怒怒怒
しっかり者の藍に、昨晩の不摂生がバレる、と言うこと。
それが意味することを、僕は悟っていた。
「駄目じゃない。夜更かしなんてして」
藍は、わかりやすく怒った。
藍は、しっかり者だ。それこそ、早寝早起きを基本的に毎日守るような、そんな人。彼女が早寝早起きをサボる時なんて、前夜僕と盛り上がった時、それくらいだった。
「健康は体の資本。そんなことも知らないの?」
「ごめん」
怒る時だけ、藍は饒舌になる。
いつもは別に、と、ん、でほとんどの会話を成すと言うのに。最初は饒舌になるくらい僕の身を案じてくれていると嬉しく思ったものだが、何度も口酸っぱく言われると煩わしさばかり感じるようになった。
ただ久しぶりにこうして体の心配をされることは、悪い気はしなかった。
たまになら悪くないのだろう。常日頃夜更かしするから、怒られるのだ。つまり、僕のせい。
「まったく……」
「ごめん」
こういう時、どうするか。
いつもの経験の末、大体の術は見出していた。
こういう時は、謝罪する。その一点に尽きる。結局これが、一番早い。毎日毎日似たような怒りをぶつけることは、僕だけでなく藍にとっても煩わしいことに変わりないのだ。
だから、意気消沈されると言うのも面倒になる。
「……何してたのよ」
と、今までの処世術通りに、久しぶりに対応したのだが、上手く事は運ばなかった。こうして質問を積み上げられるのは、初めてだった。
「……えぇと」
まあ、答えられない質問ではない。いかがわしいことをしていたわけではない。
どこから話そうか、と唸った。
「なんで悩むのよ」
藍は、さっさと再び怒った。
思い返せば、彼女は我慢強くない人だった。
「……やらしい」
「誤解だ」
「どうだか」
本当、どうしていかがわしいことをしていない時に限って、こういう誤解をされてしまうのだろう。
あれだよね。
オオカミ少年。日頃からオオカミが町に襲ってくるぞ、と住民にホラを吹いた結果、オオカミ少年はいざ本当にオオカミが襲撃するとなった時、大声で叫んでも住民は誰も信用してくれなかった。
日頃の行いが悪い彼の言葉を、住民は信用出来なくなったのだ。
……つまり、日頃の僕の行いが悪い。
十年分の信用失うようなことしてきたんだもんなあ。
……って、この藍にはまだたった数か月か。
どうやら藍の奴、元から相当疑り深い性格をしていたらしい。
だってそうでなきゃ、勉強教えてもらっていたり、クラス活動で活躍した僕の言葉をこんなにあっさり信じない、なんてことはないだろう。
それこそ、僕同様タイムスリップでもしてなきゃありえない。
でも普通、タイムスリップなんて起きるわけないからな。やっぱり疑り深いのだろう。
だってもしタイムスリップ出来るのなら、僕だってしたいくらいだもの。アハハ!
「誤解だってば」
「……良いわよ、別に」
「何が良いの?」
「……あんただって、そりゃあ扇情的な人の方が目が惹かれるでしょうね」
「何の話?」
いや本当、何の話?
藍は、何故か目尻に涙を蓄えたようにしながら、そっぽを向いた。
謂れのない誤解をされ、その上なんでこんなことまで言われなければならないのか。
甚だ疑問であったが、疑心暗鬼になりつつも、僕はどうやら藍には以前と同様、弱いままのようだった。
「いや本当、違うから……」
「……ふんっ」
藍は、唸ってから続けた。
「別に、良いじゃない。あたしに弁明する必要、ないでしょ?」
「確かに」
僕は即答した自分の頬をぶった。
「いや駄目だ。こんなしょうもない誤解、君にはされたくない」
「……あたしには?」
「そうだ。君にだけは……その、されたくないんだ」
熱がこもったまま口走って、今更中々恥ずかしいことを言っているのでは、と気付いた。頬が熱い。しかしここで引いては、男が廃ると我慢した。
藍はしばらく僕の瞳を疑心暗鬼に瞳を揺らしながら見て、その内そっぽを向いた。
「あっそ」
「うん。そうなんだ。君にだけは誤解されたくないんだよ」
「……勝手にすれば」
勝った。
良かった。
ホッと、僕は胸を撫でおろした。
「……で?」
「ん?」
「じゃあ、なんで夜更かししたのよ」
ああ、その話。
僕は藍としょうもない口論をしながらまとめていた回答を、得意げに言おうと一度笑った。
「実はさ、僕部活に入ることにしたんだ」
「はあっ!!??」
車内に響く、藍の怒声。
ここまでの怒声、これまで一度も聞いたことはなかった。
だから、驚いた。
人って驚くと驚いた、以外の感想でないんだな、と思うくらい、驚いた。
でも、普通驚くだろう。
いかがわしいことをしていたと誤解された時より、藍は今怒っていた。
ただ部活に入っただけなのに……どうしてこんなに怒られないといけないんだ。
……泣きそう。
「何部?」
「え」
「だから、何部? 何部に入部したのよ」
「……天文部、改めて天文同好会」
「へえ」
藍はご立腹のまま、ため息を吐いた。
「……休み時間押さえただけじゃ駄目だったか」
「何か言った?」
「別に」
うるさい車内、藍の声は聞こえず仕舞いだった。これから聞き出せそうな雰囲気も、今の彼女にはなかった。
しばらく藍は、話しかけられる空気を醸し出してくれていなかった。むしろ話しかけるな、と顔には書かれていた。
難しい顔のまま、眉をひそめている彼女に、僕は隣でただ居たたまれない気持ちになっていた。
もうまもなく学校の最寄り駅に辿り着く。解放される。
少しだけ、ざわついた気持ちが落ち着いた丁度その時だった。
「あたしも入る」
藍は、そう言った。
「え」
「聞こえなかったの? あたしも入る」
丁度、あと一人部員を探していたところだった。だから彼女の願い出を聞いた時、正直嬉しい気持ちになっていた。
しかし、わからん。
「どうして?」
「……え」
「あ。いや……入ってくれるのは嬉しいんだ。同好会から部に昇格させるため、あと一人部員が必要だったから。でも、どうして入部しようと思ったのかなって」
「……別に」
藍の大きくて可愛らしい瞳は、少し泳いでいた。
「……ち」
「ち?」
「ちょっと、夜更かししてみたいと思っただけ」
「えっ」
あの、しっかり者の藍が?
そんなまさか、そんなことがあるだなんて……。
……これはきっと、地球滅亡の日は遠くないな。
危機的状況を悟った僕は、生唾を飲みこみ恐怖心を和らげることしか出来なかった。
でも思えば、少なくても十年間は安心安全だよな、僕見てきたわけだし。
中々日間ジャンル別ランキング安定させるの難しい。。。
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