんな後悔をしている僕が、それを忘れてはいけなかった。
「……ごめん」
「別に」
僕達の成り行きを見守っているのは、残りの天文部メンバーだった。
しばらく反省して、彼らの視線を感じて僕は顔をあげた。
「まあ、その……話を進めてくれ、青山君」
どうやら僕と藍の論争には、口を挟む気はないらしかった。であれば、これほど助かることはない。
「はい。あの……突然黙って、すみません」
もし、黙った理由を聞かれでもしたら。返答出来ずに困っていたところだ。本当に、深入りしてくれなくて、助かった。
それから僕は気を取り直して、プラネタリウム製作に向けての今後の方針を話していくのだった。恐らく、各員で役割を決めて、それに準じた行動をしていくことが、一番手っ取り早いのだろうが、右も左もわからぬプラネタリウム製作。そして、まだまだ未熟な高校生の身。全員が一致団結して、各作業を順次対応していこう、と話はまとまった。
それ故、これからやってくる夏休みも作業はしよう、となったことで優子さん辺りが不満そうにえぇ、と唸っていた。
でも、彼女は彼女なりにプラネタリウム製作を頑張りたいと思っていたのか、反省気味に協力的な姿勢を言葉にした。
……優子さんのように、不満を口にすること。そして、納得すること。目的に向けて頑張ろうと、奮起すること。
僕と藍が、してこなかったこと。失敗してきたこと。
僕も、それをしていくべきだったんだろう。
……そうすれば。
方針が固まった頃、完全下校時間がやってきた。
話がまとまっていたから、各員とても気持ちの良さそうな顔で帰宅準備を進めていたが、僕の顔は晴れなかった。
かつての僕の、愚かな行為。
今更。タイムスリップした後に今更そんなことに気付いても、もう後の祭りだった。だから、どうしようもなくて、挽回しようもなくて、僕は激しい後悔に駆られていた。
「ね、青山」
そんな後悔を抱えた僕に声をかけてきたのは、あの時とは違う、藍だった。
「ん」
「帰ろ。……送ってって」
「……うん」
あの時よりも素直な藍。
いやあの時の僕に対して、藍が今と同じような気持ちを抱いていたかは結局わからない。十年の重みがないから、藍は今僕と一緒に帰ることを望んだのかもしれない。
正しいところはわからない。
正しいのか、どうなのか。
それはわかりようがない。一生、わかりようがないのだ。
あれほど近くにいたのに、わかりようがないのだ。
それをわからない状況にしてしまったのは、あの時激情に駆られた僕のせいだ。
藍を送っていく時、僕達に余計な会話はまるでなかった。
だから、一層自罰的な考えが浮かんでは消えていった。
「ねえ」
そんな鬱屈とした気分でいた時、藍に声をかけられた。
「何?」
「……何か、あった?」
鳥肌が立った。
あからさまな態度を示しているくせに、何かあったと思われる時が来るだなんて、思っていなかった。
「……別に」
「言わないと、わからないよ」
「……言ってもわからないことは、あると思う」
藍は一瞬、ムッとした雰囲気を見せたが、僕の言っていることは事実だ。
誰が、信じるんだ。
十年後の世界で、妻になった藍にしてしまった非礼を思って凹んでいるだなんて話して、誰が……誰が、信じてくれるんだ。
……もしも。
もしも、ここにいる藍が僕と同じくタイムスリップしてくれていたら、どれほど気が楽だっただろうか。
そしたら僕は、謝って、怒られて、そうしてもう一度謝って。許してもらえるまで何度でも謝って。
そして、藍ともう一度。
……もう一度。
……そうか。
かつては燃え上がった熱情があった。
時の移ろいと共に、その気持ちは少しずつ灯を弱め……そうして風前の灯となった日、消えたと思った。
気持ちは整理がついていないが、チャンスだと思った。このタイムスリップは、やり直すチャンスだと、そう思ったんだ。
でも、灯は消えてなんかいなかったんだ。
僕はただ、目を逸らしていた。
くだらないことに囚われ、それを見ないようにしていただけだったんだ。
……ここまで、僕が後悔をしているのは。
あの時の藍に、ここまで謝りたいと思ったのは。
もう一度やり直したいと、そう思っているのは。
藍のことが……。
選民主義で。
言葉足らずで。
ツンデレで……。
それでもずっと僕を怒ってくれた藍のことが、好きだったからなんだ。
愛していたからなんだ。
藍のことを、僕は愛していたんだ。
あの時、一目惚れした時と同じ気持ちを、僕はずっと……。ずっと…………。
「な、なんで泣いてんの」
藍の驚き交じりの声に、僕はえ、と声を漏らした。
頬に伝う冷たい涙。
藍に言われて、ようやく自分が泣いていることに気付いた。いくら拭っても、涙は止まらなかった。
「……ごめん」
「いや……その、あたしのせいだったらごめん」
「君のせいだなんて、そんなはずがない」
全部だ。
悪いのは全部、僕のせいだ。
部員達に向けて。
藍に向けて。
プラネタリウム製作。横断歩道設置。
色々な件を通して、僕は言った。やりすぎなくらい、最善を尽くさないでどうする、と。最善を尽くさなかった結果、失敗して後悔するだなんて嫌だろう、と。
そう言った。
そう、言った癖に……藍のことで、僕は最善を尽くしてこなかった。
わかっていたのに。
最善を尽くさず、そうして失敗して、後悔している。
……本当に、どの口が言うんだ。
「別に」
自罰的な僕に、藍はいつものお決まりの台詞を吐いた。
「たまには良いんじゃない? 泣くのも」
僕は、藍の言葉に足を止めた。不思議と止まっていた。
「泣くってことは、それだけ反省してる、とか、申し訳ない、とか思ってるんでしょ」
藍は……立ち止まった僕の方へ、クルリと振り返った。
「じゃあ、もう同じ失敗はしないじゃん」
同じ失敗はしない。
同じ轍は、踏まない。
江頭先輩が去年の文化祭で味わった後悔を、後世に味わってほしくない、と思うように。
僕もまた、自分で自分に、同じ失敗をしてほしくないと願った。
だから、泣いた。
もう僕は、同じ過ちは多分、繰り返さない。少なくともそうしたいと思っている。
……でも、償いたい藍は、もういない。
……本当に、そうか?
藍は、いる。
今、目の前に。
僕のために微笑んで。励まそうとしてくれている。
藍は、あの時の藍ではないかもしれない。
でも藍は、ここにいるんだ。
僕が今すべきことは、本当に自罰的に自分を咎めることなのか?
いいや、違う。
僕がするべきこと。
失敗したと思った僕が、今決意するべきこと。
それはきっと、心の底から愛した彼女に……。
「好きだ」
想いを伝えること。
言わないと、わからないことを……伝えることなんだろう。
自分が言ったことをこれまでどれだけ出来てなかったか。皆に話して振り返ったからこそ直面し、主人公は泣いた、と。
でもなんで告白するのか。話終わるやんけ。
そしてナチュラルに一緒に帰ろ、と言う妻。
助けて!
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