勉強会当日
4連休サイコー!
よく晴れた暑い日だった。
切タイマーを設定し、早朝四時にはエアコンが切れるように設定していたが、目を覚ました七時頃には室内温度は三十度近く、首元にジワッと不快感しかない汗を掻いていた。
寝巻用のTシャツを脱いで、部屋着に着替えて、寝間着のシャツは洗濯機の中に放り込んだ。
「おはよう」
「オハヨ、武」
いつも通り、母はもう起きてリビングで僕の朝ごはんの準備をしてくれていた。父が土曜であるにも関わらず出勤している都合、母は土曜日でも六時半には目を覚ましていた。
親元を離れ藍と暮らした過去……未来? とにかくあの経験を鑑みて思うことがあった。それは、父も、母も、どちらも大変な思いをしながら生活の基盤を作り、僕の面倒を見ていてくれたんだな、と言う事だった。
父は高齢結婚だったこともあり、僕が社会人になり三年が経った頃、つまり藍との関係が倦怠期に差し掛かった頃に、定年を迎えた。
父は、僕と同じように大卒で就職をした。つまりは、実に四十年超の時間をサラリーマンとして費やしたことになる。
仕事は、嫌いではなかった。
胃が痛まる思いをしたこともあるし、失敗して冷や汗を掻いた時だってある。だけど、何か一つでも仕事を成し遂げた時、自分の成長をふと感じれるから好きだった。
藍には長時間労働で疲れた顔を見せる度、文句を言われたものだが、それでもあの会社を退職しなかったのは愛着があり、まだ留まりたいという思いが強かったからだ。
ただ、それなりに仕事が好きだった僕にしても、四十年超を定職に就き身を捧げられるか、と言われると自信はなかった。
でも父は、それをやり遂げた。
だから、かつては反抗期の時代もあり陰口を叩いたこともあった父のことは、今では本当に、心から尊敬していた。
そして、そんな途方もない時間父と苦楽を共にし、一緒に支え合い生活してきた母のことも、同様だった。
「最近あんた、早起きになったわね」
「そうだね」
それは、一つ屋根の下で暮らしていた彼女が遅寝遅起きをすると不機嫌になるから。ただその話は、タイムスリップした今とても言える内容ではなかった。
……そうだ。忘れてた。
藍の話を思い出して、僕はすっかり頭から抜けていた藍との勉強会の約束を、思い出したのだ。本当失礼な奴だ、僕は。
「母さん、今日……」
言いかけて、母になんと説明しようか、と悩んだ。
藍のことそのまま話して、変に詮索されないだろうか。
「何よ」
「……今日、クラスメイトとウチで勉強会する約束してるんだよ」
「へえ、仲良い友達出来たのね、良かった」
「うん。ぼちぼちね」
「男の子? 女の子?」
僕は目を細め、閉口した。キッチンにある十六インチの小さ目のテレビから漏れるニュース番組のキャスターの笑い声が、酷く不快だった。それは単純に、僕が彼のことを嫌い、なだけなのだが。
偽善者ぶってテレビに出ているが、これから彼は週刊誌に不倫をすっぱ抜かれる運命が待っている。本当、一時は好印象を抱き贔屓にさせてもらっていたのに、あの時は裏切られた気持ちで一杯だった。
でも僕、別にあのキャスターと契約するスポンサーでも関係者でもなんでもないんだよな。
当事者でもない癖に粗相を起こした人に対して、当事者以上に怒りを露わにする人っているよね。せめて当事者が叩いて良いよ、と言ったならともかく、そうでもないのに偉そうに、裏切られた、最低野郎、と叩くのって、それは偽善者ぶって笑顔をテレビの向こうの人達に振りまくあのキャスターと何も変わらないことに気付いた方が良い。
本当、反省します……。
……と、話が逸れた。
男の子か、女の子か。
藍の性別は……言うまでもない。
「女の子」
「なんでそれをもっと早く話さないのよ!」
途端、母は僕の朝食の事など忘れて、掃除機を取りに廊下へ走った。
……そう言えば、前初めて藍を家に連れてきた時もこんな反応をされた。あの時母は、ドラ息子の千載一遇のチャンスで、印象を悪化させるわけにはいかないと良くわからないことをほざいていた。
「母さん、僕の朝ごはんは?」
「それくらい自分で用意しなさい」
まあ、それ自体は別に構わない。
一先ず、トースターからパンが焼き上がるのを、待つとしよう。
「ちょっとあんた、何そんなところでのんびりしてるのよ」
「え」
朝食用意しているだけなんですが。
「その子、何時にウチに来るのよ」
「八時半。勉強会だからね、早めに来て始めたいねって」
「ばっかもーん!」
……茶風林?
「ちょっと、二階行くわよ」
母は慌ただしく、リビングに戻り、僕の背中に回り押してきた。
「ちょ、なんで?」
「迎えに行きなさい。駅まで」
「えぇ、でも暑い」
「馬鹿。こういう時に好印象与えないで、どうするの」
いや、どうするもこうするも何もないんだが。
「で、なんで二階行くの?」
「駅まで着て行く服、見繕ってあげるのよ」
「いやいや、それくらい自分で出来るよ」
「あんたに任せたら首筋がよれよれの服とか着そうじゃない。いいからさっさと歩く!」
……こうなった母は、そう簡単には止まらない。
渋々、僕は母に促されるままに部屋へ行き、母のチョイスする衣類へ着替え直すのだった。
母は、それからベッドの布団などを小うるさく言いながら正し、結局僕に朝ごはんを食べさせる時間も与えず家から追い出した。
喧しいセミの声を聞きながら、照り付ける熱射に耐えて、道を歩いた。
駅に辿り着いたのは、家を出て十五分後くらいだった。
「あ」
そして、僕は見つけた。
似合っている私服に身を包んだ、藍の姿を。
そちらへ向かうと、どうやら藍もこちらに気付いたようだった。
「おはよう、あ……坂本さん」
「ん」
「似合ってるね、その服」
「……ん」
照れ隠しなのか俯いて、藍は少しして顔をあげた。
「あんた、どうしてここにいるの?」
「母さんがいきり立って、迎えに行けとうるさかったから」
……言ってから、悪印象を抱かせかねない言い回しをしてしまったことに気付いた。
どうも藍相手だと、緊張が抜けて素が出てしまう。
「別に、良かったのに」
「まあまあ、炎天下の中、一人歩くよりは気も紛れるんじゃないかな」
「……そうかもね」
ふと気付いた。
「それに、そう言えば、僕君に家の住所教えてなかったからさ」
うっかりしてた。彼女は僕の家に来た事ない。家の位置なんて、わかりようないじゃないか。
ただうっかり具合で言えば、藍の方が大きいだろう。だって、これから向かう目的地もわからないのに向かってきていたんだろう?
「坂本さん、良くウチの最寄り駅わかったね」
むしろ、ここまで良く来れたものだ。
藍は、暑さからか大粒の汗を額に滲ませていた。
「偶然、あんたの定期券を見たことあったから」
「なるほどね」
納得。
「まあいいや。とにかく暑いし、さっさとウチに行こう」
「ん」
僕達は、僕の家を目指して雑談交じりに歩き始めた。
助けて!
ポイント中々増えなくてランキングまた落ちそうなの!
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