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臨機応変

 僕の意見を聞き終えて、三人は時間をかけてゆっくりと僕の話を咀嚼しようと、思考を巡らせているように見えた。

 あ、嘘。

 藍は何故か、少し得意げな顔をしているように見えた。どうだ見たか、と言いたげだ。話したのは僕なのだが。


「青山君、一つ良いか?」


 江頭先輩は挙手をした。


「はい。どうぞ」


「その……やる気を削ぐようで、申し訳ないんだが。そこまでするのか?」


「はい、します」


 江頭先輩の言いたいことは、まあわかる。

 恐らく文化祭の申請で、見積まで作って資金繰りをするような部活はないのだろう。子供が取り仕切る文化祭。恐らく費用面の話だって、文化祭が始まった当初は小うるさい部分もあっただろうが、時間が移ろいで行くにつれて形骸化して言っているはず。

 そんな甘ったるい環境で、そこまでのことをするのは、空気を読めないようで嫌なのだろう。


 でも僕からしたら、そんな話は愚問だった。


「自分達の思惑通りに事を運びたいなら、それこそ事前準備は念には念を入れるべきだ。交渉のチャンスは一度っきり。そこで消化不良を起こしたら、一生後悔しますよ」


「ただ、だな……」


 プラネタリウム製作に、そこまでやるか。

 おおよそ、江頭先輩はそれにどれくらいの費用がかかるのか、わかっているのだろう。


 昨晩少し調べただけだが、僕も少しは価格の知見は持っている。そして、言ってしまえば自作のプラネタリウムの値段なんてピンキリだ。それなのに、そこまで本気を出す必要があるのか。江頭先輩はそう言いたいのだ。


「僕は別に、五千円でプラネタリウム製作を進めることが悪い、と言っているわけではないです。でも先輩、よく考えて欲しいんです」


「……何を?」


「先輩、去年のプラネタリウムの破損の時、少なくとも傍にはいたんですよね?」


 僕……と、藍が天文部、改め天文同好会、改め天文部に入部することになったそもそもの発端。昨年の文化祭のプラネタリウム破損事故。

 いつかも思ったが、江頭先輩はそれの当事者だ。それは間違いない。


 先輩は苦い思い出を思い出したのか、俯いて下唇を噛み締めていた。


「……悪気があって、過去を掘り返したわけではないんです。ごめんなさい」


「良い。わかってるから」


「……ありがとうございます。先輩、僕が言いたいことは、先輩と同じ後悔を、後世の部員にまでして欲しくない、と言う事です」


「……と、言うと?」


「値段を上げると言うことは、つまりグレードを上げると言うことです。それだけ破損の心配は減るし、いざと言う時の修理用パーツも購入出来るようになるかもしれない。高いお金をかけることはつまり、それだけ破損のリスクを減らせる。それだけ破損した際のリカバリーを用意出来る、と言うことなんです。

 先輩が味わった後悔、無念を……今後僕達が作ったプラネタリウムを使う部員達が、味わわずに済むかもしれないんです」


 毎年行われる学校行事の主題が形骸化していく、だなんて話はよくあることだ。そしてそれは、何も学校行事の主題だけではない。

 形だけ残り、形骸化したルールや物は、この世界に数多く存在する。後世に伝わって行けばいく程、伝聞はされなくなっていく。そう言うものだ。


 でも、形骸化はしても、形には残る。

 僕達の想いは、意図は、伝わらずとも、形だけはしっかりと後世まで残っていくのだ。


 後世のため、こんなにも素晴らしきことをした。

 それを自慢出来るように、僕達は製作するからには、後世の分も責任をもってより良き物を作らないといけないのだ。


「……なるほどね」


 江頭先輩は納得したようだった。


「でも、青山君?」


「はい」


「見積なんて、そう簡単に作れるの?」


 僕は、微笑んだ。

 正直に言って、その質問はここまでの質問で一番、愚問だった。


「任せてください」


 胸を張って、僕は答えた。

 出来ないことを、僕は得意げに語ったりはしない。


「ねえ、青山?」


 尋ねてきたのは、藍だった。


「何?」


「もし見積作って、最高品質のプラネタリウムを作れる計算になって、それでも満額に届かない計算になったらどうするの?」


「ちっちっちっ。甘いね、満額回収になるように計算するんだよ」


「……改ざん?」


「違う。戦略的な価格交渉だ」


 利益度外視で見積作る奴がどこにいる。

 そう思って言ったのだが、真面目な女子陣三人からの評価はあまり良くなかった。


「……まあ、本当に満額必要ないとなれば、申請額はキチンと賄える額で出せばよい」


 僕は折れた。


「ん」


「ただ正直、自作プラネタリウムの価格なんてピンキリみたいだし、満額不要、と言う話にはならないと思っている」


「ん」


「……他に、質問ある?」


 一先ず、さっきの良いムードよりも冷たいムードではあるが、疑問点の解消と、方針の決議は出来たようだ。


「あの、江頭先輩?」


「何、青山君」


「僕から一つ、質問です」


「うん」


「文化祭の催し物の申請はいつからですか?」


「えぇと、確か夏休み明けから二週間」


「そうですか。じゃあ夏休み中に資料をまとめて、夏休み明け初日。つまり申請開始日に申請をしましょう」


「え」


「そこまで急ぐ必要、ある?」


 優子さんは懐疑的だった。


「最後にまとめて費用の取りまとめをするとも限らないだろう? 最初に見境なく費用分配する可能性だってある。それに、一分一秒でも早く向こうに資料を見せることは、反応を伺う上でもして損はない」


「ほへー、そっか」


 納得しかけて、優子さんはうーんと唸った。


「そこまでに資料、まとまるかなあ」


「違うよ、優子さん」


 チッと藍が舌打ちをした。


「まとまるかな、じゃない。まとめるんだ。そりゃあ、初めてやることだらけで不安なのはわかる。でも、妥協は駄目だ。

 だって、時間は止まらないし、巻き戻ることだってないんだから」


 本当、時間が巻き戻るなんてこと、あるはずがない。僕が言うと説得力がある。


「大丈夫。僕がいる。だから頑張ろう」


 そう言うと、優子さんは少しだけ安心したように苦笑した。


 そして、それから僕達はプラネタリウム製作に向けての準備を開始したのだった。

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[良い点] 優子さんの名前呼びにいちいち反応する奥さんカワイイw
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