表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/90

ラッキー助平

 母がコップに注いだオレンジジュースを置いて行って、すっかりと藍は委縮してクッションの上に座っていた。

 なんというか、こうまで居た堪れない彼女は珍しい。


「大丈夫?」


「……別に」


「そう」


 別に、と言われるのであれば勉強に集中する他あるまい。

 それからはしばらく僕達は勉強に明け暮れた。でも居た堪れなさそうな彼女のせいで、僕はあまり勉強に集中出来ずにいた。


「あの、青山?」


 転換点は、藍が少しそわそわしだした時だった。


「何?」


「……ここ、わからない」


「どれどれ」


 こういうやり取りは、ここ数週間ずっと彼女とやってきた。だが思えば、わからない、と明確に宣言されたのは初めてだった気がする。

 いつもはここ、どういう事、だの、自分の非を認めるような発言を、藍はしてこなかった。まあ、わからないことは一切非ではないのだが。


 だが、少しだけ先日から、藍の言動が変わってきたな、とふと思った。


 とにかくそんなことは一先ず置いておいて、藍のわからない問題に対する助言をしよう。


 そう思い、藍の方に身をかがめた。


「ひゃっ」


 藍から、小さい悲鳴が漏れた。

 何かあったのか、慌てて顔をあげると、随分と近い距離に彼女の顔があり、僕も少し恥ずかしくなった。


 藍は、頬を染めたままそっぽを向いていた。顔はどうしてか、少し切なげだった。


「……ごめん」


「べ、別に」


 少しだけ彼女と距離を置き、彼女のわからない問題を眺めた。しばらく、頭が正常に働いておらず、中々方程式も解も思い当たらなかったが、平静に努めている内に、理解した。


 ノートの隅に、これを使うと良い、と方程式を書き込むと、藍は、うん、とだけ言って納得したようにノートに向かい直した。

 再び僕達は、静かに勉強に明け暮れるようになった。


 いつも通りの静かな勉強会。

 休み時間、昼休み。そうして、最近では放課後も。


 藍と一緒に、期末テストに向けて勉強する時間が増えて、この時間もすっかり馴染みある時間と化していたが……何故だか、今日は少しだけ毛色が違った気がした。


 時計の針の音が、ヤケに耳障りだった。

 シャープペンシルがノートに文字を刻む音。嫌いではないのに、今日は少しだけ、不協和音のように僕の神経を逆なでた。


 落ち着かない。

 どうして、落ち着かない。


 藍がいるから。


 でも、藍が僕の家に来たことなんて、かつてもしょっちゅうあった。今更落ち着かないだなんて……緊張するだなんて、そんなことは。


 そんなことは、あるはずがない。


「あ」


 余計なことを考えるあまり、書きミスをした。

 いつもなら何てことないことなのに、たったそれだけのことで気持ちが乱れ、苛立ちを覚えた。


 さっさとこの失敗を失くしたい。


 視界に入った消しゴムに手を伸ばした。


 そして、藍の手と触れた。

 

 右手の人差し指、爪の先に少しだけ。


 それだけしか触れていないのに……彼女の温もりが僕の手に伝った。


「ごめんっ」


 慌てて手を離した。顔が、熱かった。


 手を離した拍子に、消しゴムが宙に舞った。


「あ」


 浮足立っている。そのことを自覚しつつ、消しゴムの行方を追った。そして、消しゴムに手を伸ばした。

 飛び上がった消しゴムは、無事僕の手中へ収まった。


「あ」


 足が、しびれていた。

 少しの時間、地べたに座り小さい机に向かい勉強をして。


 たったそれだけなのに、両足がジーンと痺れていた。消しゴムを掴むため、身を乗り出した時、両足の痺れで僕は体のバランスを大きく崩した。


 どってーん、と音がするくらい、僕は無様に転げた。


「いてて……」


 転んだ拍子に、少し頭をぶつけたらしかった。

 頭を擦りながら、僕は状況を確認しようと目を開けた。




 そして、藍を押し倒していることに、気が付いた。




 緊張によりまともに稼働していない頭が機能停止するには、十分過ぎる状況だった。

 それからしばらく、僕達は見つめ合っていた。


「……ごめん」


「別に」



 最近、気付いたことがある。


 藍が別に、と言うことは。


 多分大概が、相手の言葉を否定するために使う、そんな言葉だと言うことを。


 だとしたら、今藍が言った、別に、は直前の僕の言葉を否定するために使われた言葉。

 ごめん、と謝罪する僕の言葉を、藍は否定したのだ。


 ごめんを否定する意味。

 謝る必要なんてないような、些細なことだって意味なのか。

 はたまた……謝られる程、不快ではなかったと、そういう意味なのか。


 ……止めよう。頭が少しおかしくなりそうだった。


 僕はゆっくりと藍の上から退いた。

 藍は、少し名残惜しそうに、寂しそうに僕を見ていた。


 それからもう一度謝罪をして、僕達は勉強に戻った。が、それから僕がまともな思考回路で勉強出来ないことは、明白だった。

助けて!

なかなかポイントが伸びなくて困ってるの!

何卒、たくさんの評価、ブクマ、感想を宜しくお願いします。。。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 2人の恋愛モード加速してきましたね。 今後どういう着地を見せるのか楽しみです。 応援してます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ