勉強会
プラネタリウム製作に向けての大まかな方針。更には部への昇格のための部員五人、という条件のクリア。
ようやく、文化祭に向けての活動に本腰を入れようか。
各位がそう思ったタイミングでの、タイミングの悪い期末テストによるテスト週間が始まった。テスト週間の間は、原則部活禁止。
渋々、僕達もその学校のルールに従い、勉強に全神経を集中させようと勤しんだ。
バレなきゃ良いのでは、と優子さん辺りが言っていたが、彼女らの言葉を借りるなら僕達天文部は、ようやく部への昇格こそ果たせど、まだマイナー部活であることは変わらない。そんな吹けば散っていきそうな弱小部の粗相を、果たして学校は認めてくれるのだろうか。
認めてくれるかもしれないが、少なくとも心証は最悪。そう言ったところから、評価評判は下落していくもの。
いくら公正な審査をする立場とは言え、巡り巡ってそういう信用が費用額を左右するのは明白。だから、ちゃんとルールには従おう。
口酸っぱくそう優子さんに指摘すると、彼女は一層落ち込んで俯いていた。
その様子を江頭先輩に咎められ、謝罪して、藍がどうでも良さそうにあくびを掻いていたのが、テスト週間前、最後の部活動の日の風景だった。
二度目にして初めての高校生活での部活動。
それは意外と、楽しいものだった。気の置けない連中と雑談をする、と言うのは中々どうして、悪い気分はしなかった。
故に、一層責任感を募らせた。
なんとしても調整させきってみせると、そう思った。
しかしその矢先での部活動禁止。
昨日までのやる気はどこへやら。思いもよらぬ方向からの水差しに、いつもは楽しい勉強も少しだけ気が滅入ってしまっていた。
そうして、なんだか気持ちが乗らないまま、時間は過ぎて放課後はやってきた。
テスト週間だからか、クラスメイト達はさっさと教室を後にしていった。何人かは、日頃血反吐を吐く思いでこなす部活を回避出来ることに喜びを感じながら、この後ファミレスで勉強しようぜ、だなんて台詞を吐いて教室を出たが、それ絶対勉強せずに雑談、携帯いじりで無駄時間を過ごすことになるからテスト週間は止めろ。
ため息を吐いて、しばらく教室の天井を眺めていた。
防音対策が施された天井は、家の天井とは少しだけ外見が違い、見ているだけだが飽きさせない。素晴らしき、学校の天井。
この情報社会、教室の天井にここまで感涙物の気持ちを覚えているのは、恐らく僕しかいないだろう。
僕は特別なのだと実感した。しかし、昨今の承認欲求高めの人種を鑑みた後、自己を振り返ると、僕は今まさしく毛嫌いするその連中と似た思考回路をしていたことに気が付いた。
これが同族嫌悪。
SNSとかで、彼らに悪印象を良く受けるが、結局人間根っこの部分は変わらない。
人間の本性は、略奪、迫害、暴力で構成されている。本当、人間っておぞましい。
なんで学校の天井からこんな話に発展したのか。甚だ疑問だ。本当に。
「ねえ」
天井を眺めていたら、急に背後から少女に呼ばれ、僕は肩を震わせた。
この言葉少ない感じ、間違いない。
「あ……坂本さん」
背後にいたのは、やはり藍。少しだけ気味悪そうな怪訝な瞳で、僕を見ていた。
「どうしたの?」
「……それはこっちの台詞」
藍の言葉に、確かに、と思わされた。
放課後。人気のない教室で、一人でしばらくジッと天井を見ているだなんて、確かに危ない奴だ。
「まあ、僕のことは良いじゃないか。ほら、僕って変人だし」
「自分で言うな」
「……そうだね」
仰る通り過ぎて、僕は苦笑しか出来なかった。
「で、どうしたの?」
この空気を変えたくて、僕は尋ねた。
藍は少し、言い辛そうに視線を外した。
「……テスト週間、でしょ?」
「うん。そうだね」
それが?
「テストへ向けて、今色々頭に詰め込んでるの」
「ほう」
ほう。それが?
勘の悪い僕に、藍は一旦腹を立てたように睨みつけてきた。しかし本当にわからないのだから仕方がない。
「……言ってくれないと、わからないよ」
おっかなびっくり、僕は睨みつけている藍に向けて、そう言った。
思えば彼女は、いつだって言葉が少ない。思わずともそれは明白だったと思い出しつつ、同時にそれは彼女の良いところであり、悪いところでもあると思っていた。
結局、人は、自分以外の人の気持ちをわかることはない。十年来、藍と過ごして、それはより一層明確になった気がした。
だから、やはり言葉にしてもらいたかった。特に僕は、勘が悪いのだから。
藍は、しばらく睨んでいたものの、唐突に露骨に落ち込んだように、俯いた。
「……ごめんなさい」
そして、しおらしく謝罪した。
「え、あ、いや、そのえっと、え、あ、いやそのえっと」
わかりやすく、僕は慌てた。藍のそんな反応、初めて見た。
「そ、そんなに落ち込まなくても良いと思うよ……?」
「でも、言う通りだから。あたし、ずっとそうだった……わかってたつもりだったのに」
「そ、そんなことあったかなあ」
そんなことありました。
はいそうです、とは悲しそうな藍に、言えるはずもなかった。
「た……青山」
「はい」
「勉強、放課後も付き合って」
なるほど。そう言うことか。
確かにそれは……藍の性格なら、言い辛いだろう。ただ、そんなことならお安い御用だ。
「あと……」
「ん?」
「あと、休みの日も」
「え」
休みの日も?
休みの日も、勉強する?
藍と?
……どこで?
「休みの日、青山の家で勉強したい。……ダメ?」
デレるのに33話もかかってて草