満額
藍と昼ご飯を共にし、勉強会をして、そうして迎えた放課後。
天文部、改め天文同好会、改め天文部に、僕は藍と共に向かっていた。優子さんと宮本君には、今回藍が入部する旨はまだ伝えていなかった。
勿体ぶった、と言えば聞こえは良いが、正直に言えばただ言う機会がなかっただけだ。休み時間、昼休みと藍と共に勉強会をするようになった都合上、他人と休み時間に口を聞く回数がめっきり減った気がするのは、気のせいだろうか。
廊下を歩き、物理室に辿り着いたのはものの数分。
物理室には、既に優子さんと江頭先輩がいた。
教室に藍を引き連れるや否や、雑談していた二人は硬直した。
「こんにちは」
「おう、……こんにちは」
「青山君、どうして坂本ちゃんと一緒?」
優子さんに聞かれ、僕は得意げに笑った。正直一切手伝える気のなかった部員集め。まさかそれを成し遂げる日が来るとは。
あながち、優子さんと江頭先輩の判断は正しかったのかもしれない。
「坂本さん、入部してくれることになったんだ」
「おおっ」
「凄い。まさか初日で釣れるだなんて!」
「……釣れる?」
魚扱いされたことに疑問を抱いたのか、藍は冷たい声でそう言って、首を傾げた。
優子さんは、慌ててその余計なことを言う口を塞いでいた。僕は、ただ苦笑することしか出来なかった。
「まあとにかく、良かった。これで晴れて部として認可される」
江頭先輩は、肩の荷が下りたように安堵のため息を吐いた。
「よろしくな。坂本さん」
「……よろしく」
ぶっきらぼうな藍に、僕は再び苦笑した。
それから僕達は、各々好きな空いている席に腰を下ろした。幸い、それなりに広い物理室にたった四人。座席は自由気ままに座れる程、空いている状態だった。
……そう言えば。
「宮本君は? 昨日から見ていないのですが」
「今日はテニス部の日だ」
少し寂しそうに、江頭先輩は言った。
「へえ、彼部活掛け持ちしてるんですね」
「元々、あたしが無理を言って入部させたようなものだから……」
「なるほど」
中々憎まれ口を叩く男だった印象だったが、少しだけ宮本君への印象が変わった。彼、あれだな。ツンデレ。あまのじゃくと言うか、何と言うか。
そう言えば彼、僕と藍をツンデレだ、と評したことがあったな。
どの口が言えたことか。
後ほど、文句を言っておこう。
「先輩、良かったですね。一先ずこれで、プラネタリウム製作の資金はなんとかなりそう」
「……どういうこと?」
一通り安心したような優子さんに、藍が首を傾げた。
嘘だろ。
昼休み、一通り説明したんだけど。もしかして聞いてなかった? 他のことに気でも取られていたのだろうか。
……例えば、そう。
僕の母親の卵焼きの味だとか、そう言うの。
いやなんでそんなこと気にするねーん。
じゃあ一体、何を気にして僕の話、聞いていなかったのだろうか。
不思議そうな藍に、優子さんと江頭先輩が事情を説明してくれた。今度こそ、藍は部の現状を理解したらしい。
「ふうん」
その感想が、これ。
優子さんと江頭先輩は、それだけ、と言いたげな顔をしていたが……僕にはわかる。
それは大変ね。何かお手伝い出来ないかしら。
恐らく藍は、そんなことを思って、ふうん、と言った。間違いない。でも最近、どうにも僕の藍フィルターが正しいのか不安だし、恐らく違う。
違うんかい。
……と、与太話もここまでにしよう。
流れも本題に向かっているし、ね。
「江頭先輩、優子さん、聞きたいことがあります」
僕は言った。
途端、藍が僕を睨みつけた。怖い。なんで?
「……優子、さん?」
「うん。優子さん」
こちらの方が、そのお方です。
手を差し出すと、差し出された先の優子さんは怯えていた。
「どうしたのさ、あ……坂本さん」
「……別に」
何だ。別に大した話ではなかったのか。では本題に。
「あの、文化祭の時の各部への費用って、どういう風に決められるんです?」
一触即発の空気で話を変えたことに、江頭先輩と優子さんは戸惑っているようだった。二人は一度顔を見合わせた後、江頭先輩がわざとらしく咳込んだ。
「基本的には、文化祭実行委員会が申請書に書かれた各催し物を精査して、提供額を決める、とそういう具合だ」
「へえ、いくらからいくらまで?」
「細かくは決まっていないそうだが……同好会の場合は、それこそゼロから五千円まで。部の場合は、五千円から二万円の間で決める、と友人に聞いたことがある」
「なるほど。それは確かに、同好会から部へ昇格させたい気持ちもわかります」
プラネタリウムだなんて、それなりに費用はかかるものだ。そんなものを無償で作れ、だなんて、荒唐無稽にも程がある。
部の場合の最低保証金額の五千円。
それだけあれば、果たしてどれくらいのプラネタリウムが作れるのだろうか。
わからん。
……わからん、が、わからんからこそ、僕には一つ押し通したい案があった。
「その費用精査の件、天文部は満額の二万円もらえるように事前準備をしましょう」
「え」
僕の言葉に、三人が三人共、驚いた顔をした。
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