作戦会議
藍の天文部、改め天文同好会加入騒動から数十分。……藍が入るから、晴れて天文部か、そう言えば。言い辛かったから助かる。
僕達は真っすぐ学校へと向かい、教室に入った。まだ外では各部活動の朝練がなされていないような早い時間での到着だった。
正直、天文同好会に入ったからと言って必死に早朝から吹奏楽部とかに交じって朝練、なんて話になることはない。
でも僕は、まあタイムスリップした日からずっと続けていることだが、早朝の登校を止めた日はまだない。
それはただかつての社会人時代の生活習慣からなる行動なのだが、話してあまり面白い話でもないからこれ以上は控えよう。
とにかくそんなわけで、特に意味もなく早朝登校を僕は続けている。
しかし今日に限って、早朝登校は都合の良いものに初めてなった気がして、少しだけ心湧いていた。
教室に入って、一度自席に鞄を置いて、僕は真っすぐ藍の席へと向かった。
「坂本さん、少し良い?」
話す内容は、もっぱら天文部の置かれた現状。
去年の文化祭準備の時にプラネタリウムを破壊してしまい、これからはプラネタリウム製作のために奔走するようになるよ、と言う説明だった。
こういうのは少しでも早くに相談し、意識のベクトルを合わせた方が良い。後々になればなるほど、失敗した時にリカバリーが効かなくなるからだ。
丁度、こうして二人きりの教室、と言うのは非常に都合が良い。
なんだかんだ、藍は信用における人だと言う事。それは最早、語るまでもなかった。
「駄目」
しかし藍は、僕の思惑を一蹴した。
「え……なんで?」
「寝不足なんでしょう?」
僕は閉口した。
「だから、寝てなさいよ」
「いやでも、こういう話はさっさと……」
「じゃあ、お昼休みに聞くから」
「勉強会はどうするのさ」
「お昼ご飯、どっか静かな場所で食べればいいじゃない」
「ああ、なるほど」
ポンッと手を叩いた。
ご飯を食べながら説明すれば、勉強会の時間は取れるし今日の部活動の前までに説明も出来る。
「冴えてるね、あ……坂本さん」
「別に」
藍の塩対応は、相変わらずだった。
話は終わり、と藍は僕の席を指さした。
「寝てなさい」
「わかった。おやすみ」
「ん」
それから僕は、藍に勧められるがまま、吹奏楽部の朝練の演奏をバックに惰眠に耽った。
目を覚ましたのは、朝のショートホームルームが始まる直前だった。
「青山君、朝から良く寝てたねー」
起きた途端、数人の女子から、若干好意的な笑みで茶化された。
微笑み返すと、背筋が少し寒かった。
振り返ると、僕は何故か藍から睨まれていた。
私語は慎め、クラス委員だろ。
恐らく、そんなことだろう。そろそろ朝のショートホームルームが始まるし。
失礼しました、と思いつつ、須藤先生が教室に入ってきて、チャイムが鳴ったので、僕はクラスメイトに起立を命じた。
それからしばらくは楽しい楽しい授業の時間だった。
教室で寝たおかげか、集中力はいつにもまして高かった。
いつの間にか、お昼休みになっていた。
一瞬、昼休みになったことに気付かなかった僕は、喧騒とする周囲を見て気付いた。
慌てて、僕は立ち上がった。一分一秒が惜しかった。
「あ……坂本さん」
藍に声をかけると、途端に周囲は静まり返った。
「え」
そんな周囲に、視線を配った。僕は今、変なことをしただろうか。
藍は僕の手前で、はあとため息を吐いていた。
「ほら、行こ」
「あ、うん」
立ち上がった藍に、手を引かれて教室を後にした。廊下に出てしばらくして、教室がざわめきだしたことに気が付いた。
子供ってよくわからん。
だからそんな意味不明な出来事はさっさと忘れ、僕は藍の後に続いた。
どこに行く気だろうか。
そんな疑問を解消するように、藍は廊下を歩き、まもなく非常階段へと繋がる扉から非常階段に出た。
扉を開けた途端、熱気が僕達を襲った。
「あつ」
「たまにはお日様の光浴びないと、干からびる」
「干からびやしないと思うよ?」
喧しい、と藍に睨みつけられた。
日陰に、藍は腰を下ろした。僕もその隣に腰を下ろした。
「……お弁当、お義母さんが作ったの?」
「え、うん。そうだよ」
「へえ」
なんでそんなことを気にするのか。
気にはなったが、それも一旦後回しだ。
一先ず手持ちしていた弁当を二人して広げて、箸で食材を摘まみ、ある程度したところで僕は話し始めた。
「それで、朝話したかった事、良いかい?」
「どうぞ、ご自由に」
「ありがとうございます」
一礼して、藍に簡潔に手短に、今の天文部改め天文同好会改め天文部の状況を伝えた。
君が入れば、部に昇格する。
部に昇格させる狙いは、プラネタリウム製作のための資金繰り。
「そして、その文化祭の実施日は九月頃。後二か月くらいだね」
「ふうん」
あまり興味なさそうに、藍はご飯を摘まんでいた。
少しだけヤキモキした。プラネタリウム製作にあたり、二か月が多いのか、少ないのか。僕はそれが正直、わかっていない。
だからこそ、内心焦る。
さっさと物事を決めたいと、焦るのだ。
だから、まるで落ち着いた様子の藍を見て、ヤキモキした。
まあ、事情は話して理解したみたいだし、彼女には彼女なりの考えがあるのだろう。続きは、放課後か。
「ねえ、あたし卵焼き、好きなんだよね」
「……え」
「好きなの」
……そうだっけ?
熱さと、焦りと、混乱が入り混じった。
藍は、僕に弁当箱を差し出した。
「ん」
「……ん?」
ん、と言われても、何がなんやらわからなかった。
「好きなの食べてよ」
「え」
「その代わり、卵焼き一個、頂戴」
「……良いけど」
不承不承気味に、僕は弁当箱を差し出した。
藍は卵焼きを一つ取り、口へ運んだ。咀嚼し、しばらくして小さく満足したような顔をした。心なしか、少し懐かしそうな顔だった。
「はい」
そして、藍は再び弁当箱を差し出した。
「……なんだか豪勢なお弁当だね」
から揚げ。ハムカツ。サイコロステーキ。
なんだか肉ばかりだ。僕は肉、大好きだけど……彼女こんなに、お肉好きだったか? もっとベジタリアンだった気がするのだが。
「ん」
そんなことを考えていると、藍にさっさと取れと急かされた。
少しだけ遠慮がちに、僕はから揚げを一個取り、口内へ運んだ。
そして咀嚼し、思い出す。
懐かしい味だ。勿論、好きな味だ。
そうだ。これは藍の味だ。母より少し塩っけの少ない、素材の味重視の藍の味だ。
「どう?」
「美味しい」
「ふうん」
藍は、再び弁当箱を差し出した。
「ん」
「……ん?」
「んっ!」
トトロのカンタか?
言いたいことはわかった。もっと味試しをしろ、と言う事だろう。
僕は、遠慮がちにサイコロステーキを取った。
「それだけで良いの?」
サイコロステーキを口内に運び、言われた。
藍は再び、弁当箱を差し出した。
……なんだか餌付けされている気分だ。あながち間違いでもない気がするのが、少し癪だった。
「ありがとう」
一先ずお礼を言って、僕はハムカツも一つ、頂戴した。
懐かしく、美味しい、藍の味付けに、僕は不安も忘れて舌鼓を打った。
胃袋掴まされてるやん。行き着く先は夫婦やぞ、これ。
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